「シャークネードと温泉シャーク」
 「世界一どうでもいい二択」
 クリムゾンの問いに、ギガは本当にその言葉が口から滑り落ちた。ここは都内にあるレンタルビデオショップである。彼らの居宅、正確には映画を見るために借りているアパートからは少々の距離があるが、散歩がてら見つけたのでそこを利用している。決して広くは無い店舗だが、映画に造詣が深いオーナーなのか品揃えが良くて気に入っている。だから20分ほどは歩くけれど、この店を利用するのは二人の日常に組み込まれていた。
 「酒入って死ぬほど笑える方がいいんだよ」
 「温泉シャークの前評判知らないんだけど。そもそも新作だし」
 「温泉シャークが笑えないわけないだろ」
 「それはそう」
 ギガは、先ほど指でもてあそんでいたDVDを戻していた。背後の気配に耳をそばだてる。サタケがそこに立っているのだが、背後で先程まで指で触っていたDVDを手に取っているだろう。あらすじを手に取り、俳優陣を確認しているのだろう。誰だって知らない映画はそうする。この映画はキャストも監督もそれなりのネームバリューを持っていて、正直面白そうなのだ。予告編などは特に素晴らしかった。その後で本編を見たら、阿鼻叫喚の出来だったのが印象的であるが、それを意味ありげに見ていて興味をそそったのはギガの画策である。背後の気配が立ち去ったのが分かった。悪い事をしたとは思っていない。そういう人間性である。それに、自分にとっては駄作でも誰かの心に打つものがあるのかもしれない。その差を生むのは知能かもしれないし、環境かもしれない。だから別に悪い事を舌と思っていない。必要な出会いである。毒が入っていても旨いと感じれば人間はそれを食おうとする。見知らぬ他人を使った実験めいた行動だが、さてどう転ぶかと思いながら何気ないふりをしてカウンターに目をやった。サタケが会計をしている。視線には気付いていないようで、さっさと立ち去っていった。するとクリムゾンが思わず尋ねてくる。
 「さっきの、あれ借りたかったのか?」
 「別に? あれ激つまらんし」
 「知ってる。だけど手に取ろうとしてたろ」
 「ああ、あれな。ああしてたら、誰かあの映画知らねー奴が手に取らねえかなって、実験」
 「は?」
 クリムゾンは非難めいた声を上げる。それではあんまりではないか。娯楽を求めて来たおそらく映画初心者に浴びせるにはあまりにもたちが悪い行動だ。それで映画を嫌うかもしれない可能性もあるのに、ギガはただ笑っていた。
 「どう出るかねえ」
 「相変わらず人間性がクズ過ぎるな…安心する」
 「それはどうも」
 「まったく褒めてない」
 さて件の温泉シャークとシャークネードの天秤はどう傾いたのか、クリムゾンは悩みに悩んだ挙句に最新作を選ぶことにした。酒のあてにするのに新作への期待を上乗せしているようだ。ギガはクリムゾンの持つかごを覗いてみた。今日の映画会に即した映画ばかりが入っている。邦画洋画とばらばらだが、笑いどころが多い映画ばかりだ。二人の趣味は似通っているので、笑うところは大体同じである。別にコメディ作品というわけではない。緊迫感の中に現れる突然の緩和、その緩急に思わず笑いを誘われる物を選んでいる。酒とつまみはもう買ってあるので、あとはアルコールが回った頭で笑うだけだ。会計を済ませて店を出る。映画が駄作か否かは制作費でもなければ監督の腕でもなく、観客の好みである。そこに作品が横たわっているのなら、どんな感想もどんな観られ方をしても文句は言えない。寒風吹きすさぶ中で、レンタルした戦利品だけがまるでデッキの中にあるかのように熱を放っている。それは星すら吸い込む夜闇の中で、いっぽんだけの街頭の光のようでもある。
 「星見えねぇな」
 「まあ都会だからな」
 と言っても、二人が歩く道は灯りが無く、数メートル先にぽっかりと穴が空いたように暗い。道路だけが人間の成果物として目の前に広がっていて、それを道しるべに帰り道を行く。だがあしばらく歩くとそのうち街頭が見えてきて、すぐに道を行き交う車の煩い息遣いが当たり前のように体を包む。その時にもう戦利品は熱を失っていて、ただのDVDとして袋の中で大人しくしている。贅沢な使い方をしているアパートはもうすぐである。あの映画のどこが面白くて笑えたのか、その記憶を呼び起こしながらクリムゾンは小さく思い出し笑いをした。
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今日の分書くよ
初公開日: 2024年05月29日
最終更新日: 2024年05月29日
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