【2024/07/02のテラディオへの書き出し&文末お題】
星の降る夜に交わした約束は叶わない。
小さな頃に聞いたそれを大人になった今でも胸の奥底に秘めていたテランスは、目の前で心底楽しそうな、悪戯っ子のような表情を浮かべたディオンに、えええ、と思わずひっくり返ったような声を上げてしまった。
「なんだその変な声は。嬉しくないのか」
思ったような反応じゃなかったのか、ディオンは普段より低い声で、喜ぶと思ったのに、と呟いて、拗ねたようにむぅぅと唇を尖らせた。
「だって。休みを合わせるのだって大変なのに、一週間?」
「ああ!」
自信満々という風にディオンが頷く。
あの日と同じ流星群を見て、そのまま二人で焚火を囲み、気の向くままに話し、眠り、時には戯れに肌に触れ合ったりして、更には近くにある湖でボートを漕ぐでも良いし、テントに飽きればログハウスだってある。そうして休暇を過ごそう、と。
つまり、1週間丸ごと二人きりで自由に過ごせる。そんな休みを、そんな自由をこの人は得たと言っているのだ。
「そんなこと、」
ありえない、なんて訳では無いんだが。
うっかり出かかった言葉を飲み込んで、テランスは逡巡する。幼い頃に言われた言葉は、自分でも自覚のない程に深く胸を抉り、傷を作っている。
それは、テランスにとって楽しい思い出だった。
楽しくて、綺麗で、暖かな記憶のはずだったのだ。
バハムートの覚醒を成功させたディオンが、その身を削って宿した力を顕した功績として、その力を蓄えるため――少しの休暇を与えられ、テランスも一緒が良いと連れられて行ったのが、美しい流星群の見える別荘地だった。
そこでのディオンとの思い出は宝石のように美しく、まだ柔らかな恋心を秘めていたテランスは、ディオンと入ったテントの中で、内緒話のように小さく囁きあったり、外に出て、静かに見上げた星空を、他でもないディオンと二人きりで眺められたのが、一生の思い出になると思ったのだ。それに、幾千の星が落ちて煌めく様を見つめ、テランスを振り返って微笑んだディオンが、幼いながらも艷やかな唇を震わせて、掠れる程に小さな、殆ど吐息のような声で、テランスと言葉を交わしたのである。
一つの約束を、誓いを。
──その時の思い出を話したのは、彼の伯母だった。
今になって思えば猊下派の、ザンブレクらしいベアラーを人とは思わない貴族の、その当時は心から信頼していた優しい伯母に、楽しくて堪らなかった思い出話の共有をしようとしていただけだった。
『ご存知ないのですか?あぁ、ディオン様ったらお可哀そうに。その日は流星群があったでしょう?星の降る夜にディオン様とお二人で?テランス、貴方はなんて酷い子なのかしら。星の降る夜、その日に交わした約束は二度と叶わないのです』
約束の内容は誤魔化していたが、その内容を゙禁忌だと咎めるようにテランスの耳には届いた。
──幼い二人は流星群を眺め、感嘆の声を漏らして、興奮冷めやらぬ中で手を握り合った。
『すごいね』『きれいだ』『二人で見れて嬉しい』そんな語彙のない、素直な感想から始まった会話は、やがて未来を想う話になり、ディオンの吐息に交じった
『父と共に民を守りたい』
『父上にはやく認められて、この力を惜しみなく使って、豊かな国を作りたい』
という言の葉の、その胸の内側を吐露した表情が、テランスの胸を締めつけるようで、テランスは大丈夫だよ!と大きな声を出して、握り合ったままのディオンの手にぎゅう、と力を入れた。
流れ星は願い事を叶えてくれる…はず!
