恐怖はやさしく伝播する。小学校の時に、クラスで目立たない子供がひそひそ声でしゃべりかけて来る時に聞いた怪談を今でも覚えている。正確には内容はそこまでだ。大人になっていくうちに内容を繰り返し繰り返し咀嚼することで、それに対する恐怖は非現実的だという知識が生まれ、ついにはその恐怖までも知識が上塗りしていくのだ。その時に聞いた同級生のあの誇らしい顔! クラス中に水を得た魚のように話しかけていたから、それがその同級生のライフワークであったのだろう。クラスにある派閥にあぶれた人間の逆転劇である。処世術である。怪談とはそういう効力を持つ。内容まで覚えているのは大きく二つだ。
カマキリを潰すと、爪虫という虫が出て来る。その爪虫に会ったら、指を隠さなくてはならない。何故なら爪虫は人間に寄生し、爪から人間の体の中に入ってついには心臓を食い破るという。死にたくなかったらその虫を潰すか、逃げること。
首だけの男の子が、放課後の校舎の中を飛び回っている。その男の子は恨めしい顔で、見つけた相手を執拗に追い回して来る。足が無いのに早くて逃げ出せないという。その男の子が近くに来た時は、何故だか不思議な音が聞こえるので、聞こえたら逃げないといけない。
まあこの程度だ。一つ目は学校の怪談と言うよりはどちらかというと聞きかじりの知識が過っているようなものだ。二つ目はオーソドックスな学校の怪談である。だがその男の子の背景がどうとか、何故首だけなのかは誰も語らなかった。怪談はかくも余白が無くてはならない。人間が想像したくなるからだ。そのセオリーを守っているといえばそうだが、その不思議な音について誰も明確な答えを持たないのだから、逃げようがない。いつもと違う音が聞こえたらきゃあきゃあ言って逃げ惑うだけだ。大人になればこの怪談の不思議な魅力が分かる。同級生が作ったのなら、少々天性のストーリーテラーの気質があったのかもしれない。それか何かで聞いたものの又聞きか。そんな事をうだうだと考える、初夏の出来事である。多忙な大人であればそんなことは考えないが、あいにくと自分には小学校時代の思い出を反芻するだけの時間があった。自己紹介を簡潔にするのなら、私は職なし、相手なし、金なしの三重苦だ。そのうちに安楽死させられるべく人間である。
安楽死とは私が暮らす政府が認めた合法的な自殺方法だ。社会は次第に、病に苦しむ人間を保護するのが面倒になったのか、重病人が自ら安楽死を選ぶことを美化してきた。感動的なドラマが作られ、次第に社会的弱者は安楽死した方が税金は安く使われて終わると言うのが、世論だ。子供を成していない人間は、何故生きているのだろうと言われた。相手がいるのならやむを得ない、だが養子を取るべきだと言う風潮である。おかげで貧困に落ち込んでもそれは自己責任であるという。なんだか息苦しくせまっ苦しい社会である。金の督促の電話ではない番号が、スマホのディスプレイに表示されたので私は通話する。高校の同級生だ。
「最近暑いな。で。考えてくれた? あの話」
ずけずけと物申す事がアイデンティティで、図々しさが服着てるかのような男である。内心嫌っていたがあまり嫌いになれない性格で、高校卒業してから20年ほど交流がある。とはいえ、ここ最近やけに連絡を取り合うようになった。何故なら彼は過激なオカルト雑誌の編集者で、私は安楽死を目前としたフリーターだからだ。オカルト雑誌は心霊現象やUFOなどの情報を載せるのだが、心霊スポットにも程度があるらしい。害がないレベルの物と、本当にまずいレベルの物だ。このオカルト雑誌は、死を目前とした人間を原稿料とやりがいで釣って、危険な心霊スポットに突撃させて動画や記事を書かせている。頭いいだろ?と笑っていた同級生の目の奥は死んでいるようだ。彼が発端ではないが、祟り殺されても記事になるし、祟られなければ安い原稿でほいほいと働く為に編集者のやる事は極端に労力が減っているらしい。
「なんで子供と老人が霊が見えるか、考えたことないか? 死が近いからさ。それか大人でも見えるのは特殊な奴か、純粋に脳のビョーキさ」
同級生がおごってくれた喫茶店は純喫茶という佇まいで、こんな下世話な話をするのには不向きのようだった。出されたコーヒーが大変に美味だった。
「それで考えたわけさ。安楽死が近いか、余命宣告されている人間に心霊スポット行かせたら独特な目線になるんじゃないか…ってな」
コーヒーを味わっている私に、同級生は名刺を出して続いてタブレットに不気味なトンネルの画像を映して見せて来た。
