「交わるって言ったって、死んじまったら何にもならない」
 「敵とはいえ、言葉を交わせるのであれば思いを交わしたくなる。そういうものだろう」
 スミスとブレイバーンの一言で、ああそうかと戦局が変わった世界の話である。クーヌスが母艦を破壊せずに終わった為に訪れた、数ある中での世界の一つである。
 「…諸君らは戦地捕虜に位置付けされる。所属は我々」
 「あらやだ。捕虜なんて美しくないわ」
 「嘆かわしい。望まぬ体験を目の前にした時ほど、心が悲しくなることは無い」
 サタケはため息を吐いた。サタケが話している最中に、ヴァニタスとペシミズムーーーデスドライヴズが割り込んで来たからだ。サタケが眉を顰めたのを見て、まあまあとクピリダスが更に間に入る。
 「いいじゃありませんか。我々はブレイバーンに死を与えてもらう身です。贅沢は言えませんよ、それで続きをどうぞ」
 「…諸君らの管轄は我々TS部隊が引き継ぐことになる。隊長のサタケだ。諸君らの身上を預かるのだが」
 「ねえ、ブレイバーンはどこ?」
 イーラが割って入る。先程からまともにサタケの言葉を聞いている者はいないようである。デスドライヴズはそれぞれ大罪をモチーフにしているようで、彼らの名乗りからその推測をしていた者はいたが、話して見るとこれまた外れておらず、なかなかどうして癖が強い。彼らは好きなように動き、好きなように喋る。ただブレイバーンに何度も殺されて死を経験するという大義名分が無ければ集まりもしないで人間を虐殺していたことだろう。それも暇つぶしの一環のような形だ。だからこそ、ATFが身柄を確保した上で安全を確保しなければならない。デスドライヴズの安寧ではなく、人類の安寧だ。幸いにも言葉は通じるのだが、彼らを纏める役目を仰せつかったサタケは、それでも話の通じなさを感じていた。
 「ブレイバーンは待機している。今はスペルビアと一緒に」
 「ねえおかしくない? 僕らはさぁ、こうやって隔離されて死ねないって言うのに、スペルビアはなんだか君達の仲間のような面をしてさァ…」
 「スペルビアは友好的な個体だと判断した。だから、我々と行動を共にしている」
 「だからなんで特別なんだよ…ああもう、腸が煮えくり返りそうだよ…こうなったらスペルビアにも話を付けなくちゃならないね」
 「だから諸君らは戦時捕虜だ。人道的な立場は確保するが、自由な行動は」
 ぶん、とイーラの武器が振り回されてサタケの頭上ぎりぎりをかすめる。彼の武器と力から見れば、サタケの頭など熟れたトマトの様に簡単につぶせるのに、イーラはあえてそうしなかった。ただじっとして睨みつけているサタケを見返す。ふん、と鼻を鳴らした。
 「度胸だけは認めてあげようかな。君は泣き叫んだりしないわけか、それも反抗的な目でさ」
 「………」
 震えそうになるのを、サタケの指は足の肉に食い込む勢いで押さえていた。ここで弱みを見せてはならぬのだ。そんなサタケの気丈さを感じたのか、イーラはとんとんと肩を武器で叩いた。
 「まあいいや」
 「まーええやんイーラはん。この人間がおらんようになったら、なんちゅーかブレイバーンはんにも会えんってわけやで? いなくなったら困りますがなー」
 セグニティスがのんびりと間に入って来たのだが、そこまで黙っていたポーパルチープムがふとぽつりとつぶやいた。
 「…腹が減った」
 「食事の準備!」
 サタケの号令で、遠くに待機していたTS部隊が赤色の旗を上げてさらに遠くに伝達している。すると次々と湯気の立った食事が人間用の皿ではあるが並べられて、銀色のカートを必死に押す隊員達が次々と現れる。まるで神への捧げものだとサタケは思った。神は神でも、荒ぶる神で食事を与えなければ自分達が食われてしまうような邪神である。ポーパルチープムから急いで逃げ去った隊員達は、カートを並べるだけ並べると逃げ去っていく。サタケも少しだけ距離を取ろうと後ずさりしたところを、何かに肩が当たった。見ると、クーヌスである。彼女は手でひょいとサタケを拾い上げると、両手で包む込むようにした。ここにいたら安全ではあろう、サタケはクーヌスの手の上で腰掛けると寛ぐ体勢を取る。それを感じ取ったのか、クーヌスは満足げだ。
 「有機生命体の営み…ふふふ。非常に興味がある。食事とてそうだ。摂取、排泄、吸収。このすべてに快感が伴わなければ、すぐに生命体は食事を取らなくなるし、性交渉も及ばなくなる。儚きものは、すべて快感に左右されている。我らに許されぬ快感を」
