今日も会議は踊る踊る。どこかの国が徹夜して作り上げたであろう資料も、残念なことに意味を成していない。残念なことに、いくつかの国は途中離席して煙草を吸いに行く始末。このまま大国同士の罵り合いを延々垂れ流していても生産性がないと気付いたドイツが休憩の号令をかけた。我先に、と飛び出した国たちはすでに建物の外で美味しいお店を探していた。
「チェコちゃん!久しぶりネ!」
 陰鬱な会議の空気に似合わず、元気な声をかけてきたのはつい先日姉妹協定を結んだばかりの台湾さんであった。いつもの淡い色のチャイニーズドレスではなく、上下紺色でバッチリ決めたパンツスーツ姿だった。髪も高めの位置でポニーテールにしており、普段の優しげな雰囲気とは裏腹に、今日の台湾さんは格好良い。それでもまあ、それでも飼い主に懐いている子犬のように見えてしまうのだけれど。
「お久しゅうございますわ。今日は中国さんの代理でいらっしゃったの?」
「代理なのはマカオネ!私はその付き添いヨ」
 ああ、確かポルトガルさんに捕まってそのまま退場した。あの方がマカオさんか、と妙に納得した。ダウナーなポルトガルさんの空気によく似合う、妖艶な人だった。
「チェコちゃんがもし暇ならお昼一緒に行きたいところがあるネ!」
「ええ、今日は丁度暇してましたの。是非」
 嬉しそうな顔をして、器用にスマホを操作している。頭のぶつかりそうな距離で画面を覗き込むと、何やらお洒落なカフェの公式SNSを開いていた。そのお店はいつか台湾さんと行きたいと思っていたところだった。台湾さんの可愛らしい雰囲気によく似合う、本屋の併設されたカフェ。台湾さんも本を読むと仰っていたのを思い出す。
「このカフェ、美味しいって評判ですものね」
「知ってたネ!?じゃあ無問題ヨ!」
 別に街中にあるカフェに行くのに何が問題あるのだろう。ずいずい手を引かれながら、頭を傾げた。
 平日の昼間にも関わらず、大盛況だった。辺りを見渡せば若いカップルばかり。みんな美味しそうなケーキを写真に収めている。とても本を読むような空気ではなかったが、この仕様は期間限定らしい。店内は可愛らしく装飾がなされており、ターゲット層の感覚と近い台湾さんがこの店を勧めてくるのも頷けた。
 次の方どうぞ、と声がかかり台湾さんの方から手を繋がれた。その姿を見た店員さんが、大量のハートマークで彩られた席へ案内した。
「カップルでのご来店ですか?」
「見ての通りだヨ!ね?」
 何を言い出すのかと思えば、私と台湾さんはカップルという設定らしい。店の至る所に『カップル割』『カップル限定メニュー』などの表記があったため、それを簡単に受け入れることができた。なんだか悪いことをしている気分だが、それの相手が台湾さんなら、まあ。
「ねえ暁梅さん、私はこれがいいですわ」
 台湾さんが人間に紛れる時に使っていると以前話していた偽名で呼ぶと、台湾さんはなんとも形容し難い驚いたような表情をした。発音が違ったのだろうか、もう一度呼んでみると、今度は笑った。
「じゃあ、これにするネ!飲み物はマンゴーと、チョコ?うん、じゃあそれで!」
 かしこまりました、と店員さんが下がり、騒がしい店内で再び二人だけになった。もう随分前に『苦いものが好き』と言ったのを覚えていてくれたのだろうか、チョコレートとバナナのスムージーは確かにこのメニューの中では一番苦そうだった。正直、台湾さんが勧めてくれるものにハズレはないので何でも良かったのだけれど、ほんのちょっとの心遣いに嬉しくなった。
「暁梅!覚えててくれてたネ!びっくりしたヨ!」
「まあ、普通人名だなんて他の国には教えませんから。それに」
 好きな女性と話した内容ならなんでも覚えてますわ、とは言えずに言葉を飲んだ。そんな私の様子なんて気にも止めず、楽しそうに他の席を眺めていた。
 この一方的で苦しいだけの片思いは、実ることはない。告げるつもりがないからだ。それなのに大きくなっていくばかりで、心ってなんて身勝手で不器用なのだろう。この店を覆い尽くす『カップル』という文字に勝手に浮かれてしまわないように、台湾さんだけを見つめた。
「……そんなに見られたら恥ずかしいネ」
「失礼いたしました。楽しそうにしていらっしゃったので、つい」
 見るな、とは言わないあたりが台湾さんらしい。その愛らしさにまた口元が緩んで、慌てて表情を戻した。可愛らしさの中に艶やかな魅力を隠し持っているのが、何とも憎らしい。惚れてしまったらもう、勝ち目がないじゃないか。
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