「好きな人のことを知りたくなるのは、当然じゃないか?」
 孔雀のような男――アベンチュリンはからからと笑いながら、ベリタスの問いに答え、そうしてまた、並べられた書籍を手に取った。対するベリタスは彼の答えに納得がいかず閉口するばかりである。
 きっかけは、――そう。二週間ほど前だった。
 ベリタスがいつものように大学での講義を終えて自身の研究室に戻ると、我が物顔でソファに座ってくつろいでいた男がいた。ゴテゴテとした飾りが多いスーツもどきと、手首や指で輝くアクセサリー。シャラリと音が聞こえそうなピアスを揺らしながら「やあ教授!」と笑う顔は薄っぺらく胡散臭い。――スターピースカンパニーの高級幹部、アベンチュリンである。数奇な縁でもあるのか彼とはなんだかんだと付き合いが長く、こうして勝手に研究室に現れるのもある意味で慣れたものだった。
「一体なんの用だギャンブラー。カンパニーから連絡はなかったはずだが」
「ああそうだろうね、僕の個人的な用事できたから。今いいかい?」
「だめだと言ったら?」
「そうだなあ」アベンチュリンは腕時計を確かめてから「あと7……いや、6システム時間くらいならここで待てるよ」
「……はあ。手短に頼む」
 苦々しげに顔がゆがむ。幸いにして石膏像を被っていたのでアベンチュリンには見られなかったが、もし見ていたとしたら盛大に笑われていたことだろう。
「教材を見繕ってほしいんだ。できれば、やさしいものだとありがたいんだけど、どうかな?」
「分野は」
「生物学、医学、自然神学、哲学、数学、物理学、工学――あたりからどれかひとつ」
 なるほど。すべて専門分野だ。知を広めんとするベリタスに頼むのは、にかなっていると言えよう。同時に、アベンチュリンもからかい目的というわけではないらしいことが彼の表情からうかがえた。
「教材を欲している者の仔細を聞きたい」
「まともに勉学を修めたことがない子だよ。年齢は、……ここの学生たちとそう変わらないんじゃないかな。興味が湧いたけど、どこから手を付ければいいか分からなくて困っているみたいだ。できるかどうかはともかくとして、一度触れてみたいらしい。あ、文字は読めるから安心してくれ」
 うなずき、壁際に並ぶ本棚から書籍をいくつか見繕う。
 アベンチュリンから聞いたパーソナルデータから考えるに、興味の維持がしやすいのは数学だろうか。日常生活でも応用が効きやすく、問題を解いた際の達成感が分かりやすい。話を聞く限り初等教育を受けているかどうかも怪しいようだが、複数の分野に一度に興味をもつところから飽き性、あるいはまだ本当に知りたいことに気づいていない可能性もある。となると――。
 本棚から数冊抜き出す。書籍と呼ぶにはいささか薄く、冊子と呼ぶには分厚いそれを、タイトルが見やすいようにアベンチュリンの前に並べていく。
 先ほど考えていたことをそのまま彼に伝えながら「ゆえにはじめは、初等教育で受けるようなものから確認を兼ねるのがよいだろう」と締めくくった。
「『はじめてのさんすう』、『みじかな生き物ずかん』、『びっくり! でんきのフシギ』……。……一応聞くんだけど、これ、相手の年齢も鑑みて選んだんだよね?」
「無論だ。知識というのは積み重ねからなるものだからな。土台があるかどうか分からない相手に、いきなり医学や哲学など教えられるわけがない。何事にも順序というものがある」
 渋い顔をしていたアベンチュリンだったが、ベリタスの説明を聞いて一応の納得をしたのだろう。「そういうことなら」と『はじめてのさんすう』を手にとってぱらぱらとめくり始める。
「これ、借りてもいいかい? そうだな。……一週間後に返しにくるよ」
「そう急がなくていい。せっかくの関心が焦りでついえるなど、愚かしいことがあってはならないからな」
「あ、そう。じゃあ遠慮なく。読み終えた頃に返しにくるとしよう」
 そうして三冊の教材を抱えたアベンチュリンは、代わりにいくばくかの信用ポイントを机上において「またね」と手を振りカンパニーへと帰っていった。
