それは深淵に潜む獣。万物に宿る怪物。自然の摂理である人の業。闇である光。1である全。神である悪魔。――願いである欲望。
気を付けろ。それはいつでもお前を見ている。奴はいつでもお前を見ている。
――お前はいつでも、お前を見ている。
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そろり。そろりそろり。足音を忍ばせ、気配を殺して歩く。数歩歩けばすぐ物陰に隠れ、そこから標的の様子を伺う。――バレバレの追跡は周りから好奇の視線を集めていたが、当の本人は気付いているのかいないのか意に介する様子は無い。
「おねーちゃ!」
「ほぁあああああ!」
空気を読めていないのはこの幼女も一緒であった。この姉にしてこの妹あり。町中でただ姉を見つけたからという理由で、どう見ても隠密行動中の彼女に死角――まあ背後だが――から声をかけた。驚いたカンナは思わず大絶叫を上げる。
「ちょ、ちょっとカグラ!ししし、静かにしてよお!尾けてるのバレちゃう・・・」
「もうバレてるよ・・・」
「ひょああああああ!?」
再度背中から声をかけられ、カンナは変な悲鳴を上げて飛び上がった。慌てながらもその声が標的の物だとすぐ気付いたからだ。当の標的はカンナのその反応に目をぱちくりさせて、それから小さく吹き出した。
「悲鳴のバリエーション凄いね。・・・で、どうして尾けてきてるのかな」
「あわわわわわ・・・」
褒められたのか貶されたのかよく分からない言葉の後に、標的――もといアオイが本命の問いをする。カンナは前者を上手く飲み込む余裕もなく、汗をダラダラ流してそう漏らすだけだ。だが数秒もすれば諦めたらしく、がっくりと項垂れながら白状した。
「昨日のお礼と・・・あとお話がしたくて・・・」
「昨日?なんの事?」
「き、昨日会ったよね!?えっもしかして会ってない!?私の思い違い!?」
カンナの顔が青ざめる。――よくよく考えたら、猫鬼の正体がアオイである根拠が瞳の色しかない事に、彼女はたった今気付いた。というか耳と尻尾がない事に今更驚いていた。昨日の朝から見ている姿だと言うに、おつむがあんまりである。
いや、今だったら顔とか声とか体格とか似ている所が多いと思うのだけど、そう思いたいが故に似ていると認識しているだけと言われたらなんとも言えない。もしかしたら勘違いだったかも、と落ち込みかけたその時。
「あーっ!きのーのゆめにでてたひと!」
急に上がった大声はカグラのものだった。カンナは妹の方を振り向く。驚いた。あの時妹の意識は完全に無かったものと認識していた。まさか覚えていたとは。
「きのーこのひとかっこよかったんだよぉ!うさぎさんみたくぴょんぴょんしてね、でもライオンさんみたくつよくてね、でもでもいぬさんみたくやさしいの!あとあの、あれ!しぶやくんににてるの!ねこみみピーンでしっぽくるーで」
「しぶ・・・?」
「ちょちょちょストップカグラ!私のコレクションの仔細ばらさないで!?」
「・・・自分で言っちゃってるけど」
「はうあっ!しまったぁ・・・!」
緊急開催、妹による姉の趣味暴露大会(大声)。カンナは必死に止めようとするが、口が全然上手くないので墓穴掘りまくりである。傍目から見るだけだったアオイが冷静に指摘すると、カンナは今度こそ崩れ落ちた。撃沈。
その様を哀れに思ったか、アオイは小さく溜息をついた。かと思えば柔らかい微笑みを浮かべ、カンナがしゃがみ込んだ事で同じ高さになった二人へ視線を合わせた。その表情にさっきのような突き放す感じはない。カンナがよろよろと顔を上げる。
「今のは聞かなかった事にしておくよ。意地悪しちゃったお詫び」
「ハナフサくん・・・」
「二人とも、今から少し時間いい?」
アオイの問いに二人は顔を見合わせる。それは、話に応じてくれるという事なのだろうか。そう期待していいのだろうかと、カンナはアオイの方を再度見た。一人話が通じていないカグラはなんのこっちゃ状態だが、着いて行った方が楽しそう、と判断したらしい。
「だいじょぶ〜!」
「ちょっ・・・カ、カグラもいいの?」
「忘れて貰えたらその方がいいけど、夢って事にしたら却って言いふらされそうだし」
「うちの子がごめんなさい・・・」
「気にしないで。それに・・・」
アオイがちらりとカンナの足元を一瞥する。そこには昨日の負傷も完全に癒えた様子のてるちゃんがいた。相変わらず表情の読めない目で、じっとアオイを見上げている。