 「…守ってくれるのなら、他の隊員も守ってくれないか」
 「案ずるでない。もうお前以外は逃げ去った」
 ずごごごご、とポーパルチープムの尾というか胃というか、吸収器官が空気を吸い込んで大量の料理を吸い込み始めた。その時間もあっという間である。ずぼん!と一際大きな音を立てると、ポーパルチープムが満足したような声を出した。
 「うむ、美味だった! ここの世界の食事は量は物足りないが美味い。とくにカレーがいい味を出してるな」
 「気に入ったようなら何よりだ」
 サタケがクーヌスの手から這い出してそう言うが、ポーパルチープムはあの食事量で満足したのだろうか。どうやら満足していないようであるが、味は問題ないらしい。
 「だがマントルの味は忘れられん。あの滑らかな舌触り、高温の向こうにある旨味と甘み…」
 「頼むから、星は食わないでくれ。いくらでも美味を集めて来るから」
 「それは仕方ない。だが貰えるものは貰っておこう。私は食にうるさいのでな!」
 がっはっはと笑うポーパルチープムだが、どうやら今の所はソウルイーターとしての意欲は失せたらしい。サタケは大きな息を吐いた。これでは荒ぶる神に捧げられた神主のようである。あるいは巫女。全てを犠牲にし、神との交信を命じられた捧げもののようである。ブレイバーンに対してはイサミがその立ち位置だった。デスドライヴズには、サタケが同じ立ち位置になった。実際はTS部隊が対応するのだが、若者をこのような命を削るような交流に捧げられないだろう、そう考えてサタケは一人犠牲になっている。クーヌスに下ろされて、サタケは息を吐いた。
 
 「いい加減にしろ、お前ら!」
 だが人間は慣れるものである。サタケも同様だ。イサミもそうであったのだろう。段々とブレイバーンの奇行に慣れていくイサミの心情を理解したうえで、だが共有するのには少々時間が足りない。デスドライヴズは基本的に自由に動き回っていた。意思疎通が出来る上で人類への危害は消えているとみなされたが、死への渇望は消えることなく続いていて、ブレイバーンが抑える為に殺してやるという謎の状況であった。だからか、サタケはものすごい手を焼いている。今日もわちゃわちゃとしたやり取りの中で、死を求めんために共食いするかのように殺し合いを始めた。その被害が広がらぬようにするのがサタケ達の役目である。今日も烈華に乗り込んだサタケが、拳を振り上げたクピリダスの足を払う。目前にはイーラが武器を構えていた。寝転がってセグニティスが眺めている横で、クーヌスも上品に座り込んでいる。ポーパルチープムは先ほど食事を済ませたので、膨らんだ腹をさすりながら珍しく体は地面に座り込んでいた。どういった仕組みか分からないが、ポーパルチープムの身は浮き上がるのだ。今はだらしない腹におまけのようについた足をちょこんと投げ出している。まあここら辺はいい。割と穏やかだし、言う事は聞く。問題児はイーラやクピリダス、二人きりの世界になりがちなヴァニタスやペシミズムである。サタケがクピリダスの足払いし、ライノスの様にグローブではない烈華の手が、イーラの頭をすこんと叩く。
 「ええい馬鹿者! ただでさえ爆発しがちなのに、喧嘩するな!」
 「だって退屈なんだよ? ブレイバーンはどこなんだいブレイバーンは」
 「今こっちに向かってると報告を受けてる」
 「それ、さっきも聞いたじゃないか。本当に向かってるのかい」
 「…向かってる」
 サタケの言う事に間違いはない。だが、ブレイバーンの存在を秘匿する訳にはいかない世界である。大統領だの首相だの、国家主席だのに説明するのにブレイバーンとイサミは基本的に引っ張りだこだ。その為に空かないスケジュールに退屈を覚えられて、その都度にデスドライヴズに爆発されても困るのだ。サタケが特に困る。人類はデスドライヴズという脅威を抑えられていないことになる。だからか、多少どころかかなり苛立っていた。特に今、キングやカワダ、ハイデマリーなどの司令官は各国の説明と会議に追われており、現状実質の指揮官はサタケだ。かなりの重圧が背中に乗っていることになる。だから、つい八つ当たりをするように怒鳴る。
 「だから待て! Shut the fuck up!(黙りやがれ) Eat shit!(クソくらえだ)」
