シンクには山積みのフライパン、鍋、小皿に菜箸。
フライパンにこびりついたソースはキッチンペーパーで軽く拭い、取り切れなかったものをお湯でこそいで三角コーナーに流す。
洗い物をしている時間は何に媚びなくても、何に怯えなくてもいいから楽だ。
私の後ろでは箸が皿に大袈裟な音を立ててぶつかり、テレビに映る有名人を下品に貶す声が飛び交っている。
口の閉じ方がわからないのかしら、と疑問に思うほどの咀嚼音が不快。
またどうせ、テーブルにはソースや油、米がこぼれている。
あの人たちが食べ終わったらすぐに拭かなきゃ、また文句を言われるだろう。
本橋美唯は結婚後、夫の実家である本橋家で同居していた。
大手製紙会社に勤める義父の努はいつもベージュのチノパンにチェック柄や暗い色のシャツを入れ込んでおり、おしゃれとはほど遠い。
女性社員が雑談に応じず感じが悪いとよく話しているが、きっと避けられているのだろう。
義母の麻里子は専業主婦とはいえ、あまり家事が得意という印象はない。
よく麻里子の姉である義伯母と男性アイドルのライブに出かけたり、ランチのために遠出をしたりと若々しいような振る舞いをしている。
近ごろ贅肉のよく目立つ腹で、美唯の作る食事に文句を言いつつ美唯の分まで無遠慮に平らげることがある。
義弟の航大は昨年成人したばかりの大学生だ。
基本的には義両親にお小遣いをもらい、とくにバイトをする様子もなく家にいる姿をよく見る。
義祖母の八重子は、典型的な嫁イビリ姑であった。
美唯に文句を言うことはなく、それどころか黙っていれば可愛い笑顔を向けてくる穏やかなおばあちゃんだ。
しかし八重子は、自分の息子の嫁である麻里子のことを苛烈に詰り続けた。
掃除をしたのが麻里子だとわかれば文句をつけ、わざと汚し、ぶつかっては「邪魔だよ」と罵った。
そして夫の祐大は…。
美唯は食卓を少し振り返り、横目で祐大を見た。
今日も口を閉じず、片手はときどきテレビを指さし、肘をついてすするように飯を食べている。
この結婚は大失敗だ。
もっと早く気づけたら、すでにときが遅いことはわかっていながらも美唯は毎日そう考えてしまう。
なるべく音を立てずに最後の皿を水きりに立てかけた。
本当は風呂に入ってしまいたいが、夫や義家族より先に入るという選択肢はない。
明日も早いけど、義家族の目があるうちはキッチンの掃除でもしていよう。
電子レンジの扉に薄っすら映った生気のない自分の顔を見ながら、美唯は今日も心の中で唱える。
この家で人間なのは私一人だけ。
祐大とは新卒で入社した大型雑貨店の会社で出会った。
都内に展開している雑貨店で、女性向けの可愛らしい雑貨からフォーマルなビジネス用品、軽いDIYに使える素材などが売っている。
配属される店舗が違ったものの、同期として本社で一緒に研修を受けていたのだ。
大学を卒業してすぐのころ、男性に苦手意識を覚えていた美唯は同期の女子たちとばかり話していた。
祐大は美唯と正反対で男女誰とでも分け隔てなく話し、いつも調子のいいことを言って教育部の社員に叱られつつも気に入られている様子だった。
同期との会話でいつも笑いを掻っ攫っていく祐大のユーモアがわからない。
誰かをいじったり、変顔ばかりしたり、美唯は祐大のことを何だか下品に感じていた。
周囲に合わせて笑っていたけれど、そんなに面白いかな。
いつも目だけは笑えずにいて、やはり男性との会話はどこか疲れるものだと思っていた。
「この後みんなで飲みに行くんだけど、美唯ちゃんもおいでよ」
研修最終日、美唯を飲みに誘って来たのが祐大だった。
美唯が一人暮らしをしている家は配属される店舗からは近いものの、本社に来るには電車で2時間もかかる遠方だった。
その日は疲れていたこともあって早めに帰りたかったのだが、目の前には有無を言わせない祐大の笑顔がある。
家が遠くて。その一言が言い出せなかった。
結局普段仲よくしている同期の女子たちが飲みに参加することになり、美唯はその中で空気の読めない発言はできなかった。
一杯だけ飲んだら帰ろう。特に話したいこともないし、途中で抜けても文句は言われないだろう。