街のどこかで誰かが話していた、聞いたことのあるような話をうろ覚えのまま伝えると、ディオンはパチクリと目を瞬かせて、それから愛らしく、くす、と笑みを溢した。
その時に言われたのはなんだったか。兎に角笑われたことに恥ずかしくなって、ぼくだって願いを言うよ!と叫ぶように空に向かって祈りを込めたのだ。
ディオンの正式な従者になって、騎士になって、ディオンを守れる強い人間になって、それから、それから。
『………本当に?』
あの時口走ったのは、ディオンにとってどう受け取られたのか。
嬉しそうに微笑んだ、その頬に紅が差さったことだけは覚えている。
───そんな回想をしている間に事は順調に進み、テランスが立っているのはあの日ディオンと共に過ごした、今も変わらぬ静謐さを保つ別荘地である。
ディオンは機嫌の良さを隠さずに、真っ先にログハウスの寝室に突撃し何やらをゴソゴソと仕込んでいる。
あとでツッコまざるを得ない物だろうが、今は見て見ぬ振りをする。せっかく立てたテントは、恐らく今晩の使用予定は無さそうだ。完璧なペグ打ちをしたのに疲れ損である……とは言わないでおく。
「叶わないと思っていたのに」
「は?」
心の声が漏れてしまったのか、怪訝な顔で自分を覗き込んでくるディオンに、しまった、とテランスは視線を逸らした。
用意した食材はやはり自分が調理担当だったのは今更の事なので何の文句もなく、寧ろディオンに美味しい物を食べてもらいたいと練習した料理の腕を振るうチャンスなので良いんだが、漏れた言葉は二人向き合って囲むテーブルとは関係なく、舌鼓を打つ料理にでもなく、この場所で、外の流星群に見守られながら交わした約束についての疑問だった。
伯母の言う通り、ディオンの願いは叶えられる事は無かった。自分が願った強い騎士に、ディオンを守る強い人間になれたとは、まだ思えていない。
約束は、そうだ。君を傷つける全てから──
「……私に牙を剥く全てを倒すと?」
「え?」
「そう言っていたではないか。私はお前に守られるか弱い人間ではない、そう私が言えば、君が強いのはわかってる。僕はその隣に立って、剣の代わりになる、等と。お前は」
「……よく覚えてるね」
傷付いたんだ。深く、いつも優しかった伯母が、あの時だけは弱味を握ったみたいな、人の不幸が蜜のような顔をしたから。ディオンの願いを馬鹿にして、叶うはずがないとせせら笑ったのが、悔しかった。
祈るようにテーブルの上で手を組んだテランスに、ディオンはハッ、と鼻で笑う。顔を上げると、少し苛立った様子を見せたディオンがお前は、とつまらなさそうに言った。
「そんなことよりも覚えていなければならないことがあるだろうが」
「そんなことって……」
他になにが。
狼狽えたテランスに、ディオンが手にしたフォークの先をテランスに向けた。
「『ずっとそばにいる。何があってもディオンのそばにいて、隣は誰にも渡さないって誓うよ』──と。言ったのは嘘か?なあ?」
「………はっ!あ、えっ、」
「覚えてないなら良い。もう知らぬ。独りでテントで寝ろ」
「ちょっと!」
──確かに言った。叶わないと大袈裟に嘆かれて、そして悲しみのあまりに蓋をしていたのだ。それが数年後に、まさかの両思いとなって、想いを受け入れられて──
「待ってってば!!」
ベッドに用意された物を知っている。それを楽しみにしていたのも、自分を、テランスを身も心も愛しているというディオンの気持ちも。
呆然としている間に食事を手早く終わらせて、食器の片付けを始めたディオンを必死に止めようとするテランスに、立ち上がったディオンが一瞬だけ視線を合わせる。
不機嫌をアピールしたディオンの口角が、少しだけ上がったことは、果たして。
「しっかり思い出したというなら。ちゃんと約束が叶えられたと私に教えろ。早くな」
「ディオン!?」
ずっと傍にいて、そして同じように、大人になったらこの場所で同じ星を二人で眺めたい、と。
色々と口走ってしまったことを、全て、ディオンは覚えていると。
もう思い出の中の自分に羞恥で首を絞められかけていると、ディオンはまたニヤリと悪い顔をして
「早く来ないと一人で遊ぶからな」と。
そう言って、さっさと皿を下げてしまった。