「このトンネル。やばいらしいんだよ…まあ地元じゃ誰も近付かねえらしいしな。全国区じゃないんだが、まあヤバイらしい。お前行かないか?」
親を早くに亡くし、孤立無援で洗濯も三日に一回の私を、鼻をつまんだり嫌そうな顔をしなかったのはこの同級生だけだった。他の人間は、私が歩いているだけで迷惑そうな顔をした。だから勝手に、この同級生には救われた気がしていたから、その話を受けた。コーヒー代だけでなく差し出された万札に、新しい服を携えて銭湯に行くことが出来た。だからそのトンネルに後日向かった時、寒気はしたものの、見たものを記事にしたらそれはそれは喜んでくれた。首がねじ曲がった赤いワンピースの女に、トンネルの壁に埋まっている人の顔。彼らに話しかけられた言葉をその場でメモしたことで、緊迫感は増したし面白い記事になった。その後その雑誌を買ってみたら、私の書いた記事は多少のアレンジは加えられているもののそのまま使われていて、私は満足した。その後何回も似た話が持ち掛けられて、何度も心霊スポットに足を運んでいるが、今回はなんだか気が引けて、私は返事が遅れていた。廃墟に行ってくれと言う。それも殺人のあった廃墟にだ。不法侵入じゃないかと言うが、取材許可は取るから強引な同級生はただ大丈夫だから、と繰り返すだけだ。そのせいか私はあまり気が進まず、今日もどうしたものかと迷っていた。
「なあ認知症ってのは、そんな進行してるのか? 俺を忘れたか?」
「忘れてないよ」
私は発語した。金づるを忘れるわけがない。その点は現金な自分の脳を自嘲する。私は病気だ。安楽死を進められている。天涯孤独と言うのは嘘である。認知症の人間は安楽死を自ら選ばない為か、この国の介護施設や老人用の施設には認知症がうようよと溢れている。その全てではないが、意思の疎通ができないこの人間を、安楽死させられないことで親族は周囲からプレッシャーを感じ、施設に入っている職員に彼らが乱暴しようものなら親の仇であるかのようにマスコミにリークされてしまう。加害者が暴力的な人間だと全国ネットに載る事は、あまりにも自然で素晴らしいことかもしれない。だが相手は認知症を患った、獣だ。誰もがそう考えている。獣に乱暴されてしまう職員はあまりにも気の毒である。その獣の意思と関係なく、安楽死を進められないかと一部の医療関係者と政治家は企んでいる。若年性認知症を患った私には、家族は冷たいものだった。
「廃墟っていっても、人の暮らしてたところは」
「いいんだよ。うちの取材ってことで許可は得られるし」
「でも実名で記事を書くわけだし」
「雑誌が出て訴えて来ても、お前が安楽死手前だってわかったら加減してくれるさ」
そうだ、スケープゴートなのだ。だが全員と縁を切られた私には、この同級生の他に話す人間がいない。適切な治療を受けようにも、儲からないので医者は診察はしてくれるものの、六か月に及ぶ診断のあとに主治医に早めの安楽死を勧められたのでそれ以降は行っていない。私は社会的弱者である。誰も手を差し伸べない。何故なら、この国には安楽死という無敵の切り札があるからだ。
「分かった。やるよ」
捨て鉢の気持ちである。これまで何度もその気持ちでトンネルや夜のダムに向かった。そこにで人ならざるものが救いを求めている怨嗟の声を聞いたことがあるが、私には彼らの断末魔が分かる気がした。もうすぐ私も死んでしまおうと思っていたところで、役に立つというこの同級生に縋りついている。いつ死ぬのかは決めていない。
「そうこなくちゃな。学校だ」
「学校?」
「大量殺人があった学校だ。その後気味悪がって誰も入校しなくて、潰れた」
この国はただでさえ先進国で少子高齢化が進んでいるのに、選り好みして安楽死を推奨したものだから子供の数もだいぶ減っていた。それでも新たに生まれた子供にはかなりの祝福と手厚い保護が掛けられるが、そのうちの何割かが社会的弱者になるため福祉の壁は厚い。精神病患者がいる血筋であれば、子供への手当てが支給されないのだ。そんなことをしていたら、かつて国の繁栄と共に建てられた学校が機能を成さないのは当然であろう。
「ヤガイ小学校っていうんだけど」
「飛び回る男の子の首」
「え? 知ってるのか?」
知っているもなにも、私の通っていた小学校である。中学の時に都心部に引っ越していたから、地方の小学校のニュースなど忘れてしまっていた。あるいは親が耳に入れさせなかったのかもしれない。
「知ってるならまあ早いや。この男の子がまだいるらしいんだよ。お前、聞いて来てくれよ」
「男の子より、殺人があった子供の方がいるかもしれないよ」
