水木少年には特技がある。
それを「特技」というややプラスな表現をするべきかどうか本人も悩むところではあるが、それ以外の言い様を少年が思いつかないので「特技」としておこう。
それはどうやら、彼はこの世の者ならざる者達を惹きつけるらしいのである。幼いころから両親が目を離すと虚空を見つめてきゃっきゃとはしゃいでいたし、人と人ならざる者の分別が付くようになったころからは他人が怖がらない程度に人ならざる者達にお辞儀をしたり、アイコンタクトを取ったりしていた。
しかし、少年はただ、それらの者達が「視える」だけなのである。触れることも自分に害のあるなしを判断することも、ましてや彼らと話すことも出来ない。だからずっと彼はそういう者達に、異様に好かれて取り憑かれようとも、興味を失われて離れて行かれようとも、何かを訴えるように口をパクパクされようとも、何もすることが出来なかったのである。
それが変化したのは、例の「片目親子」が現れてからであった。
最初にそうしたのは、子供の方、鬼太郎である。小学校の帰り道。なんとはなしに鬼太郎と帰路についた水木少年の足下を、鬼太郎がじっと見つめていたのである。靴に履き替えるのを忘れたか何かしただろうか? と水木少年が足下を見ると、小さな子供のような物が水木の足下にへばりついていた。
考えてみれば帰り支度の用意をしているころからなんとなく足が重かったのである。帰っても誰もいない家に帰るのに滅入っているのかと思っていたがそうではないらしい。
もう一度鬼太郎を見る。どう見ても、水木の足下の半透明の子供を見ている。まだあまり鬼太郎に心を許していなかったその当時の水木少年はどう声をかけるべきか考えあぐねていた。
「鬼太郎、くん? どうかした?」
半透明の子供と鬼太郎を交互に見ながら水木は恐る恐る声をかける。その片目がきょろりと水木をまっすぐに射貫き、それから「水木くんも視えるんですね」と呟いた。
その時の衝撃を水木少年は忘れられない。今まで水木の視ている世界を共有できた他人がいなかったから。視えないふりをしない他人を見たことが無かったから。
「鬼太郎、も、視えるの・・・・・・か?」
「まぁ、はい」
人と人ならざる者達の分別がつかなかったころ、水木少年は大層気味悪がられた。母には「変なこと言わないで」と叱責されたし、父には目かなにかの病気かと心配された。
「それ、付けて帰るんですか?」
「付けても何も、触れないんだ」
「触れない?」
しかし、鬼太郎は視えること前提でそう話す。むしろ、水木が視えるのに触れられないことを不思議がるような声音で返答してきていた。
「鬼太郎は、触れるのか?」
「はい」
頷きの続きで何か言いたそうにしていた鬼太郎だったが、そういったことまでは水木には推測できるほど少年は人生経験を積んでいなかった。ただ、もしかしたらこの僅かに重い足にへばりつく子供を鬼太郎がどうにかしてくれるかもしれないという期待で胸が膨らんでいた。
「少し重たいんだ。これ、取れるなら、取ってくれる?」
子供のへばりつく足を軽く持ち上げる。ついでに少し足を振るってみても子供はうんともすんとも動こうとはしなかった。
「わかった」
ストンとしゃがみ込んだ鬼太郎は、そうして、何かその子供と話をしていた。パクパクと口を動かす子供と、それにうんうんと頷く鬼太郎。そうして、鬼太郎も声を発さず数度、パクパクと口を動かしたかと思うと、つぅと半透明の子供の頬に涙が伝った。そうして、子供がニッコリと微笑んだかと思うと、ぱっと手を離し、しゅるりと消えていったのである。
「すごい。話が出来るのか? あれと」
「少しだけ」
小学校の授業でも英語というやつを少しやるが、それを話せる者よりも、半透明のあれらと話が出来ることの方が水木少年にはずっと有用な事のように思えた。思わず、ぐっと鬼太郎に詰め寄る。
「俺も話せるようになるかな?」
「それは、解らない・・・・・・」
「練習するから‼」
水木少年は必死だった。今まで時に悩まされても来たあの者達と会話できるのならば。自分の生活を妨げないようにお願いできるならばどんなに良いことだろう。だが、詰め寄る水木に鬼太郎はたじたじとするばかりだった。
「なら、父さんに訊いてみよう」
「父さん?」
鬼太郎だけで無く、鬼太郎の父、大人までもがあの人ならざる者達を見えるとは思ってもみない事だった。今まで小さな赤ん坊ならば時々水木と同じ者を視ているような気がしていたが、大人と視線が合ったことが無い。
