実在する神、創造維持神。
その存在を知りそれに実際に触れたこという経験は、明らかに私の認識を大きく変えた。
私が科学の徒であることに変わりはない。しかし、以前の私は、信仰や宗教、まして神といったものはすべて科学と対極にあるものだと考えていた。あるいは、神や神秘とは「未知」の言い換えであり、それらはいずれ発展した科学によって「既知」へと変換されるものである。そう信じていた。
しかし――。
七重のガラスの函に収められた肉塊を見上げるたびに、私は思い知らされる。神の実在を。
実際に目の前に神がいる。この事実を否定することはできない。
ならば私の使命は、科学の力でこの神に触れ、調べ、知ることで未知を既知のものとすることだ。
私の目的は変わらない。この歪みの蔓延する世界を正すことだ。そのために必要なのが神の力であるというのなら、私は神の実在を受け入れる。受け入れたうえで、神に介入する。
このマルクト教団という宗教団体――という呼び方がふさわしいかはわからないが――の特殊性も私の目的に合致していると判断した。神を疑うなかれ。神を検めるなかれ。そういった宗教性にとらわれることなく、神を崇めながらなおかつ守護し、必要であるなら神の力を探る。マルクト教団は神を崇めるだけでなく、神を守護し、神に触れることも厭わない。私はここでなら、自分の目的を達成できると確信していた。そして何より、幼少期から目指していた科学者という立場を得て、自分の才能と能力を十分に使える場を見つけたことの歓喜に満ちていた。
私は、私がいるべき王国を見つけた。そう思っていた。