同期とはいえ普段は別の店舗で働くわけだし、今後も深く交流していくわけではないだろうし。
そう思っていた美唯だが、気づけば顔を真っ赤にして重心を失ったようにフラフラと揺れていた。
「祐大くん、面白いね」
すっかり酔っぱらった美唯は、祐大のくだらないと思っていたギャグにいちいち大笑いしていた。
帰ろう、帰ろう、と思いつつ周りに合わせて笑っているうちに、いつの間にか酔っぱらってしまったのだ。
頭がふわふわした状態であれば、祐大のつまらなかった話や他人をいじるネタも十分に笑える。
それどころか自分が面白いと信じて、あの笑顔で、何度も何度もしつこく同じ話や同じギャグをしてくるんだから何だかかわいらしくも思える。
「美唯ちゃん真面目そうだから、俺みたいなの嫌いかなーと思ってたよ」
「ちょっと苦手って思ってたけどー…えっ!じゃあなんで声かけたのぉ?」
美唯はまた腹を抱えて笑い、酒を飲む。
「酒でも飲んだら仲よくなれるかと思って。せっかく研修で出会えた仲間だから、今後も仲よくしておいた方が他店舗で仕事することになってもお互いいいでしょ」
研修が終わった先、これからの社員同士の関係まで考えている祐大を素直に尊敬した。
祐大の言う通り、他店と関わることがあったときに同期がいれば心強いこともあるだろう。
美唯は自分が研修中の成績ばかりに目がいき、未来のことを考えていなかったことを恥じた。
「ちょっといい?」
祐大が美唯のグラスを持ち上げ、おしぼりで拭く。
いつの間にか美唯のグラスの周りは、結露で水たまりを作っていた。
「ありがとう」
「袖濡れちゃうよ」
祐大がそう言って、いつもの笑顔を見せた。
美唯はその気遣いに、お腹の奥の方が煮えたぎるようなときめきを感じてしまった。
祐大を軽薄な男だと思っていた自分の決めつけこそが軽率だったのだ。
ここ2年ほど恋愛などしていなかった美唯は久しぶりの優しさに包み込まれ癒されるような気持ちでいた。
明るくて一生懸命で、素敵な人だな。
一夜にして、祐大への印象は百八十度違ったものとなったのである。
八重子が風呂を出て、自室へ向かう前にキッチンへやってきた。
「美唯ちゃん、お風呂ありがとうね。いつもピカピカで助かるね」
可愛らしい笑顔でそう言う八重子に、心の奥を指先で摘ままれたような軽い痛みが走った。
結婚後に始まった同居生活で、優しくしてくれるのは義祖母である八重子以外にいなかった。
「いえ、体冷やさないでくださいね。おやすみなさい」
この家で八重子以外に向けることがない笑顔を向け、自室へ行く八重子を見送る。
職場で毎日客にも同僚にも笑顔を向けている。
しかし最近は表情筋がギシギシと音を立てるようで、うまく笑えている自信がなかった。
この家で住み始めてから、深く考えずに笑うということがほぼない。
そのうち笑顔を作れなくなるのかもしれないと思うと、心臓に鳥肌が生えるようだった。
こっちに背を向けてテレビを見ている麻里子を横目に、風呂場の確認に向かった。
誰かが風呂を出た後は美唯が確認に行かなければ、髪の毛が浮いていたりお湯が冷めていたりしたときに文句を言われてしまう。
何かと粗を見つけては、または言いがかりをつけるようにめちゃくちゃな文句を義家族から言われ続ける毎日。
もはや家事への文句を言われることには慣れたが、叱責に時間を取られて翌朝に響くことは惨めで馬鹿馬鹿しく思っている。
まだ生温い空気が充満した風呂場に足を踏み入れて風呂蓋を開けると、そこにはやはり白髪がたくさん浮いていた。
麻里子は湯舟を貯めておいても入らないことが多いが、髪の毛が浮いていれば文句を言うためネットで取り除いておく。
お湯自体は、八重子が入浴前に追い炊きをしたのでまだ熱い状態だった。
洗濯カゴに出されたタオルを一枚取り、床や風呂椅子、鏡の水滴を軽く拭く。
本来家族であればいちいちこんなことをしなくてもいいだろうが、義家族と極力衝突したくない美唯は風呂場の清掃を徹底していた。
「お義母さん、お風呂の準備ができましたよ」
麻里子の見つめるテレビ画面では、クッション材が敷かれた穴に落とされたお笑い芸人が半笑いで声を荒げていた。