「父さんの方がずっといろんな事を知っている。だから、水木くんが彼らと話せるようになれる術を何か知っているかも知れない」
あの者達と話せる、そして、もしかしたら彼らにいたずらをしないように何か言えるかもしれない。それはまさに青天の霹靂であった。キラキラと水木少年の瞳が輝く。
「帰ろう」
彼は一息大きく息を吸うと、小走りで帰路についていた。それに涼しい顔で鬼太郎もついてくる。少しでも早くあの透明な者達に生活を邪魔されなくなる術を知りたかった。
水木少年にはもう一つ特技がある。それはまさに彼にとってプラスの影響を及ぼすことなので明確に「特技」と言っていいことだろう。
水木少年はなぜか大人に気に入られるのが得意なのである。それは水木少年のくりっとしたしかし垂れた青い目が愛らしいからかもしれなかった。もしくは、その目の傷や耳の傷に大人が同情するのかもしれなかった。やもすれば、どんな大人にも丁寧に挨拶できる賢さが大人の心をくすぐるのかもしれない。
しかし、片目親子の親の方。田中と名乗った銀髪の男はどうやら別なようであった。気に入られていないわけではないようであったが、どうやら水木がいつもの調子で男に「こんにちは」と頭を下げると複雑そうな表情をするのである。
早速やって来た田中家、その玄関で出迎えてくれた父の方に水木は早速例の複雑そうな顔をされていた。水木は何が悪いのだろうかと緊張し、ランドセルの肩紐をぎゅっと握っていた。
「堅苦しいのは嫌いじゃ。水木よ。わしには鬼太郎と同じように同年代の友のように話してくれ」
「でも・・・・・・」
水木少年は悩んだ。お互いがそれでいいと了承していたとしても、端から見れば水木があまりにも無礼な物言いをしているように見えそうである。水木の両親もきっとそれを良しとしないだろう。もしかしたら鬼太郎だって嫌な気持ちになるかもしれない。ちらりと後ろに立つ鬼太郎を振り向く。相変わらずの無表情だ。何を考えているかまだよくわからない。
そしてなにより、水木自身が大の大人にタメ口をきくなんて事が慣れなくて噛んでしまいそうな気がした。
「他の大人がいるようなときはすました話し方でもいいが、わしらだけの時は『ラフ』というやつで頼む」
フラじゃったか? と鬼太郎に訊ねて「ラフで合っています、父さん」と返されるという片目親子の少しずれた会話を聞きながら、また水木はぎゅっと肩紐を掴んでいた。
「タメ語で喋ったら、おじさん、俺にあの透明な奴らとの喋り方、教えてくれるの・・・・・・かよ?」
ですか? と続きそうになったところを考えてラフな語尾にしてみる。すると、一瞬カッと目を見開いた鬼太郎の父は、すぐにふにゃりとその相貌を崩し、それから「ゲゲ郎じゃよ」と続けた。その音のなんと優しいかったことか?
「わしの名はゲゲ郎じゃ。友が付けてくれた名、水木にも呼ばれたい」
しかし、名前を友人に付けて貰うなんて変な話だ。普通であれば親なり祖父母なりが付ける物だろう。と言うことは、ゲゲ郎というのはあだ名なのだろうか? あだ名であれば、きっと、敬称などを付けるのは違うような気がした。水木が「ゲゲ郎」と口の中で転がすように呼ぶと鬼太郎の父は「なんじゃ」と嬉しそうに微笑んだ。それは今まで会った大人のどんな賞賛よりも水木の心を打った。鬼太郎の父改めゲゲ郎はなぜこんなにも水木の一挙手一投足に様相を変えるのかが水木には理解しがたかった。
「じゃぁ、この名前も『ラフ』な話し方の時だけだな」
「そうじゃな、普段は『おじさん』のままで構わんよ」
水木は外面というものを気にするからのぉ。
まるで昔から水木少年の事を知っているかのようなその物言いが少年には不思議でしか無かった。ゲゲ郎は、と訊ねようとした水木の言葉を遮ってゲゲ郎が「まぁ、よい」と切り出す。なんとなく水木は訊ねるのを止めにしていた。
「玄関で立ち話などしとらんで、中で茶でも飲んでいくがいい」
「ありがとう」
来訪した時に比べて幾分か力を抜き、素直に家に上がり込む水木の様子を見ながら、片目親子はどこか嬉しそうに目配せをし合っていたのを、水木少年は靴を揃えていて気づきはしなかった。
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