甘んじて受け入れることもあるだろう。たとえばブラックコーヒーがいいとは言い出せずに、角砂糖がぼちゃぼちゃと追加されるコーヒーカップを苦々しく見つめるとか。実例が今まさに起きている体験なので、サタケは必死に表情に出さずにいた。彼は来賓としてもてなされている側である。だから主客の行為を、好意を、そして厚意を無駄にするのはいかがなものかと、叩き込まれた社会的通念が告げている。だけれども、サタケは知っている。このまま何も言わなければ、プラムマンの厚意により冷蔵庫に常駐してある生クリーム(何故あるのか!)が、コーヒーカップに足されるという事を。苦みを伴う美しく繊細な香りのコーヒーを覆い被さるように生クリーム。透明度の高い湖を凍らせる無粋な白い氷のようだ。だがその感想をそのまま口に出してはならないし、言葉を選んで慎重に伝えなければならない。何度も繰り返すが、それはプラムマンの厚意だからだ。あと好意。前者も踏みにじれないし、後者なんて断じて踏みにじれない。サタケは悩んだ。
 「トーマス。俺は生クリームはいいよ」
 「お嫌いでしたかな?」
 「最近腹回りが気に掛かってね…控える事にしていて」
 「それは残念ですな」
 本当に残念そうにプラムマンは自分のカップに生クリームをぶにゅっと押し出し、白い渦を作ってカップの一面を覆った。角砂糖が追加されたコーヒーを飲むことになるが仕方がない。それは、数十分前にいい豆なんだとサタケが手土産に持ってきた物だが、甘党だから受け入れる。これがもてなしだ、文句をつけるなサタケ・リュウジ。前々からその嗜好は知っていたじゃないか、恐るるに足らずだ。どうぞと渋い声がコーヒーを勧めてくれるので、ええいままよとカップの中身を一口飲む。甘い。劇的に甘い。砂糖が溶けずに底に沈んでいるのではないかと思われて、飲めば飲むほど砂糖の侵攻を受けた液体の甘味が増していく。砂糖のトルネードが、自分が飲もうとするたびに発生し、甘さを撒き散らしている。サタケはそこまで甘党ではない方だ。だからこの甘味の向こうにあるコーヒーのアロマを探そうとしたが、砂糖は強い。もう一口飲むと喉が渇く。
 サタケがちらりと対面にいるプラムマンを窺った。砂糖が入ったコーヒーをうまそうに飲んでいる。その上を覆う生クリームが、髭の先端についていた。まるで子供の食べこぼしみたいだ。サタケが思わずカップの中でふふっと笑うと、プラムマンが気付いたようにこちらを見やる。
 「いかがなさいましたか」
 「クリーム、髭についてるな」
 「それは失礼」
 カップを置き、ティッシュで拭い出す。だが咄嗟に手鏡が出る訳でもないので、サタケが右だ上だと指示を出してようやく拭けた。サタケもカップを置き、甘味に夢中になった恋人をくすくす笑いながら眺めていた。こういう所が抜けていて可愛らしい。君は生クリームを幾らでもカップに乗せるがいいさ。俺はいらない代わりに。来客だと言うのに好みも聞かず、プラムマンのしたいようにもてなし、鏡を見て来ると退席もせずに彼らは互いに対面している。これだけで親密な関係だと十分に分かるだろう。顔を突き合わせて離れるつもりがないとも言えよう。
 「今度は、豆じゃなくて日持ちのするお菓子でも買ってこようかな」
 「それは助かる」
 プラムマンが笑う。甘味が得意では無いので、サタケは買うのならば部下や友人に尋ねて良い物を見繕っておかなければならない。それはあくまでもプラムマンの好みに合わせるためだ。自分の好みではない。一度だけブラックコーヒーが好きだよと伝えたが、今の所プラムマンの家の来訪の際はその要望が有効だった時は、そうだ。朝目覚めて一番に口をゆすいだあと、並んだ朝食のお供に置かれていたくらいか。それ以外は甘いコーヒーを甘んじて受け入れている。ここでしか飲むことのない甘ったるいコーヒーだ。希少価値があるのだ。すると、プラムマンがふと尋ねてきた。
 「貴方の好きな豆を持ってこられたのですか?」
 「今回は、まあそうだな。でも多少酸味の強いブレンドにしたかも」
 「そうか、覚えておこう。次貴方をもてなす時にね」
 「俺は」
 ブラックコーヒーが好きだよと言いかけて、サタケは小さく言葉を飲み込んだ。だが年上の男は見透かしたようににやりと笑う。
 「ブラックコーヒーに合うものをね」
 「知ってるなら、俺の好きな淹れ方でもてなしてくれてもいいのに」
 「それなら自分で入れなさい、リュウジ」
 「ちぇ」
 たまに君はけちだなぁ、なんて呟くサタケを見ながらプラムマンは目を細める。
 「君の胃を掴んでおかないといけないからな。それが美味くても、まずくても。好みじゃなくてもね」
 食道から下に向かわなかったあっまいコーヒーが、胃で一気に消化され、指先の毛細血管まで充たされた気がした。 
 
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