脳にとっての主な栄養源はブドウ糖、それから少しのタンパク質とビタミン類が欠かせない。常に思考を回しているベリタスにとって、それらは最重要の栄養素となる。つまり、少しだって妥協ができないのだ。
「ゆえに毎度毎度僕にねだるのではなく、君も自分で頼めばいいだろう」
店員によって目の前に置かれたコーヒーをアベンチュリンの前に差し出し、同様に彼の前に置かれたショートケーキをこちらに返してもらう。
「僕も毎回答えているけど、1ピースも食べ切れる自信がないんだってば」
ベリタスは不満によって歪められる眉を隠さずため息をつく。正面の席でへらへらしているアベンチュリンは、それを見てもなお楽しそうに笑い続けていた。
大学の近くにあるとあるカフェテリアの一角、おやつどきの店内は賑わっている。――つまり、それだけ客の出入りが激しいわけだ。出入り口近くの席に案内されたせいか、席の横を通る客の何人かが素顔のベリタスを見てぎょっとし、正面に座る美しい顔の男を見てまた顔を赤くしていくのを今日だけで何度も見た。それのなにが面白いのか、アベンチュリンが気まぐれに手を振って笑みを添えるものだから、よその席からちらちらと視線が飛んできている。正直うっとうしい。
「だから教授。それ、ひとくちちょーだい?」
ベリタスの手元にあるケーキを指差しながら、こてん、と小さく首をかしげる仕草は、悔しいがさまになっている。
ため息をつき、一口分のケーキを切り分けフォークに乗せてから「ほら」と差し出せば、アベンチュリンは素直にぱくっと口を開く。むぐむぐと嬉しそうに、ゆっくり咀嚼しているのを見てから、自分も同じようにケーキを食べた。いちごの酸味とクリームの優しい甘さが口内に満ちる。素朴で優しい、いつでも食べられる美味しさだ。
カランと来店を告げるベルが鳴る。それと同時に「あ、」と声が飛んできた。何事かとそちらに目をむける。大学で講義を受け持っている女生徒のひとりが、アベンチュリンを見て丸くしていた。
……なんとなく面白くない。のをごまかすようにケーキの二口目。先ほどよりいちごの酸味を強く感じる。
女生徒はやはりというべきか、店員の案内を断るってまっすぐにアベンチュリンのもとにやってきた。
「先日は本当にありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げた彼女を見たアベンチュリンは、一瞬不思議そうに瞬きをした。が、すぐに合点がいったのか「ああ、」とこぼして笑い直した。
「あのあと、大丈夫だった?」
「はい、おかげさまで! ちゃんと間に合いました。それで、お礼と言うにはささやかなんですが……」
そう言って彼女は、カバンから飾り瓶に詰まったキャンディを取りだし、アベンチュリンに差し出した。彼の口元が一瞬、本当に一瞬だけひく、とひきつるのが見えた。それからなぜかベリタスにちらと視線をよこし「あー……」と意味のなさない声をあげる。
「せっかく用意してくれただろうに申し訳ないんだけど、甘いものは苦手なんだ」
「あ、……」飾り瓶をぎゅっと握って「すみません。気が回らなくて」
「気持ちだけ受け取っておくね。きれいなものを選んでくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。本当にありがとうございました」
彼女はきたときと同じようにしっかりと頭を下げてからキャンディをカバンにしまい直して、友人らが待っていたらしい奥の席にむかい早足で離れていった。
――……さて。
「はじめて聞いたが」
「……なにが?」
「君は、嫌いなものを好き好んで口にするほどの悪食だったか?」
はは、と乾いた笑いだけが返ってくる。弁解があるかとしばらく待つが、コーヒーカップを手にとったアベンチュリンは、これ以上の言葉を重ねるつもりがないらしい。
じっとり。不満を多分に含ませたベリタスの重たい視線に耐えかねたのか「だから、1ピース食べきる自信がないんだって」と降参のポーズをされた。
「なぜ?」
「なにがだい」
「なぜ、毎度ねだるんだ」
たとえば今日のように喫茶店で相席をしたとき。研究室で差し入れとしていただいた焼き菓子をあけたとき――。ベリタスがなにかしらの甘味を口にしようとすると、アベンチュリンは決まって一口をねだってきた。今までは彼自身が甘いものを好いているからだと思っていた。だからこそ、好きなものならばと乞われるまま分けていたというのに。彼はたった今目の前でキャンディを断り、ベリタスの言及も否定をしなかった。行動と嗜好が噛み合っていない。不可解極まる。
「あー、」ほんのり赤くなった頬とともに視線が逃げて、戻ってくる。「君は、デザート類が好きだろ?」
「それがなにか」
「好きなものは好きな人と分け合うと、2倍美味しくなるんだってさ」
「、は?」
「好きなものがもっと美味しくなるなら、君もうれしいかなと思って、――教授? 聞いてる?」
即座に石膏像を被って、耳と目をふさぐ。染みこんだ声がケーキよりもずっと甘く頭を揺らし、正確に汲み取ってしまった言葉の意味が何度もリフレインして離れない。
ベリタスは無言で一口分のケーキを切り分けて、そっとアベンチュリンに差し出した。
アベンチュリンはアベンチュリンで、フォークと石膏像とを数度見比べてから、ぱくり、と遠慮なくそれを頂戴し。ゆっくりじっくり咀嚼してから、うん、と小さく笑う。
「やっぱり、一緒に食べると美味しいね」
「……残りも食べるか」
「だから1ピースは無理だって言ってるでしょ」