そして次の瞬間、テレビの画面が真っ暗になる。
今日はすんなり風呂に入ってくれるのかと心の中で安堵のため息をつく美唯だが、麻里子は美唯を裏切るように録画していたドラマを流し始めた。
この家では、風呂に入る順番が決まっている。
まずはこの家で一番偉ぶっている努が入り、その後は働いている祐大が入る。
そして男だからという理由で航大が入る。
航大は大学生だが授業後にはいつも寄り道せず家に帰ってくるため、幸いなことに風呂の時間が遅くなることはなかった。
航大の後には八重子が入り、義家族の中で一番立場の低い麻里子が風呂に入るのはその後だ。
そしてそんな麻里子よりも軽んじられ、最後に風呂に入るよう言われているのが美唯だった。
麻里子は専業主婦と言えどあまり家事が得意でなく、八重子には家事をする体力がない。
必然的に祐大と同じ時間働いているはずの美唯が、朝から晩まで時間を見つけては義家族のために家事をこなしていた。
そのため朝も早く、風呂に入ったら寝たいところだが、麻里子は美唯への嫌がらせでいつも風呂に入るのを渋る。
「あの、お義母さん、お風呂できてますよ」
美唯はうまく笑顔を作れないまま、目だけを細めてもう一度言う。
次の瞬間、麻里子はドラマを一時停止して、キッと美唯を睨んだ。
「見てわからないの?ドラマ見てるんだけど。これ見終わったら入るからうるさくしないで」
風呂ができたと告げたのはドラマを見始める前だったでしょう。
美唯はもはや麻里子の理不尽な意地悪に対して頭に血がのぼるような思いをすることはない。
ただその矛盾にため息をつき、形式として麻里子に謝罪をする。
仕方ない、麻里子が風呂を出るまでの間は勉強でもしていよう。
美唯は眠っている祐大の横で、仕事用のカバンに隠し持っていた参考書と資料集を取り出した。
何度も何度も開いて使い古した参考書と、上司が厚意で印刷してくれた資料集だ。
結婚する前、美唯は入社からわずか一年で店次長候補となった。
販売員の仕事は美唯にとって転職で、接客の評判もよく、美唯の提案で仕入れた商品はよく売れたのだ。
プレゼント選びに来た客、DIYに興味を持ち始めたという客への提案はとても楽しかった。
客と長々と話すことを苦手とする従業員もいる中、美唯にとっては楽しいコミュニケーションの時間だった。
店をよく見て客のためを思えばこそ、新しく仕入れるべき商品というものも自ずと見えてくる。
新しい商品の売り場に置くための見本を作る作業は面白く、それを客が手に取る姿を見たときには自信に繋がった。
美唯はただただ仕事が好きで、上司や店長ともよく話し、本社にも積極的に連絡を取っていた。
美唯の判断で仕入れた商品がよく売れたときには、全店舗で取り入れることを本社で働くバイヤーに勧めることもあった。
美唯の積極的な姿勢をよく思わない人は当然いただろうが、店長や本社の社員たちからは随分と可愛がられた。
そして今後、店次長を目指していくため同期より早めに昇進のための研修や試験を受けることになったのだ。
美唯は入社から一年目の時点で、異例の早さで売り場責任者になった。
担当するのはDIY用品で、女性目線の商品をたくさん取り入れ新しい風を吹き込んだと評価され、推薦されたのだ。
責任が増えればその分仕事も増え、コミュニケーションを取る相手も増えた。
美唯にとっては楽しみが増えたとも言えることで、美唯は自分の意志で店次長を目指すことになった。
しかし二年目のある日、初めの研修から付き合い始めた祐大に結婚を申し込まれた。
当然うれしいことではあったが、祐大は美唯に結婚後の同居と、仕事を辞めて家庭に入ることを望んできた。
祐大の実家は美唯の働く店舗から遠く、通勤には電車で1時間ほどかかる。
通えない距離ではまったくないが、これまで店舗から二駅のところで快適に暮らしていた美唯は少し戸惑った。
さらに一番の問題は、祐大が仕事を辞めるよう言ってきたことである。
祐大は美唯が仕事を好きだと知り、さらには店次長候補として邁進していることを知ってそんな条件を突きつけてきたのだ。
しかし緊張した面持ちで、親権に結婚を申し込んできた祐大に対し、それが意地悪なのではないかと疑うことはできなかった。
