本人が出す前にひょいっしました
【甲斐田】
 今日は、久方ぶりに桜魔へ戻った。現世に持ち込んでいた研究材料や資料の片付け、そして新たな研究の資料を現世に持ち帰るためだ。屋敷に入るとなぜか玄関にはよく見覚えのある真っ白な封筒が置いてあり、年中咲いている桜の花びらが添えられさながら受取人を待っているよう。僕の元に来る手紙はそう多くないし、ましてや桜魔の方で送られて来るものなんて一年を通しても片手で数えられるほどだ。……それくらい、重要な何かであることは明白だった。
 この封筒はいつも通り国の上長、しかもこの国にしては珍しい女性から送られているものらしく、毎度用紙の縁に花弁を模した印刷があるのがとても現世を思わせる。桜魔では真っ白い封筒に真っ白な便箋で手紙を出すことが多い。それ故現世のように紙に模様を描いたりして見た目を飾ったものは少なく、上長であるからこその特注品なんだろうな、なんて考えたのも記憶に新しい。
「……は?」
 ……言葉を失った。内容を読まずには返事を出来ない、そう思い一文目に目を這わせた瞬間頭が真っ白になり脳が処理落ちを起こした。視界からの内容の享受を拒否し始めた体は瞼を無理やり閉じさせ、一瞬のうちに脳をショートさせるにまで追い込んだ文言を、たった六文字の漢字の羅列を反芻させる。信じたくないと鼓動を早めるナニカに蓋をして、もう一度、目を開き文字を追う。
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 端的な文章量に反して受け入れ難い内容の文書。恐らくは直接伝えるべき内容であろう事実と、理由説明のないことへの困惑でまたも思考が止まる。何で急に、しかも、ちょうどユニットでのライブが近付いているこのタイミングで。
「……半年以内、現世からの撤退、」
 脳内で内容を噛み砕き、要約文を作る。頭の中で文言をくるりと一周させやらなければいけないことを思い浮かべてみた。まずは自分の住居を半年後に退去するための準備を。そして現世での知り合い、仲間への別れの言葉を……
 ……別れ、を、伝えなくては、。
 内容は理解した。やるべきことも、頭の隅へ追いやり拒みはしているが、理解、した。とはいえ心の準備なんて出来ているわけもないし、すぐに伝えられるわけもなく、「半年ある」という事実に少し安堵しながら現世へのゲートを潜る。大丈夫だ、すぐにとは言われていない。同期のふたりは多分同じことを言われているはずだから、一人では、ない。
 少なくともマネージャーには真っ先に伝えなければ、と思い現世についてすぐスマホを開く。しかし、明日のろふまお塾の収録についての会話が目に入り、早めに伝えなければ、という焦りで背筋が冷える。こんな気持ちの状態では配信なんか出来ない。いつ話してしまうか分からないし、ゲームをしても頭の隅にちらついてしまう気がする。そう思いマネージャーへの連絡と配信を休む旨のポストをして無理やり睡眠に身を委ねた。
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 翌日。今日も朝から収録があり、楽屋ではいつものような空気感で、いつものような会話がされている。ただ、僕だけは昨日の手紙が頭から離れず会話にうまく入れないでいた。体調不良を心配をされてしまったが、それに返答した僕がどんな顔をしていたかはわからないし、その上スタッフさんにも心配そうな顔をされてしまった。もしかしたらマネージャーからろふまおスタッフには話が行っているのかもしれないが、どんな感情なのかは僕にはわからない。ただ、演技王とは名ばかりだな、なんて少し上の空で考えていた。
 二、三回と収録を重ね、マネージャーとも「メンバーにこの話をしなければならない」と話をし覚悟を決めて挑んだ収録。楽屋に四人が集まった段階での空気はなぜか重く、前回のやらかしを思い返す。何もなかった、とは言い切れないのだが次の収録にまで引きずる内容はない。そうだとしたら前回指摘されているはず。そう考える頭の傍らで今日こそは誰かにこの話をしよう、だけど全員に話をするのは少し、ほんの少し重い。そう思い誰に話すかと思考を逡巡させる。そんな思いとは裏腹に時間は待つことを知らず、この暗闇が晴れることなく収録へ。しかし楽屋での重い空気は収録が始まった途端消え失せ、いつも通り進むから拍子抜けしてしまう。二年以上共に活動をしているから、「いつも通り」が染み付いているのかもしれない。そんな考えでわかりもしていない重い空気の原因から目を逸らした。
 収録が全て終わり、楽屋に戻ると今日何度目かもわからない気まずい雰囲気が漂い始める。もちろん収録での疲れによるものがないとは言い切れないが、朝にも増して悪い雰囲気に息が詰まりそうになる。この後はそのまま帰るだけ。その思考を隅に追いやり、珍しく一番初めにドアノブに手をかけた彼へと声をかける。
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【加賀見】
