「ちょっとそこまで行こうか」
俺は馬を指さして言った。魔界の扉を封印する戦いは、まず周辺にいる魔獣を減らしていくところから始まる。それらを減らしていき、魔獣の発生源である扉の封印に取り掛かるのだ。
ということで、聖女である俺と最近一緒に行動することが増えてきた騎士で移動しながら魔獣を退治しているところだった。
そんな中、久しぶりに内陸から出た。潮風を感じるくらいに海が近い。かねてより考えていたことを実行する時が来た、そう俺は思って行動に移したというわけだ。
ちなみに、突然聖女が消えると大変な騒ぎになるから、手回し済みだ。
俺に誘われた騎士――ジークヴァルトという若い男――は、こくりと頷くと馬に跨った。「どこへ」とも「何をしに」とも聞かずに行動を移すあたり、本当に俺のことを疑わない人間だ。
そこまで信頼されるとなんだかむず痒い。それに、ちょっと特別な感じがして良い。まあ、これから本当に特別な男にしてやるんだが。
「じゃあ、ついてきて」
「分かった」
本当に何も聞かないんだな。何か聞かれたらヒントくらいあげようかと思っていたから拍子抜けだ。この男が、俺の目的を知ったらどんな顔をするのだろうか。今から楽しみだった。
俺が案内したのは、馬を全力で走らせて三十分ほどでつく海岸だった。秋口に入ろうというこの季節、わざわざ海岸に行く人間は少ない。そもそも、ここは魔獣が現れる可能性のある地域になっているから、ここに来たいと思う人はほとんどいない――はずだ。
少なくとも、俺みたいに目的のある人間以外は。
目的地についた俺は馬から降りた。ざり、と砂が靴底とすれる独特な音がした。夏を過ぎたから、雲も多くて少々どんよりして見える。もしかしなくとも、天気が微妙だったか。せっかくだから、こう、記念になるような感じに晴れ晴れとした空が背景だったりしたら完璧だったのな、と心の中で愚痴るが、そんなことは大自然様には関係のないことだ。
風が強く、波も大荒れ、雨まで降ってきた――なんて状況じゃないだけ感謝するべきかもしれない。なんて言ったら失礼か。
「ラウル」
「あ、ごめんね」
出かけよう、と声をかけてきたくせに物思いに耽ってしまった。三十過ぎると、やっぱりおじさんになるのかな。思考が自由に暴れ回ってしまう。
「話があったのだろう?」
「察しが良いね。大当たりだよ」
二人きりで、何を言われるのか。きっと彼は緊張しているだろう。ジークヴァルトはちゃんと聞いたことがないから分からないが、二十かそこらの若者だ。若輩者、と言われがちな年齢の騎士でありながら、他の騎士よりも俺の思考をうまくくみ取って動いてくれる貴重な存在だ。
戦場では、いちいち指示を飛ばしていられない。とっさの判断だって必要になる。俺が聖女としての役割に集中できるようにする為に必要な動きを、彼はやってくれるのだ。
「本音が聞きたくってさ」
「本音」
ジークヴァルトの視線に険しいものが混ざる。きゅ、と眉間にしわが寄った。ああ、まだ若いんだからそんな皺作らないように気をつけた方が良いんじゃないかな。ああ……若いから、皺にならないのか。
俺の目をそらしてはならぬとでも思っているのだろうか。ブルーグレーの目が俺をじっと見つめてくる。
「きみさ、俺の騎士になりたい?」
「聖女ラウルの筆頭騎士……ということならば、もちろんだ」
そうだと思った。専属の騎士ではないのだから、他の聖女のサポートに回ったりしても良いのにも関わらず、ジークヴァルトは俺のそばをうろちょろしている。
だから、俺の問いには頷くと思っていた。
「俺は、ヴァルトに筆頭騎士になってほしい」
「良いのか?」
「うん。きみが良いんだ」
仁王立ちになったまま動きを止めてしまったジークヴァルトに近付いて、俺はそっとその手を取った。休憩時間だったはずなのに重装備のままついてきた彼の金属鎧が擦れる音がする。さざ波の音に紛れてほとんど聞こえないそれを振動で感じ、思わず小さく笑ってしまう。
若くて素直で、俺に対して真摯。俺の思考をうまく探り、邪魔にならないどころか動きやすくなるようにサポートしてくれる気の利く騎士。
俺に誘われたからって、のこのことこんな場所に連れてこられてしまう。
「ジークヴァルト」
「はっ」
俺が名前を呼んだだけで、俺に預けた手をそのままに砂浜の上に跪く。
ほら、俺がどうしようとしているのか一言で理解した。こんな貴重な存在、手放せるわけがない。だから、さっさと俺のものにしてしまおうと思ったんだ。
「女神の代行者ラウルの騎士になりなさい」
「喜んでこの命、使わせていただく。聖女ラウルを守る盾であり、支える手となろう。そして、聖女の意思を剣に宿らせ戦い抜くことを誓う」
騎士の誓いではなく、彼の言葉が返ってきた。彼らしい、と思う。俺はジークヴァルトの手の甲に軽く口づける。ひんやりとした金属が俺の体温でぬるくなるのを確認してから、ゆっくりと顔をジークヴァルトへ向ける。
ぎゅ、と口を一文字にしている。時々この顔をするの、何なんだろうな。最初はおっさんに絡まれて嫌がってるのかと思ったが、その顔をした後に俺たちの距離感が遠くなった、とかそういうのを感じたことがないから、悪い意味ではないのだろう。
一緒にいる時間が長くなれば、きっとその表情がどんな意味をもつものなのか、分かるようになるだろう。今はまだ、嫌われていないことしか分からないが。
「正式な叙任式は、盛大にやろうな。で、みんなに祝ってもらえ」
「……俺は、これくらいで良いんだが」
「駄目だって。今日は連れ出して口説いてくるって宣言して堂々と抜け出してきたんだからさあ。
結果報告も兼ねて、ちゃんとやらないと」
「く、くど……?」
目を見開いて動揺する男に、今の会話に動揺するような要素があったのかと思い返すが心当たりがなかった。
海岸へご招待
プレ叙任式