「それに?」
「いや。何でもない」
カンナが最後の言葉をオウム返しするが、アオイはそう言って続きを話すのを止め、歩き始めた。その後ろをカンナが慌ててついて行く。カグラとてるちゃんも一緒だ。
「あの、でも、無理なら本当に」
「どの道連れて来いって言われてたんだ。僕は巻き込むの反対だったんだけど。それに、君も知りたいでしょ?昨日の怪異——天使のこと」
「!」
パタパタと小走りしながら追いかけたカンナは無理矢理話させることになった負い目から遠慮しようとしたが、アオイは先程の態度から一転しそれを跳ねのけた。その事と、彼が発した言葉にカンナは驚く。
「連れてこい」と言ったのは誰?巻き込むって一体何に?天使とは?数々の疑問と躊躇が頭を過ったが、カンナは頭を振ってそれらを追いだした。その答えもきっとこの先で知れる筈。そう信じて。
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アオイに案内されてやってきたのは、カンナの家の近くにある神社だった。この点でお察しだろうが、嘗て彼女の祖父が神主を務めていた神社だ。山頂の森の中にひっそり佇むそこは、以前訪れた時同様綺麗に整備されている。しかし人気は無い。
「誰が掃除してるんだろ」
「ああ、ここはヒマリが・・・」
「ヒマリ?」
「その内会えると思うよ」
言いながら、アオイが躊躇無く本堂の扉を開けた。勝手に入っていいのかと焦るカンナに構わず、アオイとそれに着いていくカグラが靴を脱いで本堂の闇の中に消えた。カンナも慌てて後を追う。
本堂の中は歴史の匂いがしたが、外と同様埃は綺麗に掃除されていた。よく分からない御神体が奥に祀られている。何となく手を合わせると、カグラもそれを真似てお辞儀した。
「きょーのゴハンカレーにしてください!」
「こら」
カグラの可愛らしいお願いにアオイはくすりと笑った。恥ずかしいんだか妹を褒められたようで嬉しいんだか複雑な様子で、カンナは顔を赤くする。そんな姉に構わずカグラは今日も元気にGoing my way。パタパタと自由に本堂を走り回る。
「もー落ち着きないんだから」
「まあまあ。物を壊さなければ何してもいいって言われてるから、大丈夫だよ」
「誰に?」
「ここの神様」
「ええええっ!?」
ここ神様いるの、とは思わなかった。見た事は無いが、何となくいるんだろうとは思っていたからだ。カンナが驚いたのは、カンナすらお目にかかった事の無い神様とアオイが普通にコミュニケーションを取っている事だ。しかもだいぶフランク。
「か、神様ってどんな感じ・・・?」
「うーん・・・僕もここのしか知らないから何とも。ここのは見た目ちょっと僕に似てるかな。要素が」
「要素・・・?」
「僕みたいに動物の耳と尻尾が生えた、人の見た目してる。女の子だけどね。今日は出てくる気ないみたい。こっちは一方的に見られてるけど」
アオイの補足にカンナは納得し、脳内に猫耳と尻尾生やした、黒髪セーラー服の少女を思い浮かべる。――なんか違うんじゃなかろうか。動物の、しか言っていないから猫じゃないのかもしれない。――いやそこでも無い。何でセーラーを思い浮かべたかの方が問題だ。まあそれについては、今横にいるアオイが学ランを着ているせいもあるのだろうけど。
「そういえば、ハナフサくんの可愛いモフモフしたい猫耳はどこに行ったのモフモフしたい」
「煩悩出てるよマチさん・・・」
手をワキワキと動かしながら少々アレな目で問うカンナに、アオイは呆れ混じりの溜息をつく。カンナという少女は嘘を着くのがトコのトンと下手。またもや醜態を晒してしまったと落ち込む。
その様が面白かったのか、アオイはそっぽを向いて小さく吹き出した。音がバッチリ聞こえていたのでカンナはますます落ち込む。それすらも面白く感じて堪らないので、アオイは気を取り直す為話を進める事にした。
アオイは徐に、長袖の学ランとその下のシャツを軽く捲り、左の手首を晒した。あまり日に焼けていないその肌は病的とまではいかずとも白く、美意識がしっかりその辺の女子であるカンナには羨ましい限りである。それは一旦さておくとして、カンナの視線はそこにあったものへ釘付けになった。
それは、綺麗な黒と白の石が紐で結ばれた数珠だった。アオイは右手の親指以外の四本を手首とそれとの隙間に差し込み、ゆっくりと引き抜く。その行動の理由を察し、カンナは数珠の更に上の方へと視線を向けた。