 教育を全く受けていないという話だったから、読み終えるだけでも最低一週間はかかるだろうと目算していた。
 しかし予想外にも、アベンチュリンは二日後の同じ時間に、すべての書籍を持って研究室に現れたのである。そのうえで「算数はもっと難しくても平気そうだ」「生き物図鑑を見て実際に観察してきたそうだよ」「工学ってもしかして、算数の応用かい?」と書籍の内容を確認したのであろう発言を添えて、次の教材を求めてきたのである。そうして求められるがままに次の教材を渡し、信用ポイントを置いていかれ、二日後にはアベンチュリンを通して次を要求され、また教材を渡す――。
 それを繰り返し、今日こんにちに至ったわけである。
 流石に数回繰り返せば、教材を求めているのはアベンチュリン本人であろうことに察しはついていた。カンパニーの高級幹部を使い走りにしてベリタスに教材を無心するような、肝の太い一般職員がいるとは思えなかったから。
 けれど、その意図が分からなかった。わざわざ教材を求めている人物をぼかして伝え、わざわざベリタスに選ばせたうえですべての書籍を読み、二日後に大学にやってきて次を要求する、その意図が。
 だから今回ベリタスは書籍を渡すときに「君はなにを考えている?」と問うた。
「なにって、……なにが? 聞きたいことがわからないよ教授」
「君自身が学びたかったのなら、はじめからそう言えばいい。それを知っていれば少なくとも、商人の君に対し『はじめてのさんすう』を渡すことはしなかった。今度は、一体なにを賭けた? ギャンブラー」
 サングラスと石膏像越しに視線が交わる。少なくともベリタスは彼の目をじっと見つめ、些細な変化も見逃すまいとした。
 アベンチュリンの口元がゆるく弧を描く。
「好きな人のことを知りたくなるのは、当然じゃないか?」
 ――そうして始めに戻るわけだ。
 からからと笑いながらアベンチュリンは『医学基礎』を手にとって、いつものようにぱらぱらと中身を確認し始める。差し込まれている内臓の図解に一瞬顔をしかめて本を閉じたが、以降は変わらずにこにことしていた。
 好きな人。その一言のせいで、脳が理解を拒否するようだ。アベンチュリンが好きな人を知りたがっている。だからベリタスの専門分野の教材を選ばせ、読んで、次を求めていた。――やはり理解が追いつかない。
「君にも言ったように、あいにく僕には学がない。教授が好きなこと……研究内容について問うたとしても、きっと君にはただのバカアホマヌケが冷やかしているとしか思われないだろう。たとえ説明してもらえたとしても、理解できるとは思えなかった。
 だから考えを改めたんだ。じゃあいっそ、はじめから教えてもらうつもりでいれば、ひとまずは教授の生徒になれるんじゃないか。生徒になれればある程度は質問しても許されるんじゃないか、ってね」
 孔雀のようにやかましい男は、ぺらぺらと話し続ける。ベリタスから目をそらさず、眼力で石膏像に穴でもあけようとしているかと思うほどに、まっすぐに見つめながら話し続ける。
「なにを賭けたかって? そりゃあもちろん、君の関心を惹けるかどうかさ。どうする? 教授も賭けるかい。僕は“惹ける”ほうに賭けているところだ」
「…………、……それじゃあ、賭けが成立しない」
 数瞬のがあいて。アベンチュリンがどっと大笑いをした。
 関心を惹くだけなら、彼はすでに成功しているのだ。どんな教材を渡そうか、確認テストはどうしようか、どういう要求をされるだろうか――。教材を選ぶようになってからはずっとそんなことばかりを考えている。
「じゃあ次だ! 次は、僕の“好き”が教授に正しく伝わるかどうかを賭けようじゃないか!」
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アベンシオ 出会い・変化 ワンドロ
初公開日: 2024年04月19日
最終更新日: 2024年04月13日
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