「ご機嫌よう、ドブネズミ」
 背後からその声を聞いた時、俺は走馬灯が見えた気がした。いや、実際に見えていたのかもしれない。決して覇気のある声ではないのだが、人を殺すことに慣れている声だった。
 急に肌寒さを感じる。本能がコイツから逃げろと警告している。背後の男は何も言わず、落ちるところまで落ちた俺を見下していた。背中に冷や汗が伝った。俺は泣いているのかも笑っているのかも、分からなかった。
「こ、これが神の思し召しならば、」
 震える声で言いかけたところで、ハッと鼻で笑ったのはどちらであったのだろう。完膚なきまで叩き潰された俺には、それすらも神の賛美と錯覚した。
 何が悪かったのか。他を出し抜こうとした俺の闘争心か。もしくは俺が生まれたこと自体間違いだったのかもしれない。反旗を翻すのに勝率は三割で十分だ、なんて言いのけた頃の自分を誰か殴ってくれよ。何が三割だ、微塵も可能性はなかったじゃないか。
「それで? 最後に何か弁解でも聞きましょうか?」
 言いたいことは、沢山あった。でも、俺に発言の資格は無いに等しかった。この女は俺の返事を望んでいないことがひしひしと伝わった。言えば蹴られ、言わねば後ろの男に殴られる。威圧感に吐き気がする。
「どうして、俺を殺してくれないんだ……もう何も、何も価値を持ち合わせちゃいない男に、最後の慈悲をおくれよ、お嬢さん」
 その女は、俺を蹴るような真似はしなかった。ただ本質をじっと見定めるような視線があった。
「私はお金の味方ですの」
「んで、今日の晩飯当番はAlchymistkaだって覚えてる?」
 ハッと白い息を吐いて男は前を行く女の名を呼んだ。女は振り返ることもなく、こう言った。
「私たちには明日がありますのよ。そんな細かいことは気にしないでくださいまし」
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