しかし、異変の影響がまだまだ強く残っているのか、妖精たちはいくら倒しても木陰から茂みからどんどん湧いてきます。一匹一匹はどうということはなくても、数が集まってくるとさすがに正面から戦ったのでは不利。けれどチルノはどんどん増えてくる妖精たちの放つ弾幕を前に自信たっぷりの態度を崩しません。
「へへーん! どんだけ撃ってきたって、あたいにはこの力があるんだ!」
迫りくる隙間のない弾幕に向かって、チルノは両手をかざしました。その両手に、みるみる強力な冷気が集まっていきます。その冷気はたちまち大きな氷となって妖精たちの弾幕を阻みました。
「とりゃーっ!」
掛け声とともに冷気が一気に膨れ上がったかと想うと、目前まで迫ってきていた弾幕が冷気を受けて凍りついていきます。チルノを襲うはずだった弾幕はどんどん凍りついていき、逆に妖精たちを巻き込んで砕け散りました。
この強力な冷気、それがチルノの大きな力です。おつむの方はちょっと足りないチルノですが、妖精の中では飛び抜けて強力な力を持っているのは事実。チルノは妖精たちの放つ弾幕を凍らせて突破しながら、魔法の森の中を突っ切っていきました。
「やっぱりただの妖精なんかじゃあたいの相手にはならないわね! どっかに手頃な相手はいないかな?」
次々と妖精たちを1回休みにして突き進みながら、チルノはあたりを見回します。そこへ、聞き覚えのある声がかけられました。
「あら、今日はいちだんと元気な氷精がいるわね!」
「なんだ!?」
声と同時に、だれもいないはずの上空からレーザー状の弾幕がチルノを狙って放たれました。チルノはあわててステップを踏んでレーザーを避けつつ、手当たり次第に氷弾を撃ちまくります。しかし、手応えはありません。
「あははは! こっちこっち!」
声はするのに姿は見えません。チルノはこの状況に覚えがありました。なんだか以前にこういう相手と戦ったことがあるような……。
チルノがその正体を思い出す前に、相手は自ら姿を現しました。
「いつもなら、こんな暑い日には半分溶けかかってるわよね。今日はこれからなにかあるの?」
オレンジがかった金髪のセミロングの髪型に赤いスカート。そして妖精であることを示す四枚の薄い羽根。
「あーっ! やっぱりあんたか!」
チルノを襲ってきたのは、スターサファイア、ルナチャイルドといつもいっしょにいる三月精のひとりサニーミルクでした。
よく霊夢や魔理沙にちょっかいをかけては退治されている三月精ですが、チルノともいろいろ因縁のある相手です。
サニーも妖精の中ではけっこう強い部類に入りますが、チルノは不敵な笑みを浮かべました。
「サニー! ちょうどいいとこに来た!」
「お、私に用があったのね。聞いてあげようじゃない!」
渡りに船とばかりに、チルノは全身に冷気をみなぎらせます。その気迫を表すように、背中の氷の羽根がぴきぴきと音を立てて一回り大きくなりました。
「今からあたいとダンス決闘だ! かくごしろ!」
「……へ? チルノ? な、なにこれ?」
すっかりやる気になっているチルノとは裏腹に、サニーはいつもどおりあんまり考えずにちょっかいを出してきた様子。困惑しているサニーにはお構いなしに、チルノは弾幕ダンス勝負を挑むのでした。
(バトルシーン)
「ふぎゃーっ!」
次々と凍りついた自分の放った弾幕に囲まれて逃げ場を失ったサニーは、悲鳴を上げて吹っ飛びます。
きらきらと降り注ぐ氷の粒の中、チルノはぴょんぴょん跳びはねて大喜び。
「よっしゃー! あたいの完全勝利!」
まだまだ元気いっぱいといった感じのチルノに対し、地面にぽてんと転がったサニーはすっかり力を使い果たしてしまったのか、起き上がれない様子です。
「つ、強い……! 真夏でも油断できないわ!」
