このレシピマジでオススメだから作ってみろよ!
と熱心にディオンに勧めたのはガブで、そのガブがわざわざディオンのSMSに送りつけたレシピというのがこれまた分かり辛いものだったので、それを帰宅後、目をきらきらと輝かせたディオンが「これを作ってほしいのだ!」とスマホを自分の眼前に差し出してきたのに思わず溜め息を吐きかけたのは許してほしい。
『豚肉焼いて途中でキムチぶっ込んで、万能麺つゆで味を整えたら終わり!な!簡単だろ!』
文章の最後はそう締め括られていた。ふざけるな。これでは何をどう購入すれば良いのかわからないと、テランスは頭を抱えるしかなかったのである。
「キムチ、はある。量……適当?豚肉がないから買いに行く?」
疲れて帰ってきて、こんな夜遅くに出掛けるのも嫌なんだけど。そう視線に含めてディオンを見たのだが、当のディオンは「美味そうなものができると信じているからな!」ときらきらオーラを隠さないままパタパタと走りエコバッグと財布をえっへんと見せつけて来たのである。行くしかない。
なんと近くには24時まで営業しているスーパーがあるのだ。ディオンにとっては最高の、テランスにとっては面倒な買い物への旅が始まる―――
「なぜこれを?」
ディオンが疑問符を浮かべるのも無理はない。スーパーに着いて足早に肉のコーナーに向かって他の物には目もくれず豚バラ肉を掴んで籠に入れるまで、一瞬の迷いも隙も無かった。何故と言われれば、特売シールで安かったから。
だがそれを正直に伝えるのも庶民の視点に寄りすぎてていけない。前世では一応の中流階級だった。ディオンは今も昔も金銭的に困るという事は無かったから、現代での自分の財布の固さに悲しい………というより憐れまれる、いや、余が全額出そう!と言われるのはもの凄く嫌だ。
「……このお肉が一番新鮮に見えるからだよ…」
ほとんど見栄である。
「なるほど」
買い物担当ではないから納得してくれてありがたい。嘘をついてすまないとも思うので、味だけは確実にディオンの舌に合うように調理しよう。
ガブのレシピに色々足してやる。密かにテランスは対抗心を燃やした。
『万能麺つゆで味を整えたら終わり』
これを果たしてレシピと呼んでいいのだろうか。
とにかく文面通りに豚バラ肉を焼く。肉の色が変わり、全体的に火が通ったところで冷蔵庫にあったキムチを取ってもらう。
「ディオン、キムチを…」
「あっ」
行儀が悪い、と言ったほうが良かったか。キムチのパックを開いたディオンが素手で白菜を掴み、もぐもぐと咀嚼しているところでバッチリと目が合う。もぐもぐもぐもぐと頬を動かしながら、にこりと微笑んだディオンがキムチを差し出した。
受け取って見つめ続けると、食べ終わったらしいディオンは堂々とこう宣った。
「毒見だ!!」
毒が入ってるわけがあるか。
「………味見ありがとう」
昨日も食べたんだけどね。そうツッコみたい気持ちを抑え込んで、テランスは焼いている途中の肉と向き合った。キムチを入れる量に悩み、二人だから全部……のつもりだがまだ食べたそうにしている視線を感じるので少し残す。そのパックをディオンに渡すと、嬉しそうにそれをその場で食べ始めた。
「せめて椅子に座って食べなさい」
「了解した、ママ」
いつからママになったんだ俺は。
そして万能麺つゆ。これをそのまま鵜呑みにするのも癪に障る。うちの3倍濃縮に何を足すか。そもそも、あいつの家で使っている麺つゆとうちのでは違うのではないか?考え始めるとキリが無くて、しかしディオンが食べたいと言ったレシピはあの野郎ので。……嫉妬にぐるぐると頭を回していると、ぺろりと残りのキムチを平らげたディオンがまだか?と手元を覗き込んできた。視線の先に万能麺つゆ。
これは、いつも通りの嫌な予感がする。
「これは毎日使っているやつだな!さすがに私も覚えた!貸せ、これぐらいなら私もできる!」
「あっ!!」
ちょっと待って、奪われた麺つゆを取り返すことも、止めることもワンテンポ遅かった。ディオンという人は昔から何をするにしたって豪快なのだ。
ばしゃぁぁん。
フライパンの中に麺つゆの半分がぶっかけられた。3倍濃縮。ここに相応の水を足す。それすなわち溢れる。沈む。これはスープだったかと思うくらいの量の麺つゆの海に、豚バラ肉とキムチは沈んでしまったのだ。
「………」
「………」
気まずい沈黙が落ちる。ディオンを見ると、少し悲しそうに、目が潤んでいるように見えた。
斜めに傾いたままの麺つゆを取り返す。いくら万能といえども、万能には限りがある。多分。静かに口を開いたディオンが、ぼそり、と何かを呟いた。おそらく、すまないとか悪いといったところだろう。
「…………私の豚肉とキムチの麺つゆ炒めは……?」
謝罪ですらなかったことに、俺は雷を落とすのが最優先だと認識した。
「それで何を食べたの?」
「カップ麺」
「庶民!!」
悲しい出来事があった。とディオンに呼び止められたジョシュアの反応はそれだった。
駄目にした食材を全て食べてくれたテランスには感謝と反省を。しばらくキッチンの出入り禁止とは、受け入れるしかないな、とディオンはちょっぴり落ち込んだそうな。