夏コミも終わり冬コミの申込みも無事終わったので、まだ見てなかった映画をどんどん見ていきますよ。
 というわけで今日見てきたのはこれ!
 ちいさくてかわいい絵柄とキャラにまったくそぐわないヘビーでダークなストーリーで巷を震撼させているこの本作。原作はそこまで熱心に折っているわけではなく、Twitter(かたくなにXとは呼ばない)に流れてくる断片的な知識しかありませんが、これは見ておけとわたくしの中のゴーストが囁くので見に行くことにしました。
 
 平和に暮らしていたちいかわとハチワレたち。そんな彼らのもとに舞い込んだのは「特別な島にご招待」を謳う位置枚のチラシ。報酬100倍においしい食事という魅力的な内容にすっかり夢中になったちいかわたちは、さっそく船に乗って島に向かうことにしました。
 島民たちからの熱烈な歓迎を受けるちいかわたち。そんな彼らを待っていたのは、島に住む巨大な魔物「セイレーン」の討伐依頼。島民たちはセイレーンを討伐してもらうために外部から人を集めていたのでした。
 果たしてちいかわたちはこの討伐依頼を達成できるのか? そして、島に潜むひみつとは――?
 ……で、感想なんですが……見終わったあとになんかこう、腹の底が鉛を呑んだようにズーン……と重ーくなる作品でした……なんでだよ……? スタッフロールに「監督・市川崑 原作:横溝正史」って書いててもおかしくないぞこれ……。しかも金田一耕助はいないという……。
 あるいは「大長編ドラえもんドラえもん抜き」というべきか……。
 まあそもそも「島」「人魚」って時点でロクなことにならないというかロクでもないことがすでに起こっていることは確定しているわけですが……。
 本作の元になった「セイレーン編」の内容とその真相はTwitter(かたくなにXとは呼ばない)に流れてくるマンガでおおまかに知ってはいましたが、改めて見ると救い……というか解決がない。
 では本作のこの解決のなさはなにに起因するかというと、「罪を裁くものの不在」なんですよね。
 本作の登場人物の多くは、各種の罪を背負っています。
 フタバに重症を負わせてしまったセイレーンの罪。
 フタバを助けるために人魚を殺し、その肉を食べさせてしまったヒトハの罪。
 セイレーンが人魚を殺した犯人を探すために島民への襲撃を繰り返すのを見ながら、自分たちが犯人であることを告白できなかったヒトハ・フタバの罪。
 セイレーン討伐のために騙す形でちいかわたちを巻き込んでしまった島民たちの罪。
 そして……すべての真相を目撃しながら、そのことを誰にも知らせなかったちいかわの罪。
 これらの罪は、最後まで暴かれることも裁かれることもありません。だからこそ、罪は浄化されず、償われず、残り続ける。
 この物語には、罪を計る天秤が存在しない。罪を裁いてくれる神が存在しない。すべての罪を背負って退治されてくれる悪人も、正義の刃で悪を倒してくれるヒーローも存在しない。ただただ、罪が残り続けるという……。
 最終的にヒトハとフタバは、誰にも知られることなく島を去ります。そしてエンドロールのあとのCパートにて、別の島にたどり着きそこで新しい生活を始めるふたり――のあとを追っていると思しきセイレーンの後ろ姿で物語は幕を閉じる……。
 セイレーンは作中で明らかにヒトハとフタバが人魚を殺した犯人であることに気づいているし、例の「なんかずっと暗いとこ」の歌のとおりに明確に報復を企てていることから察するに……。
 物語、そして現実においてもしばしば「いちばん悪いやつ」を探すことがあります。その根拠になるのは当然「どれだけ大きい罪を犯したのか」ですが、本作におけるこれらの「罪の大きさ」、観客という神の視点から見て明確に計ることができるでしょうか。
 この「各々が罪を犯していることは明確にわかるけれど、それらの罪の大きさは明確に計れない」という構造、言い換えるなら「罪の量の曖昧化」は原作者であるナガノ先生が明らかに意図的に、そして計算ずくでやってると思います。
 こうして感想を書いてて改めて思うんですが、な……なにひとつ解決してない……。夏コミ思い出し日記でバロッカー同志のしおのりさん言ってた通り「なんとかなれーッ」と言っておきながら全然なんとかなってない……。
 じゃあ本作で、神の如きまったき正義の裁定者によってすべての罪が暴かれてすべての罪が裁かれていたら「なんとかなった」ことになるのかというと……ねえ……。
 そこで浮かび上がってくるのが、ちいかわのとった「あえて沈黙する」=「罪を抱え続ける」という選択肢なんですよね。
 もとのキャラはあんまり詳しくは知らないんですが、ちいかわは他のキャラに比べて明らかに明確に話さないキャラとして描写されています。意思疎通は問題なくできるようなので単にそういう性格としての描写なんでしょうけど、この「明確に話さない」が前述の「あえて沈黙する」に繋がってるのがなんとも……。
 こないだから聖書を読んでるせいかもしれませんが、ちいかわのこの「あえて沈黙する」=「罪を抱え続ける」という選択、これが人類すべての罪を背負って十字架にかけられたキリストの姿にかぶって見えるというのはいささか大げさな感想でしょうか。
 このように本作は「最終的になにも解決してない、作中の誰にも解決のしようがなかった」というラストだったと思います。そして暴かれず、裁かれなかった罪は残り続ける。それこそ心の「なんかずっと暗いとこ」に居座り続ける。そういやセイレーンは捕らえた島民を味噌漬けにしてましたが、あれもまた「保存される罪」というメタファーなんでしょうかね……。
 ……なんでお金払って映画見に行ってこんな気持ちにならなきゃいけないの……?
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TOHOシネマズ梅田「ちいかわ 人魚の島のひみつ」見てきました……。
初公開日: 2026年08月25日
最終更新日: 2026年08月25日
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