同僚に水木という男がいる。そいつは、約1年前に起きた哭倉村全壊事故の唯一の生存者だ。そしてそれは、それまでは業績の良かった水木がガクンと業績を落とした事件でもあった。それもそうだろう。哭倉村での約1週間の記憶が丸々すっかり無くなり、しかも、真っ黒だった髪が真っ白になって帰ってきたのだから。
同僚、と言っても特に仲が良いわけでは無い。ただ、家が近い。それだけを互いに知っていた。なぜなら、得意先でたんまり飲まされたとき、終電を逃したとき。そういう時に共に肩を組み互いに支え合いながら、もしくはとぼとぼと人気の無い夜道を帰った記憶が数回あったからだった。
「悪い、中村・・・・・・」
だから、夜明けにも近いそんな時間に急にその水木が子供連れで訪ねてきたとき、俺は変な夢でも見ているのかと何度も目をこすった。
「本当に申し訳ない。家が、壊れて、帰れるところが無くなった。俺一人なら野宿でも何でも良いんだが・・・・・・ちょっと、小さい子供がいて・・・・・・」
なぜか寝間着姿の水木の腕には1歳になるかならないかと思われる赤子が抱かれていた。水木は独り者のはずである。それに、女遊びが激しいという噂も聞かない。いや、むしろそういう類いの接待の場には最近水木は顔を出さなくなっていた。いや、それだけでは無い。今までいとまも惜しんで仕事をしていた水木が、確かに最近、早々と帰宅する日が週に何回か見受けられるのだ。
「お前の子か?」
「いや、友人の子供を預かってて・・・・・・」
何やら深く突っ込んで貰いたくなさそうな水木の様子にも、寒くなり始めのこんな夜半に玄関を開けっぱなしにされることにも、面倒だ、眠いという感想しか思い浮かばなかった俺は、もう何でもいいやと水木とその赤子を家に招き入れた。と言っても、借家は本当に小さな物だった。せめてもの救いは寝起きしている部屋が六畳あることだろうか? 学生時代は四畳半に住んでいたのだ。あの頃だったら絶対に他人を夜中に家に招き入れることなど出来なかっただろう。
年がら年中敷きっぱなしの煎餅布団にごろりと寝転がる。さすがに寒かろうと思い立ってやった俺は結構人が良いのかもしれない。冬用の掛け布団を押し入れから引っ張り出し、水木に放り投げてやった。
「とりあえず説明は後で良い。眠い」
「あぁ。本当に突然悪かった」
水木の謝罪の言葉は半分以上聞かずに俺はもう一度、夢の世界に落ちて行っていた。
目が覚めると、味噌汁の匂いがする。
そんな目覚め、何年ぶりだっただろうか? 実家にでも帰ってきていただろうか? それとも母親でも上京してきたか? と天井を見上げたところでやっと、昨夜、水木が突然赤子を連れてやって来たことを思い出していた。
ぐるりと寝返りを打つと、部屋の隅に冬がけ布団にくるまった幼子が一人。すやすやと寝息を立てていた。のそり、と起き上がると、土間に水木の後ろ姿がある。とんとんと何かを切る軽快な、まな板の音を響かせて。これが若い女だったらどんなに良いかと思うような朝の光景。
「朝飯作ってくれるのか?」
布団をひとまず3つ折りにして部屋の隅に寄せながら、俺が声をかけるとくるりと水木が後ろを振り返る。哭倉村から帰ってすぐは真っ白だった髪はもうほとんど元の黒髪に戻っている。
「暫く居候させて貰うんだ。このぐらいするさ」
「それは決定事項なのか?」
胡乱げにそう言ってやれば、水木はしまったとでも言いたげな顔をした。火にかけていた味噌汁が煮立ちそうになり、慌てて水木が火を止める。
「あ。いや・・・・・・出来れば。頼むよ。新しい家が見つかるまでで構わない」
龍賀製薬の契約を独り占めしていい気になっていたころの水木とは全く違う。威勢のいの字も無い様なそのしょぼくれた声に、表情に、なぜか俺は少しだけイラッといらだつ自分を自覚していた。
「火事にでもあったのか?」
「・・・・・・似たようなもんだ」
「じゃぁ、スーツも無いのか?」
「出勤前に元の家に立ち寄ってみるつもりではいるが・・・・・・」
どの質問に対しても歯切れの悪い言葉ばかりを返してくる水木の様子が、今まで俺が抱いていた『水木』という男の像とあまり結びつかない。その相違がなぜか俺を少しずついらだたせるようだった。
「サイズが合うか解らんが、とりあえず今日は俺のスーツを1着、着ると良い。そんなだらしない格好で街中をウロウロしているのがうちの社員だなんて噂が立ったら会社の恥だぞ?」
「悪い。何から何まで」
「お前のためじゃない。会社のためだ」
「解ってる。ありがとう、中村」
朝から真っ白な米と味噌汁、それから簡単なおひたしだなんてメニューをゆっくりと食べることなど最近はめっきり無かった。良くて夕飯の残飯、悪ければ何も食べずに出勤することも無くは無かった。
「お前、毎朝こうやって朝食を作ってから出勤していたのか?」
熱々の味噌汁を啜りながら水木に問う。相変わらず子供は起きる気配を見せない。
「あぁ。最近は食後に鬼太郎に粉ミルクをやる必要があったからついでに湯を沸かすようになって、そのまま自然と簡単な飯は作るようになったな」
「きたろう?」
「そこの赤子の名前だ。鬼に太郎で鬼太郎と言うらしい」
「へぇ?」
奇妙な名だと思った。こんな幼子に『鬼』の字をつけるとは少し変わった両親なのだろう。そもそも昨夜水木は友人の子とか言っていたか? 親戚でも無い独り者の水木に幼子の面倒を頼むなどかなり変わった事情のある友人のように思われた。
「哺乳瓶も探してこないとなぁ。出来ればタバコも・・・・・・」
時計を見れば、出勤するにはまだ少し時間がある。水木の家が俺の覚えている場所と違いないならば少し家の様子を見てから出勤することも出来るだろう。
「片付けは俺がやるから水木は家を見てくるといい。その様子じゃ財布やらの貴重品もないんだろう?」
「そうなんだ。すまん」
それにしても水木の家辺りが焼けたとなったらいくら夜中といえども騒ぎになっていることだろう。最近流行の吸血事件だって近場で起きれば夜のうちに騒ぎになっている。確かに昨夜は地響きのような物が何回かあったが、それ以外は何事も無かったように思う。
「まぁ、いいさ」
スーツに着替えて出て行く水木を見送りながら俺は一人ごちる。詳しいことを水木が言いたくないのならばあまり訊かずにすませるのが同期としての義理人情なのかもしれない。もしくは、あの赤子に話を聞かせたくないだのという理由もあるのかもしれないのだし。
そう思って赤子をもう一度、見やったが、やはり赤子はただ、くうくうと健康的な寝息を立てるばかりで何の反応も示さないようだった。
カット
Latest / 65:58
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
ゲ謎11
初公開日: 2024年01月11日
最終更新日: 2024年01月11日
ブックマーク
スキ!
コメント
水木の同僚視点
七回目執筆鍛錬
第七回執筆鍛錬企画
supe2
お月見だんご渋将
お月見だんごを食べる渋将ちゃん
supe2
小ネタ用めるまが
本編の前にネタの部分だけ書く
いかもん
【二次】SS書いてく【初めてのテキストライブ】
桃鬼のむきょまゆめSSを書いて行こうと思います。書きあがったものはXにて投稿予定。
渚紗