「社長、ちょっとお時間いいですか…?」
 ろふまお塾の収録終わり、私にしてはは珍しく真っ先に帰る支度をしていた。なぜなら最近は本業である玩具会社の事業拡大により忙しく配信頻度の低下を感じていた為、今日こそは短くても配信の時間を取りたかったからだ。もちろん、収録が終わったタイミングからはすぐに帰るも雑談するのも個人の自由であるし、それぞれ忙しい時は真っ先に帰ることなんてザラではない。私が珍しいだけで。
 そんな中呼びかけられた声。雑談ではないタイミングに声をかけてくることの少ない彼──甲斐田さんが、少し思い詰めたような表情でこちらを見ていた。他のふたりには聞こえていないのか、はたまたほかのことに集中していてそれどころでは無いのかは分からないが反応がない。この部屋には私と彼しかいないのではないかという錯覚じみた感覚に囚われる。配信と目の前の後輩の悩み、天秤にかけるまでもないそれらの優先度から、ぽつりと一言。
「……ここではなんですし、私の家でお話を伺っても?」
 軽く頷いたのを見届け、一足先に部屋を後にする。準備を終えた彼が部屋を出てきても、家までの道中を歩いても、人通りが少なくなっても、何も会話をすることは無かった。私も、会話を始めてしまえば内情を吐露してしまいそうだったから、むしろ良かったのかもしれない。多少の気まずさを抱えてはいるものの二年以上共に過ごした時間は伊達では無く、むしろ何も言及してこないことへの安心感を感じていた。
 家に招き入れ、飲み物を出して「一度着替えるから」と断って彼の元を離れる。着替えを済ませると共に配信を休む旨のポストを送信するも、配信頻度の低さに気付いたリスナーからの心配の声が見えてしまい、どうするべきかと頭を悩ませる。もちろんこれは自分だけでどうにかできるものでも無いし、本業が落ち着けば……なんて不確定な未来を描き始めた頭を振ってこの思考を振り払う。
 リビングへ戻ると飲み干されたコップが。当人はスタジオを出た時よりも幾分か覚悟が決まったように見える。何の話かわからないのが唯一の不安点ではあるが、彼の覚悟が決まっているなら、と私も覚悟を決める。
「回りくどく言うのもあれなので、単刀直入に話しますね。」
「はい。」
「桜魔の方から、永久帰還命令が出ました。」
「……というと?」
「簡単に言うと、桜魔に帰ってこい、と言う話ですね。」
 甲斐田さんの話によると、桜魔側での研究の行き詰まり、魔の凶暴化など、彼が現世にいる間に深刻化した問題を対処しきれなくなったらしい、とのこと。その為、現世へ渡っていて桜魔でも優秀な研究者である彼が半年後には国に戻らなければならないらしい。しかも、桜魔の問題が解決してもこちらに戻ってくることはないらしく、ライバー活動は停止ではなく卒業の形を取る為ろふまおからも引退をする、という話だった。ただ、三人同時に伝えるのは彼の中で荷が重く、まず、誰か一人に話すことで自分の中でも心の整理をつけたかったらしい。
「……甲斐田さん、まだ少し時間はありますか?」
「はい、ありますけど……」
「──実は、私も、辞めねばならなくって。」
「……えっ、と、それは僕が辞めるからろふまおを続けられない、という意味ではなく?」
「えぇ、違いますとも。」
 そう。上記の通り私もライバー活動を辞めねばならなくなったのだ。理由は本業の事業拡大。玩具会社であるが故クリスマスや正月のような定期的にあるイベントごとに忙しくなったりはしたが、今回の場合一大事業、しかも長期的に行われるプロジェクトであるとして代表取締役である私は全面的に関わらなくてはならないのだ。ここ最近の配信頻度の低さや収録後の素早い退出はこれが理由である。もちろん、一人で行なっているわけではない為私だけが忙しい、なんてことはないのだが、会社の代表としてなるべく隅から隅まで内容を把握しておきたい。社長としてまだまだ若く未熟な私のところには、これを機に隙をついた質問や不満などが投げかけられるのは明白だ。まともな返答ができず何が代表だ、なんて言われてしまっては困る。そちらに集中するとなるとライバー活動が疎かになるのは確かで、かといってこの事業が軌道に乗ったとしてライバー活動を復帰できる状況にあるかはまだ不透明な部分が多い。そんな中いつ戻ってくるかもわからないような人を待たせていいものか。自分が未熟であるが故に年内に戻れる可能性はかなり低く、戻れてもその後の対応があるため今のように頻度の低い、もしくは内容の薄いものになってしまう。いわば二択を迫られていたわけだ。この状態でどちらを選ぶかなんて明白で、どれだけ待っている人がいようと先代から受け継ぎ繁華させてきた会社を私が手放すわけにはいかない。だからこそ、少なくとも会社が安定し周りに示しが着くまでは、一度ライバーとしての活動を畳むだけだ。
 ただ、私たち二人がにじさんじを、ろふまおを卒業するとなると残された二人では続けることができない。……いや、できないこともないが人数が半分になっている以上、このタイミングで円満解散の形を取るのが吉、であろう。そう考え、次の収録の撮影終わり、二人にこの現状を伝えよう。そう話し合って解散した。