もし、祐大の言う通りに仕事を辞めてしまったら。
美唯は売り場で走り回り、同僚たちに頼られる毎日が何より楽しかった。
研修で同期たちの会話に緊張していたころと違い、肩の力を抜いて仕事をできている。
よく友人たちからも、仕事がつらいという愚痴を聞く。
この仕事を辞めてしまったら、楽しくて、思ったように成果が出せる仕事なんてもう出会えないのかもしれない。
祐大とはいつか結婚するつもりでいたため、祐大の家族とは何度か顔を合わせていた。
控えめな様子の麻里子も豪快に笑う努も、大人しい航大も優しい八重子も感じがよさそうではあった。
でも突然一緒に暮らすとなると、やっていけるものなのか不安になる。
そして何より怖いのは、仕事を辞めて専業主婦になることだ。
楽しく仕事をしていた日々を思い出し、張り合いを求めながら働くことはできず、洗濯物を畳んでいる自分の姿を想像してゾッとした。
「…同居と退職は絶対?」
祐大にそう聞いたときの笑顔は引きつっていたことだろう。
「できればそうしてもらいたい。ばあちゃんは高齢で、介護が始まったら母さんが大変だろうし、美唯がいたら助かるよ。それに俺、母さんが専業主婦で家にずっといたから…家に母親がいる状況って今後子どもが生まれたらいいと思うんだよね。」
祐大は先のことまで考えていたのだ。
思えば美唯は毎日仕事で提案する企画や売り場作りのことばかり考えて、祐大との結婚について詳細な希望を持っていなかった。
自分の視野の狭さを恥ずかしく思いつつ、祐大の発言は飲み込めずにいた。
「仕事、うまくいってて…辞めるのって、子どもが生まれてからじゃダメかな。生まれたら、産休とか育休とか取れるだろうし、時短勤務とかも相談できるかなって思うんだけど…。」
考えがまとまらないまま話し出した。
祐大との将来について詳しく考えていなかったことを反省しつつも、この仕事は辞めたくなかった。
「結婚、すごく嬉しい。でもちょっと考えたい。今私、売り場責任者で、突然投げ出して辞めるのは店に悪いから。ちょっと上司に相談してもいいかな。」
そのときの美唯の顔は、とてもプロポーズされて幸せの最中にいる女の顔ではなかった。
血の気が引いていくような、突然動揺で真っ赤になってしまいそうな感覚にふらつくようだった。
次の瞬間、祐大は鼻を抜ける短いため息をついた。
「じゃあ仕事は辞めなくていい。けど、将来のことを考えたら結婚後は同居してほしい」
仕方なく譲歩するといった顔をしている祐大に、心の奥がモヤモヤとした。
今私が何かよくない言動をしていて、正しいことを言っている祐大を困らせているのだろうか。
「そうなると家事は母さんに任せるようになるけど…もしそれで美唯が気にしないなら」
気にならないわけがないだろう。
これからただの彼氏だった祐大の家族と暮らす、アウェイともいえる環境の中で、よく知りもしない義母に家事を任せるなんて申し訳ないに決まっている。
美唯が困っていると、祐大が笑った。
「冗談だよ、母さんはずっと専業主婦で家事の手際もいいからさ。美唯は俺の実家に住んで家族を支えつつ、子どもができたら仕事のこと考えてくれればいいから。それまでは同居しながら、普通に働いていいよ」
そのとき祐大が浮かべた笑顔に、美唯は情けなくもホッとしていた。
楽しいとはいえ、仕事が相当な激務だったのだ。
美唯はやりがいを感じつつも疲弊し、仕事時以外の判断力が鈍った状態だった。
このまま結婚しては、理不尽な要求をしておきながら譲歩したようにマシなだけの案を飲み込まされる日々だ。
当時の美唯にはそれがわからず、祐大が無茶を言いつつも美唯のことを考えてくれているのだと勘違いをしてしまった。
祐大は初めからモラハラ気質だった。
男性経験が少なく、仕事に没頭する日々を送っていた美唯にはそれがわからなかった。
結局美唯は義家族と同居を始めた後、まったくもって家事が得意などではなかった義母に文句を言われながら家事をすることになった。
仕事を辞めさせるという目標以外は、祐大にとってすべて思い通りとなったのであろう。