悔しそうにしながらも、サニーは笑っています。なんだかんだでチルノのことは強い妖精として認めているのです。
「負けを認めざるをえないわね。それで、私に何をしてほしいのかしら?」
「ん? あぁ、たった今サニーへの用は済んだよ!」
「えっ? どういうこと?」
「サニーにはあたいの準備運動に付き合ってほしかっただけ! お礼にかき氷用の氷用意しとくから! それじゃ!」
それだけ言うと、チルノは困惑顔のサニーを残してまたどこかに向かってびゅーんと飛んで行ってしまいました。あとに残されたサニーはぽかんとするだけ。
「……準備運動? よくわからないけど……今日のおやつはかき氷で決まったってことでいいのかしら!」
あんまり深く考えずに、サニーはそんなことを言いながら彼女の日常に帰っていったのでした。
一方、チルノはと言うと――。
(vsリリーホワイト)
「よーし、調子が出てきたよ! やっぱり準備運動は大事だ!」
サニーをやっつけたチルノは、また群がってくる妖精たちを蹴散らしながら進んでいました。空からはまだまだ暑い太陽の光が降り注いで来ますが、チルノはまったく平気。どれどころか、逆に太陽に照らされてなおますます元気いっぱいになっています。
サニーの言った通り、いつもなら暑さに弱いチルノは夏場にはへばっていることが多いもの。けれど、今年の夏に限ってはへばるどころか暑さを押し返すほどの冷気を撒き散らしているのです。よく考えればそれはとてもおかしなことなのですが、チルノはもちろんそんなふうに深く考えることもなく、楽しげに踊りながら魔法の森の中を進んでいきました。
と、チルノは踊るのをやめてあたりを見回します。
「お、あたいの最強(さいつよ)センサーが自分以外にも反応してる! この辺にも強いやつがいるね!」
チルノの周りには、地面に伸びている妖精たち以外にはだれもいません。しかし、チルノはたしかに自分以外のだれかの気配を感じ取っていました。
「つよいやつ! あたいとダンス勝負しろー!」
大声で叫ぶチルノ。その声に答えるように返ってきたのは――。
「ほよ?」
なんとものんびりした、まるでだれもが眠たくなってしまう暖かな春の気配がする声でした。その春の気配は、だんだん濃くなってきます。
「チルノさん! こんな暑さなのにめずらしいですね」
現れたのは、白い帽子に赤いリボン。そしてサニーと同じく妖精の証である薄い羽を背負った女の子。春告精ことリリーホワイトです。
「へっへん! まあね! リリーも元気そうじゃん! 春はもう過ぎてるぞ?」
名前の通り、毎年春を告げに来る妖精であるリリーホワイト。その彼女がこの季節に出歩いているのはともかく、この季節に春の真っ最中と同じくらい濃い春度をまとっていることも、チルノは「いつもより元気だなあ」くらいにしか思っていない様子です。
「えっ? 今ははるですよ?」
「は?」
リリーのその言葉に、チルノはきょとんとします。そんなチルノに構わずに、リリーは続けます。
「ここだけの話、最近はちょっと日差しが強いだけで、実は春が戻ってきてるんですよ(傍点)」
「……リリー、この暑さでおかしくなってるのか? かき氷食うか?」
さすがのチルノもリリーのこの言葉にはいぶかしげな顔をしてしまいます。今は間違いなく夏のはず。その証拠にふたりの頭の上では、太陽がぎらぎら輝いています。しかし――。
「ち、違いますよ! むしろ逆です! こんなに身体の調子がいいのは久しぶりなんですよ。春以外だといつもぼーっとしちゃいがちなのに、今はなぜか真春のコンディションなんです」