「わあ・・・!」
歓声とも驚嘆とも取れない声が漏れる。数珠が腕から少しづつ離れると同時に、霧が晴れるかの如くそれが姿を現した。数秒もすればそこに居たのは紛れもない、昨晩出会った怪異猫鬼である。
「こんな感じ」
「凄い!ねえ、これってハナフサくんの一部?感覚ある?」
「一応。でもナイフとかでは切れないし、見えない人には見えないよ。人間に当たったり引っ張られたりしたら、双方に感覚が伝わっちゃうけど」
言いながら、アオイがぺしりとマチのワキワキハンドを尻尾で軽く叩いた。力は弱いので痛くないが、彼の言うとおり尻尾の感触があることにカンナは感激する。モフモフしたくなって頭の上に手を伸ばすが、それも逃げられてしまった。ぐぬぬ。
「あれ?でも、見えない人には見えないんだよね?だったら何で隠してるの?それに、昨日の人も見えてたよね?」
「昨日のは例外。天使の影響を受けると、暫く”こっち”——トコヨのものが見えるようになっちゃうんだ。普段隠してるのは、見える人に暴露するのを防ぐため。君以外にもいるから」
ほえー、とカンナが感心しつつ再度手を伸ばした。それもまたひらりと躱される。すると今度はカグラが尻尾を触ろうと近付いてきた。アオイはお披露目お終いとばかりに数珠を付け直す。途端、それらは完全に消えてしまった。
「あー!モフモフー!」
「もう姉妹揃って・・・猫ってしつこいの嫌いなんじゃないの」
「むう・・・正解。でも、猫好きのモフモフへの欲求は抑えきれない物なのダ」
「ダー!」
「ははっ、何だそれ」
姉妹揃って過ぎた猫好きを見せつけると、アオイはツボに入ったのか今度は隠さずに笑ってみせた。バカにしているのではなく単純に面白いらしい。暫し口元を抑えて一頻り笑ってから、あーと息を吐いて話を続けた。
「で、今から本題なんだけど」
「あ、うん。前置きだいぶ長くなっちゃったね」
「ごめんそれ僕の台詞。半分とちょっとくらい僕のせいだから」
「まーまー、細かいこと気にしないで。ねー?」
漸く本題に入った事をカンナが突っ込めば、台詞を横取りされたアオイがそれに突っ込み返した。だがカンナはワカチコワカチコ。足元のてるちゃんに同意を求めるだけだった。てるちゃんは相変わらずノーリアクション。愛猫が塩対応でもめげない負けない頑張ルビィ。それこそが猫好きのソウル。それはさておき。
「ほら本題本題」
「わかったよ・・・」
ゴリ押しで話を進めたカンナにアオイは嘆息した。あんまり記憶が無いのか、話についていけないカグラは一旦傍観の姿勢を取るようだ。
「あれって、一体何・・・?」
「僕達は天使って呼んでる。突然現れて人間の願いを叶える存在。だから天使」
「オバケなの?それとも違うもの?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える、って言うのが精一杯かなあ・・・」
「どういう事?」
「僕もそこまで詳しく知らないんだ・・・。でも、僕に天使の存在を教えてくれた人に言われた事があって」
アオイはそう言うと、ゆっくり目を瞑りその言葉を暗唱し始めた。
ーーーーーーーーーー
「ほえー・・・」
言葉を聞き終えたカンナが惚けたように声を漏らす。カンナはアオイが紡ぐその言葉に、呪文のような歌のような不思議な響きを感じていた。アオイ本人は言われた通り再現しているだけなのだろうが、言っていた人の感じがそうなのだろうか。というか声がいい。めっちゃいい。
「・・・マチさん、聞いてる?」
「へ?あっ、お、ごめ、ごめんさい!声に聞き惚れててあんま聞いてませんでした!」
「んぐっ・・・しょ、正直で宜しい・・・」
話に集中して貰えなかった呆れと、ナチュラルに褒められた嬉しさとでアオイは複雑そうな顔をした。多分後者のが少し勝ったらしく、にやけそうなのを必死にこらえている。尾を引くそれを咳払いで無理矢理追い払い、先程の言葉を繰り返した。カンナは今度こそちゃんと話を聞くべく、全集中聞き耳の呼吸壱ノ型「聞きに徹する」を使った。
「万物に宿る・・・かあ。じゃあやっぱり、昨日のはあのおじさんから生まれてたんだ」
アオイがこくんと頷く。成程、それなら昨日アオイが「貴方の”それ”」と言っていた事にも納得出来る。あれは人間――否恐らく、先程の言葉を鑑みれば全ての生命――に宿っている怪異のような存在、と言うのが正解のようだ。
――それは、寧ろ怪異ではないのか?