 「あー、結構お下品ワードですねえ」
 「いいのか? サタケ・リュウジ。お前の部下が近くに来ているが」
 クーヌスが自然にそう言いのける。はっとしてサタケが周囲を見渡すと、プラムマン上級曹長が、いつの間にかタブレットを片手に立っていた。聞かなかったという顔をするためか、目を閉じてまるで聞き流しているようである。サタケは咄嗟にTSを降りていた。
 「トーマス…」
 「聞いておりません」
 「いや、うん。もう無理なのは分かっているが…」
 「落ち着いてくださいサタケ二佐」
 しょぼしょぼとしたサタケが、プラムマンに近付く。ヘルメットを脱ぎたてで汗をかいているらしく、プラムマンが撫でた短い髪はほんの少しだけ湿っていた。よしよし、と背を撫でて親しげである。プラムマンは静かに笑っているようだ。
 「まあ、貴方がそれだけ苛立っているのも珍しいし。よく知っていたなと思う次第です」
 「スラングは、飲み屋に行けば覚えるから…」
 「若い時に呑み歩いた経験が、役に立ちましたな」
 「トム…」
 「分かっています。幻滅もしませんよ」
 ああよしよしと宥めるプラムマンに、疲れか人目が無いからか、サタケは思わず彼に強めに抱き着いていた。 
 「ああ…はかなき有機生命体の逢瀬…小さきものの抱擁…」
 ペシミズムがうら悲しいと言わんばかりに呟くのを聞いて、クーヌスが突然思い出したように叫ぶ。
 「次は性交渉か!? そうだな、その親愛度ではそうだな!? 見せてくれるのかサタケ!」
 「お前らのせいで、サタケ二佐がふてくされただろうが」
 そう言うプラムマンに、サタケは全身で抱き着いていた。足が腰の上に絡んで首に両手を絡めている。傍目には親に甘えている子供のようでもある。確実に何か訴えたいことがある背中だ。顔は不服で膨らんでいるのだろうが、デスドライヴズからは見えないほどプラムマンの肩に顔を埋めている。下ろしてもいいのだが、プラムマンはあえて好きにさせていた。クーヌスは首を傾げていた。
 「何故ふてくされる? いいのだぞ私の前で行っても」
 「…人間の性交渉はそれなりに神聖なものだ。他人には、おいそれと見せん」
 「見せたがる者もいるという話じゃあないか?」
 「特殊な例を出すんじゃない。少なくとも私とリュウジは見せない」
 「ああその名前を呼び合う…二つ以上ある名前を取捨選択し、意味を持たせるやり取り…この星の有機生命体に見られる珍しい行動だ。その先にある快楽…他人には見せぬ神聖さを、ただの粘膜のやり取りにもたせるとは…」
 「大声で語らないでくれ」
 「よいぞ、よいぞ。素晴らしい、もっと見せてくれサタケにプラムマンよ」
 サタケが小さな声で答えた。
 「やだ」
 「あらあら、完全に不貞腐れてますねえ」
 そもそもの原因であったクピリダスが、まるで他人事か親のように呟く。プラムマンは静かに息を吐くと、いいから一旦散れとタブレットを持った手で追い払うようにした。デスドライヴズが散れば、サタケはすごすごとプラムマンから降りる。その背をぽんぽんと叩いてやって、プラムマンは苦笑いをサタケに見せた。唇を少し尖らせているが、サタケは渋々と離れると烈華に乗り込む。とりあえず、クピリダスとイーラは毒気が抜かれたのか喧嘩は止めたらしい。この日常がしばらく続くのか、とサタケはプラムマンの前だから遠慮なく大きなため息を吐くのだった。
 
 「貴方のやんちゃな部分はもう知ってるつもりだが、貴重なことだ」
 サタケがまた不貞腐れるような顔をする。猫を被っているつもりはなかったが、プラムマンにはある程度の威厳を持って接していたつもりだったのに台無しになった気がしたのだ。
 「そんな部分も気に入ったよ」
 全部その言葉ひとつで許してしまうのが、サタケは自分が甘いのだろうなと恥じ入った。だがすぐにデスドライヴズのやり取りが、金属音のぶつかり合いになったことで駆け出す。
 「何してる!」
 ああやれやれとプラムマンは苦笑した。
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8月7日分書くよ
初公開日: 2024年08月07日
最終更新日: 2024年08月07日
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