春にはそこら中に弾幕をまき散らすくらいテンションが上ってしまうリリーですが、自分で言っている通りそれ以外の季節にはぼーっとしていることが多いもの。それはチルノもよく知っています。けれど今のリリーの様子は、これまた自分で言っている通り真春のリリーと同じくらい元気いっぱいなのです。
ここに来てチルノは、ようやくなんだかおかしいぞ?と思い始めました。今年の夏はいつもと何かが違うと感じました。けれど、なにがどうなっているのかはわかりません。
「いえ……これはもはや数十年に一春(ひとはる)レベル! 幻想郷じゅうお花が咲き誇ってたあのとき(傍点)みたい!」
リリーの言う「あのとき」とは、まだ春なのに一年じゅうすべての花がいっせいに咲き始めた異変のことです。後に「六十年周期の大結界異変」と名付けられたこの異変には、チルノも巻き込まれていました。当のチルノはそんなことはすっかり忘れていましたが……。
「お、おう……盛り上がってるな。すさまじい気迫が伝わってくるぞ!」
チルノはリリーの様子に驚きながらも、さっき感じた違和感よりもこれからの弾幕ダンスのほうに意識が向いてきました。リリーの方も、すっかりその気になっているようです。
「つまり! 今は春真っ盛り! 春告精のわたしが真春を宣言しますっ! えーいっ!」
リリーーが両手を広げると、その背中の羽根に力がみなぎっていきます。それに合わせて、彼女のまとった春の気配がよりいっそう濃くなってきました。
いいえ――気配どころではありません! さっきまで青々とした葉が茂っていた魔法の森が、いっきに鮮やかなピンク色に染まったのです。春の象徴とも言える桜の花が、いきなり満開になっています! 本当に春になっているのです!
「うおおっ!? 桜が満開だ!」
これにはチルノも驚きを隠せません。いっぽうリリーは真春かそれ以上のテンションではしゃいでいます。
「わーい! 本当に春になりました! はるですよーっ!」
そのテンションと舞い散る桜の花びらに思わず気圧されそうになるチルノですが、自分を鼓舞するように不敵な笑みを浮かべてみせます。
「くっ……うろたえるなあたい! 真春モードのリリーホワイト、相手にとって不足なし! ここで負けるわけにはいかないぜ! 勝負だーっ!」
(バトルシーン)
「はる……?」
砕け散った氷といっしょにふっとんだリリーは、正気に戻ったのか口から春度の名残の煙を吐き出しながら地面に伸びています。
「よ、よーし! あたいの勝利だ!」
勝利宣言をするチルノですが、激しい弾幕ダンス勝負にさすがに息が切れています。気を抜けば今にも気絶してしまいそうなくらい消耗しています。
リリーが大人しくなったせいか、勝負の最中まで咲き乱れていた桜もすっかり消えて、あたりは元通りの夏の光景に戻っていました。
「植物ももとにもどったみたいだ。さすがリリー……ほんとうにこの辺まるごと真春にするなんて」
見るとリリーは完全に燃え尽きてしまったかのように、ぷしゅー……と煙を吐きながらぐったりしています。こころなしか背中の羽根も縮んでしまった様子。
「……あー、リリー大丈夫か? 色々と」
チルノが心配そうに顔を覗き込むと、リリーはぐったりしたまま答えます。
「うう……調子に乗ってこのあたりの植物たちに無理をさせてしまいました……」
「ま、まぁ大丈夫だろ! 真冬にむりやり咲かせたりするよりはマシさ! たぶん……」
チルノはそう言うものの、リリーはしょんぼりしています。
「枯れちゃったらどうしよう……いっぱいごめんなさいしなくちゃです……」
そういう本人がすでに枯れた花みたいにしおしおになっているのを見て、チルノも心配顔。
「なんか、めちゃんこしょぼくれてるな……。春を終わらせてしまったか……」
「はる……はるですか……?」
「リリー……今は真夏だよ……」
なんだかもう完全にダメな感じになってしまったリリー。