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【不破】
「近々、新店舗の立ち上げがあるんだ」
「そこで折り合って不破くんに頼みたいことがあってね。」
「その新店舗の、立ち上げメンバーになってくれないか?」
 数日前に届いた知らせ。話を聞いてみるとそう遠くない位置に店を構えるらしく、そっちにナンバーワンを送っても大丈夫なのかという気持ちはあるものの声をかけてきたからには何かしら意図があるのだろう、そう思って特に深く考えはしていなかったのだが。
 創立メンバーとして新店舗の最古として店長を支えてほしい、とのこと。メンバーを見る限り俺に話が回ってくることは何ら問題ない。だが、立ち上げまでの期間、立ち上げてすぐの時期は営業時間だけでなく昼も経営関連の話し合いで呼ばれるらしく、今以上にライバー活動の時間を割くことになってしまう。一度話を保留にし、何も知らない目線や経営者としての目線からの意見を聞くべく収録の日を待った。
 この日は平日故学校のあるもちさんに合わせて午後からの撮影だった。楽屋に着いた時には社長も甲斐田もいて、もちさんが最後なんて珍しいっすね、なんて話をし、現店舗の姫や立ち上げメンバーのチャットを返信しながら待つ。二人に話して後からもちさんにも話すより収録終わってもう帰るだけ、のタイミングの方が話は早いしな。
 その後遅れてもちさんもやってきて、収録も難なく進み、各自帰宅準備を始める。
「なぁ、」
「あの、」
 三人に声をかけようとすると重なる声。社長もちょうど何かを言おうとしてたらしく、先を譲る。いつのまにか社長の隣に立っていた甲斐田も真剣な顔をして、「何や二人とも改まって。」と声をかけると、
「──実は、私と甲斐田さんからろふまおの今後についてお話しさせていただきたくて。」
「ろふまおの今後?」
「とても急にはなってしまうのですが、私は本業の事業拡大、」
「僕は桜魔の方から永久帰還命令が出ていて、国に戻らなきゃいけなくなってしまって。」
「……え、」
 もちさんが「それってつまり、」と先の言葉を濁した。『解散』なんて言葉は聞きたくないやろし、三年近くやってきてまだまだこれからだと言うタイミングでこんな悲報があるなんて誰も思わんからな。『休止』だとすればスタッフも交えての話になることは確かやろし、二人の話ぶりからして曲がることのない事実なのだろう。なら──
「あー、あんなぁ、実は俺もちょっと声掛けられててん。」
「ふわっちまで、」
「あ、いや俺はまだ決めたわけじゃないっすよ?」
「ちなみにそれって聞いてもよろしい内容だったりします……?」
 ほんとは三人に相談しようと思ってたんすけど。そう言いながら新店舗の立ち上げメンバーとして声をかけられたことと、本業拡充の話をする。一番問題視していたのはライバー活動に割ける時間の減少だ。ただ、社長と同じで軌道乗るまでは忙しいらしいんすよねー、なんて言いながら反応を伺う。
「新店舗経営となると勝手がわかる人がいた方がいいのは事実ですし……」
「必要とされているのならそっちに行った方が、とは思うんですけどアニキがどう思うかってのが一番大事ですよ」
「正直なところ、宙ぶらりんなんよ、今の俺の気持ち。……もちさんは、どう思う?」
「……僕はふわっちの意思で決めたことを、応援するよ。」
 僕らが会えるのはこれが最後じゃないし。そう言いながら横で密かに顔を歪めている大先輩で最年少な彼を見る。先輩だから、と言う感情からなのかは俺にはわからないが、その表情は今までのどんな企画よりも苦しげに見えた。
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【剣持】
「……僕はふわっちの意思で決めたことを、応援するよ。」
 この気持ちに、言葉に嘘偽りはない。本人の進みたい道を突き進んでほしいと思っているし、その道を拒みたくはないから。ただ、この先も続いていくと勝手に思っていた日常の終わりが見えてしまったことが、ひどく胸に突き刺さった。始め有るものは必ず終わり有りなんて、昔の人はよく言ってくれたものだ。
 未来に向かって歩いていく仲間は僕より広い歩幅で進み、先輩として背を見せていたはずの僕はいつしか彼らの背を追うようになっていた。……いや、この場から進めず、ただ一人立ち止まっていただけなのかもしれない。『カッコイイ大人を目指す』を銘打ったグループでただ一人、大人になることができずその場で足踏みをしていただけなのではないだろうか。終わりの見えない道を歩いているのではなく、自ら進むことを拒んでいるのではないだろうか。
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 次の撮影日。集合時間に、剣持が現れることはなかった。
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