●五伊地すごろくより「19の7季節イベントの過ごし方は?」
五条はそれまで季節に関して「暑い」「寒い」は感じていたが、それくらいで夏になると呪霊が増えるなという思いはあったがそれだけだった。
「何食ってんの?」
ベンチに座った一年生がもぐもぐと葉っぱのようなものを食んでいるのを見て思わず声をかけた。ひょろひょろの眼鏡の野暮ったい一年生は四月に顔を合わせたが、それきり話した覚えはない。なんだったら名前すら曖昧だ。
物心ついた時から呪術師として生き、望むもの全てが与えられてきた五条だが東京都立呪術専門学校に入学してから「一般常識」を身に着けてきた。
呪力も少ない一年生は金に困って、もしかしてひもじくて草でも食べているのか。一瞬そんなことを思って声をかけてしまった。
「五条先輩」
「そう、五条センパイですよ。で、お前は草なんて食ってんの?」
ビンボーなのかと問いかければ、一年生はむっとした顔をして五条に濃い緑色の葉を見せつける。
「草じゃないです。これは柏餅です。今日は五月五日なので」
言われてみれば微かに柏独特の香りがする。
「食べますか? こしあんしかないですけど」
男の子の日ですからねとプラスチック容器を差し出され、今日が端午の節句だったことを知る。
「俺は粒あん派」
「僕はその日の気分派です」
餅もあんこも甘いだけで決して不味いわけではないが、格別に美味しいというものでもない。それでも不思議と美味しく感じて四個入りだった柏餅を二人で二個ずつ食べていた。
「ありがと、えーー」
五条が言い淀むのを見て一年生は耐え切れないというように吹き出して自分を指さす。
「伊地知です、あんこはその日の気分で粒でもこしでもどっちでもいい派の伊地知です」
「オッケー、伊地知ね覚えたからもう忘れねぇよ」
笑いながらよろしくお願いしますと頭を下げられて思わず頭を小突いてしまった。
「……なにしてんの?」
寮の台所に伊地知がエプロン姿でいたので問いかける。
「素麵を湯がいています。つゆは冷やしてるので五条先輩も食べますか?」
沸き立つ鍋から伊地知が白く細い麵をすくい出している。昼時で買いに行こうかと思ったところなので丁度腹は空いている。
「食べるなら夏油先輩たちにも声をかけてもらえませんか」
「傑も?」
「さっき部屋に行くのを見かけたのでいると思うんですよね。素麺がこんなに増えるとは思わなくて大鍋借りて一袋を投入してしまったので、できたら一緒に素麺大会しませんか。具材はキュウリならあります」
「栄養偏ってんなぁ。ちょっと見てくるから待ってろ」
お願いしますの声に見送られて男子寮の部屋を片端から叩けば、灰原と七海は不在だったが伊地知の言葉通りに夏油は部屋にいた。互いに忙しくて顔を合わせていなかったので、随分と久々のように思える。
「伊地知が素麺増えたから食いに来いって」
「素麺が増えた? いったいどういう意味」
どうせ昼飯はまだだろうと五条は夏油の言葉を最後まで聞かずに無理やり背中を押して連れて行く。
「夏油先輩だけですか?」
「七海と灰原は留守だったわ。キュウリだけは物足りないからタンパク質ねぇの?」
「……目玉焼きでいいですか?」
「せめて茹でようぜ」
疲れ切ってる夏油を椅子に座らせてから伊地知の元に行けば、「ゆで卵って剥くの面倒なんですよね」と渋い声が返ってくる。
「ゆで卵は俺が作っとくから素麵とつゆの準備しとけ」
「はーい、因みに僕は素麺の皿に氷を一緒に盛る派なんですけど、五条先輩はどっち派ですか?」
「あーー、俺は素麵はこんな雑に皿に盛られて食べたことない派だな」
お上品ですねぇと少し呆れた声がムカついて軽く尻を蹴れば「素麵こぼしたらどうするんですか!」と言いながらも伊地知は大皿を机に運んでいた。
「……素麺は増えるから一袋湯がくのはやめようね」
「はい、夏油先輩」
「七海、灰原! 腹空かせて今すぐ帰ってこい」
食べ盛りの高校生三人でも食べ切ることは至難の業で、五条は任務中の七海と灰原に電話をかけて帰校した七海から嫌味を言われることとなった。
「素麺は増えるから注意しろって毎年言ってる気がするんだけど」
毎年凝りもせず伊地知は素麺を湯がいては神妙な面持ちで「素麺が増えました」と、自分は悪くないという顔で報告するのが七月七日だと気付いたのは三年目だったような覚えがある。素麵を七夕に食べる瞬間が地元にあるのかときけばそういったものはなく、ただに日にちを自分で決めなければ夏はあっという間に終わってしまうからという言葉に五条ではなく夏油が深く頷いたの印象的だった。
「いえ、今年は虎杖くんが『大丈夫、俺いっぱい食うよ』ということだったので、大丈夫かと思いまして」
「それにしても湯がきすぎ! 悠仁たち一年生と後は誰が来るの?」
「二年生の皆さんも任務が終わり次第、素麺を食べにくると。今回は虎杖くんが唐揚げ2キロも揚げてくれたので素麺と唐揚げパーティーですね」
「スイカも買ってなかった?」
「スーパーで安売りしていたので二玉買いました」
人差し指と中指をたててピースサインをする伊地知はどこか誇らしげだが、これだけの素麺と唐揚げとスイカを本当にこの人数で完食するつもりだったのか。
「腹がはち切れるまで自分で責任取って完食しなよ」
「毎年どうにかなってるから大丈夫ですよ」
一年目のあの夏からずっとどうにかするために人員を確保しているのは五条なのだ。全部の責任は伊地知のはずなのに毎年「またか」という呆れた表情を向けられるのが五条なのが納得ができない。
今年初めて素麺がどれだけ増えるかを知らされることになる一年生たちがやってきた声を聞きながら、五条は同級生や後輩たちのスケジュールを思い返していた。
了