私は祐大に愛されていなかったのかもしれない。
祐大のズルくて、何でも思い通りにしようとする強引さに辟易しながらも、美唯はその思いをまだ「かもしれない」という便利な言葉で濁していた。
今の美唯は激務の中、プライベートの未来を考えられなかったあの日と同じだ。
仕事と家事をこなし、義家族の顔色を窺う毎日ではとても祐大との間にある気持ちを探ることなどできない。
だからきっと、救われる日がくるはず。
宗教など信仰したことのない美唯が、このときばかりは神に祈るような気持ちだった。
せっかく愛し合って結婚したのだから、この生活のすべてが失敗だったとは思いたくなかった。
そのとき、脱衣所の扉が開く音が聞こえた。
麻里子が入浴を終えて自分の寝室へ向かっているのだろう。
美唯は参考書に栞を挟み、資料と一緒に仕事用のカバンにしまい込むと寝室を出た。
今日は随分と遅くなってしまった。簡単にシャワーで済ませて眠りに就こう。
そう思っていた美唯は風呂場に着く前に足を止め、表情を硬くした。
自分の寝室へ移動したと思っていた麻里子が、まだ脱衣所の前に立っていたのだ。
「お義母さん、上がられたんですね。おやすみなさい」
美唯は驚きつつも笑顔を用意してそう言う。
「ねえ」
「はい?」
「あの缶は何」
缶? 麻里子の声に目を丸くした美唯は、すぐに最近風呂場に置いたボディ用スクラブの小さなプラスチック容器を思い出した。
薄い緑色のプラスチック容器にはマスカットのイラストが描かれており、中にはまるでマスカット味のガムのような匂いがするスクラブが入っていた。
美唯と同じ店舗のボディケア用品担当として働く笹井という女性がくれたものだ。
スクラブは笹井がメーカーの営業と話しているとき、話が弾んで試供品として貰ったものだった。
しかし笹井には決まって使っているスクラブがあり、誰かに渡してしまおうと思っていたところに美唯が通りかかったのだ。
最近は家事に時間を割いており、美容に気を遣えずにいた美唯は笹井からのプレゼントをありがたく受け取った。
「あれ、スクラブです。肌をツルツルにするもので、同僚から貰ったんです。」
麻里子には嘘なくそう説明した。
「本当?」
麻里子の険しい顔を見ても、一体何を疑っているのかわからなかった。
「本当っていうのは…」
「本当に貰ったの?男誘うために自分で買ったんじゃないの?そもそもそれくれた同僚が男だったりしてね」
麻里子から発せられた予想外の言葉に、美唯は思わず息を止める。
なぜ私が美容に少し気を遣っただけで、そんな発想になるのだろう。
「いえ…同僚は女性ですよ」
何も悪いことはしていないのに責めるような目を向けてくる麻里子に、心臓が痛いほど鳴った。
初めから偏見と悪意を向けてくる相手に、どれだけ釈明しようとも言葉が通じないことはこれまで義家族と接していてよくわかっている。
麻里子はよく八重子にイヤミを言われ、少しでも家事をすれば目ざとくミスを見つけて詰られていた。
そんな八重子は孫の嫁である美唯に、それこそ孫を可愛がるような目を向けることがあった。
美唯は麻里子に嫌われている理由を、美唯が八重子に感謝の言葉をかけられることがあるからだろうと思っていた。
こんなことを言われるほど目の敵にされていたんだ。
驚きつつも美唯はそれ以上言い返すことはせず、麻里子に謝罪して話を終わらせるつもりでいた。
麻里子は引きつった笑顔のまま立っている美唯を見てため息をつく。
「聞いたけど、あんた売女なんでしょ?」
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豚を殺したい 第一章
初公開日: 2024年08月28日
最終更新日: 2024年09月03日
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コメント
恨みの気持ちで文章を書いています。
第一章を書き終えました。
豚を殺したい 第二章
9/4 第二章を書き始めました
凪ノ
豚を殺したい 序章
前回序章のつもりで書いたものなんか違いそうで…改めて序章を書きます。あれは序章の後に入れ込みます。
凪ノ