「それも記事になるさ。頼んだぜ。交通費は振り込んどくから」
それだけ言って同級生の会話は終わった。私は学校ならまだいいだろうと安心していた。一軒家に入るのは社会的通念上、気分がよろしくない。学校にとっても不審者かもしれないが、私はその学校に向かうことにしたのだった。
放課後に首は現れるのだから、日が落ち始める前に学校の校門をくぐった。警備員もいなかった。近所には住宅街があるが、何故か散歩をしたりする人気もおらず、そわそわとしながらまるで犯罪者になった気分で校門から急いで校庭を走る。夕日が校舎の向こうに落ちかけている。この学校の殺人事件とは、子供同士の殺傷事件だというが、タチが悪いのは高学年の子供が家庭科室で包丁を振り回し、同級生を深く刺した後に低学年の校舎にも飛び込んで何名も刺そうと追い回したらしい。子供の心中は察せられないが、被害者であった子供らしい影が、家庭科室に黒いものとして佇んでいる。
「何してるの?」
声を掛けられる。向こうは無邪気だが、現世から取り残された子供だ。尋ねられても答えないようにしている。そういった警鐘は、何故か認知症の私の頭にも残っていた。何故だろうか、この仕事は私の天職であったかのような気がしている。もともと物忘れなども無縁だった人間だったが、口座にお金が無い事に気付かなかったり、元友達との連絡をすっぽかしたりと何かとこの病は私から信用を奪っていったが、この仕事のことだけは何故か忘れなかった。どくどくと心臓が脈打つ。どうしてもこの感覚は忘れられない。圧倒的な死に触れているような感覚がある。目の前には今にも吸い込まれてしまうブラックホールのような死がある。その死に引きずられぬように踏ん張ると、何故か私は生きていたいと考えるようになっていた。今回は男の子の首だ。私は足にしがみつかれてしまうが、見ないようにして前へ前へと進み、職員室のある校舎に向かう。そこに、男の子の首はあるはずだ。夕暮れの差し込むしじまの中の校舎。水を打った静けさの中で、生きているのは私だけ。死者はこの暖かい血潮を求めているというより、ただ話し相手が欲しかっただけのように思える。それは彼らが、人間だったからだ。私にとっては、死してなおこの世に残る者の方が人間臭いと感じる事がある。対話が無くなった世界で、気が触れていく孤独は、今の私にはあまりにも近い存在だ。
鍵がかかっていて、校舎の中には入れない。鍵はもらわなかった。だから窓から中を覗き込む。ゆらゆらと宙に浮かぶ生首がそこにはいた。あの同級生の嘘じゃなかったんだ、伝わって来た怪談だったのだと私は感心した。あの同級生は今ごろ普通に生きているのだろうか。私のような弱者になっていないといいのだが。そんな哀愁が夕日に誘われて私の瞳から涙が零れてきた。生首が気付いたのかこちらに向かってくる。だんだんと近付く気配に、唐突に私は小学生の頃の新鮮な恐怖を思い出し、扉から飛びのいた。
ばん! 生首が防火扉に体当たりする。
ばん! 体当たりする。
ばん! その目が恨めしげにこちらを見ていた。
嘘じゃない、嘘じゃないんだ。その時私は小学生に戻っていて、震える足でそのまま校門へと引き返していた。他にも七不思議のような言い伝えがあった事を走りながら思い出しそうになったが、記憶の欠片はばらばらで一つも明確な輪郭にならなかった。二宮金次郎像、音楽室。なんだっけ。あとなんだっけ。体育館に聞こえる足音。あとは。大人の足では校門にあっという間に辿り着いて、私は鍵を閉めると安全圏に戻った気がしてその場でへたり込んだ。ここならば誰もいない。私は涙を流していた。あの時の恐怖がやさしく伝播して、私は一瞬だが小学生に戻った。七不思議を思い出し、遠足で行った場所を思い出し、校庭での遊びを思い出した。認知症になってから失われていった過去の記憶は、天を昇っていたのに恐怖によって現世に引き戻されたかのようだ。それがたまらなく嬉しくて、悲しかった。私は確かにここで生きていたんだ。それを思い出せたことに、声を押し殺してひたすら泣いた。
「首が体当たりしたまでは良かった。まあ、声が聞こえたって設定にしとくわ」
同級生からの電話で原稿に手が加えられたことを知る。あれからまだ私は、小学生の記憶を大事に持っている。天使は再び下りてきて私の記憶を奪い去る事はしなかった。もしかしたら私は、死に近い事で天使からも見放されてしまったのかもしれない。だけどこの仕事でもし再び記憶のかけらが取り戻せるのなら、私はまた赴くだろう。私という人間が、輪郭を保ち続けるまで。