「何を見てるんだ」
 「心霊スポット巡りの動画さ」
 コーヒーを持ってきたプラムマンの問いに、ソファーで膝を抱えてタブレットを見ていたサタケは返す。まるで子供のような集中ぶりだから、何なのかと思ったが心霊動画と聞いて、プラムマンは少しだけ眉の形を変えた。
 「意外と子供っぽいものを」
 「そうか? 日本だと定番だよ。夏になれば心霊や怪談で涼むもうとする。君がシャワーを浴びている時の暇つぶしにはちょうどいい」
 「日本は死後の世界や天国に対しては関心が薄いのかと思ったが…」
 「無神論者だからな。でも、霊はいるというのは今も信じられている。呪術も霊を払う人間もいるし」
 「ゴーストは恐るるに足らぬだろう。友好的で、物理的で」
 「ゴーストバスターズ!みたいな? でも日本の霊とは違うんだよ。彼らはゴーストじゃない。霊だ」
 「貴方がそんな非科学的な物を好むとは思わなかったな」
 「自衛隊でもあるんだよ。かつての先人が、祖霊がいまだに国防のために彷徨っていて。何度か真夜中に敬礼をしたことがある。彼らは敬礼をすれば帰ると聞かされた」
 「ああ、難しいな。そこは貴方がたの文化だ。私達からすれば、歩兵が増えて嬉しいと思うがな」
 「そこは考え方の違いだね。君と分かり合えない部分はあるが、その一つだ」
 サタケが深くソファーに腰掛ける。クッションが彼の背を包んだ。少々大きくて派手だが、この包まれる感覚は癖になる。大人が買うものか分からなかったが、やわらかいクッションを堪能するのに資格は要らないのだ。何人たりともこのふわふわに包まれる愉悦を邪魔することは出来ない! だがぽんと肩を叩かれて、大仰にサタケは振り返った。
 「驚かせないでくれ」
 「そうやって過敏になると、霊に付け込まれるとか言ったんじゃなかったか?」
 「俺は楽しんでるんだ、だから弱っていません」
 サタケはむすっと唇を尖らせる。無意識にやる癖だ。あまり他人には見せたことのない癖である。知っているのは親と、一部の友人とプラムマンくらいだ。今でも現役で使っているのはプラムマン相手なものだろう。両親は高齢だし、友人とも年齢相応の付き合いだ。こんな癖を出すような付き合い方は少ない。じとりと睨むような目もおまけに付いて来た。
 「でも、今の君は悪ふざけだ」 
 
 「悪かったよ。その自覚はある」
 プラムマンは笑う。こうなると抱き締めてやって、乞うのは許しだ。動画からはもう目を離しているようだから、サタケはプラムマンに背を向けているが、コミュニケーションとしては向き合っている。動画からはおどろおどろしい音楽と、おわかりいただけただろうかの白の文字のテロップが映し出されている。アメリカだって幽霊屋敷の特集やスピリットボックス、霊に対しての感覚が決してないわけではない。だが日本人が霊を涼として消費するのは、都市伝説を消費するのは似ているようで少々違う。
 「平和な国の証拠だな」
 「陰謀論やUMA、君の国だってたくさんあるじゃないか」
 「そうだが国民的な妖怪のような存在は無い。平和でな証拠だ、内側から安全な恐怖が湧き上がるのは」
 「でも、君個人が信じていないだけだろう?」
 プラムマンの腕が首の下に回って来る感触が、汗が滲むまでではないが熱くてサタケの皮膚に汗が滲みそうだ。プラムマンの顔も近付いて、今すぐにだって熱烈なキスを出来る距離にある。サタケはあえて横目で見ながら尋ねた。
 「君はどうなんだ」
 「信じておらんよ。霊がいるなら、話したい奴はたくさんいる」
 湿度のこもった言葉である。思わぬライバル登場にサタケはまた唇を尖らせた。
 「話したい奴か。随分と仲の良かったお嬢さんかな」
 「野郎ばかりだよ」
 「じゃあ俺にはなお都合が悪い」
 「…残念だが、過酷な任務続きでほとんど交わりというのは得られなかった。私に恋愛経験を求めるのは、心霊スポットに行けと言うのと似たような物だぞ」
 「行ってみればいいじゃないか。信じてないんだから」
 「こらリュウジ。信じていなくても、気味の悪い場所はごめんだ。それに君こそ俺を信じてくれていない」
 「君に魅力がないなんて思ってないからな。…死後ではたくさんの人に迎え入れられるんだろうな」
 「貴方が来るまで待っているから」
 「本当に? 嘘なら」
 「どうする?」
 「生まれ変わった君に、祟ってやるからな」
 ああ日本人らしい言い方だ。プラムマンは笑ってしまう。サタケにはまだ抱き着いている状態だが、そろそろ甘い時間が欲しい所だ。タブレットを取り上げ、テーブルに置くとサタケの顔をくるりと自分に向かせる。本当のベビーフェイスが祟るのなら、なんだかこの顔のまま枕元に立つのならそれもなんだか嬉しい気がするのは、この愛情が沁み込んできているからか。砂漠地帯でからからと奪われた人生をケーキでたとえるのなら、スポンジ生地がからからに乾いて固くなっている。そこにATFでの出会いから、甘い濃い蜜を上から掛けられて生地に沁み込まないでもずっと上から掛け続けられている。次第にスポンジが僅かな水分を吸い込み、次第にやわらかくなっている。サタケを再度抱きしめて、耳元で囁いた。
 「祟られるのなら、その分長く君が俺に引き留められるのか。それはいい考えかもしれんな」
 サタケの耳の縁が赤くなるのが見えて、あのねえと言いたげだがサタケは代わりに抱き締め返すのだった。もうタブレットからは軽快な音楽が聞こえていて、エンドカードに入っている。ぽんとタブレットを操作して、サタケもプラムマンと同時にやわらかいクッションに身を沈めるのだった。
 
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