「さっき言ったけど、天使は人間の願う気持ち――つまり欲望から生まれる。れっきとした心の一部だから、完全な怪異じゃないんだ」
カンナの疑問を読んでいたアオイが、先んじて解説を挟んだ。カンナがまたほえーと歓声を上げる。話が難しいのか、カグラはずっと首を傾げている。
「きのーのかわいーのはわるいおじさんのよーじょしゅみのせいでうまれたってことー?」
「ちょっとカグラ、どこで覚えたのそんなn多分私ですねごめんなさい!」
「謝るの早・・・うん、まあ・・・そんな感じ」
アオイがカンナの様子に戸惑いつつ肯定すると、話を理解出来たのがよっぽど嬉しかったのか、カグラは満面の笑みを浮かべた。流石は真智家の天使。笑顔が超可愛い。
「で、でも、心の一部って割に堂々と壊してたよね?」
「天使は感情や欲望の塊なんだ。欲望の内容が何であれ、叶わない期間が長くなったり欲望が重要な物だったりすると、人は段々と叶える為の手段を選ばなくなっていく。まあ要するに余分な部分だから、壊しても問題ないんだ」
アオイの返答に、カンナはびくりと肩を揺らした。そろそろと足元のてるちゃんに視線を向ける。てるちゃんはじっとカンナを見返すだけだった。
――この子は、私を見ている――。
「君、気付いてるよね」
カンナが再度大きく肩を揺らした。恐る恐るアオイの方に視線を向ける。アオイに責めるような雰囲気はなく、表情も言葉も淡々としたものだ。それなのに、カンナには恐ろしく感じられてしまう。
「やっぱり・・・そうなの?」
アオイが小さく頷く。どういう事なのかさっぱりわからない様子のカグラは、突然神妙な面持ちになった姉を心配そうに見ていた。てるちゃんは微動だにしない。
「多分だけど・・・その子は君の天使だよ」
「・・・!」
薄々感づいていた事ではあった。友達が出来るか不安だった自身の目の前に必ずいた事。アオイの危機に感応し、自分ごと彼を守ってくれた事。最初にアオイと出会った時、自分を――否、その肩に乗っていたてるちゃんを見てアオイが「天使」と口走りかけた事——それで全部説明がつく。
てるちゃんを形作っている欲望にも心当たりがあった。友達が欲しい。新天地で孤独に過ごしたくない。その感情が生み出したのだろう。だから、自分の好きな猫の姿をしているのだ。自分が寂しい思いをしなくて済むように。
同じなのだ。昨日のあの男と。自分の欲望の為に怪異を操り、欲望を充足させていた。正確にはまだ非道な手段に及んではいない。だが同じスタートラインに立った事もまた間違いなかった。そうである以上、同じにならない確証などどこにもない。
「ハ、ハナフサ君・・・わたし・・・」
アオイを見上げる目に涙が滲む。姉が何故泣いているのか理解できないらしいカグラが、狼狽しながらも宥めるようにカンナの服の袖を掴んだ。それでも泣き止まない姉を見て、カグラはそのつぶらな瞳をてるちゃんの方へ向けた。
カグラがどの程度話を理解しているのかはアオイにはわからないが、その態度から少なくともてるちゃんが姉から生まれた怪異である事はわかっているようだ。
すみません今回これで落ちます!ねみい!
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天使が落ちた町③
初公開日: 2024年07月18日
最終更新日: 2024年07月18日
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コメント
遅れてすみません!
今日は天使が落ちた町!やります!
予告と違くてすみません!
アンジュリDom/Subバース③
結局全然出来てないアフター第二弾!開始がだいぶ遅くなったので、日付変わる手前までは出来たらいいな。
ゆっくりゆきねこ
アンジュリDom/Subバース②
女攻めオンリーアフター第一弾!本日は予告通りアンジュリDom/Subユニバースを書きます!
ゆっくりゆきねこ