私の通う中学校には長年の間、上級生から下級生へ口伝いで教えられてきた噂がある。
一、おまじないをしてから四丁目にあるトンネルを通ると魔女に会える。
二、おまじないは紙に白いポピーと名前を書いて入り口に置き、目を閉じて10数えること。
三、魔女に気に入られると二度とこちら側に帰れなくなる。
どうせ昔の先輩の作り話だろう。
四丁目のトンネルにしたのは4が死を連想させるからだと思われる。
白いポピーを使うのも花言葉に「眠り」や「忘却」があるからだと簡単に想像できてしまう。
信憑性などどこにもない。
でもそういうものにすがりたくなる時がある。
例えば、今の私のようにすごくつらい時。
テストでは初めて赤点をとった。今までなんとか赤点は回避していたが、ついにやってしまった。親には呆れられた。
部活でも同学年では一人だけ賞を取れず、落ちこぼれになった。後輩の方が私よりも何倍も上手で、部活に居づらくなった。
数ヶ月前にはクラスメイトの彼氏にフラれた。あとこれは後から気づいた話だが彼は私をフる二ヶ月前から浮気してた。今はその浮気相手とよろしくやっている。
嫌なことが立て続けに何度も起こるとヤケになってしまう。
もう何もかもが嫌になって、死にたくなって、でもそんな度胸などなくて。
藁にもすがる思いで噂を試すことにした。
白いポピーの花の写真をネットで探して印刷した。
裏面にシャーペンで乱雑に名前を書いた。
パラパラと雨が降っていたが面倒だったので傘も持たずに外に出た。
紙だけ濡れないようポケットにしまった。
母が何か言っていたが、気にせず四町目のトンネルに向かった。
こんな雨の日に何もないトンネルまで来る人はいなかった。
私はポケットから紙を取り出して、トンネルの前に置いた。
そして目を閉じて10数えた。
数えて目を開いたが特に変化はなかった。
ただ暗いトンネルがあるだけだった。
でも、なぜか中に入らないといけない気がした。
私は何かに吸いよせられるようにしてトンネルへ足を踏み入れた。
中はちょっとだけ暖かかった。
私は壊れかけの蛍光灯を頼りにトンネルを進んだ。
目を凝らさないとまえがよく見えない。
へばりついた前髪がうっとうしかった。
どんどん進んでいくと少し明るくなった。
気づけば周りに蛍光灯はなく、鬼灯の実が内側からぼんやりと光って足元を照らしていた。
鬼灯に導かれるままに進むと出口が見えた。
トンネルの出入り口とは違ってドア枠のようなをしていた。
私はおそるおそるそのドア枠をくぐった。
そこには見知らぬ草が生えた庭と、こじんまりとした家があった。
その家の前には黒いローブをきたお姉さんがいた。
彼女が魔女だろうか。
「いらっしゃい。君が水瀬風花か」
「は、はい」
魔女のお姉さんは片手に薬草の入ったカゴを持っている。
ついさっきまで収穫していたのだろうか。
「そんなところで突っ立ってないで、こっちにおいで」
「わかりました」
私はこけないように気をつけながら石の道を通ってお姉さんの元へ行った。
「風花ちゃん。君は嫌なことがあって私を訪ねてきたのでしょう?」
「そうですけどなぜ知っているのですか? やっぱりあなたが魔女なのですか?」
「そうだよ。私が言い伝えの魔女さ。大丈夫。私なら君が抱えている問題を全て解決できる」
そっとお姉さんに頭を撫でられた。
袖から甘い匂いがする。とっても落ち着くに香りだ。
緊張が解けて、力が抜けた。お姉さんに抱き抱えられてしまった。
あれ。こうやって落ち着くのってすごく久しぶりな気がする。
「まずは少し休むといい」
私はそのまま意識を手放した。
次に目が覚めた時、私はベッドにいた。
髪は乾かされ、服もお姉さんと同じローブ姿に着替えさせられていた。
そして横にはお姉さんがいた。
「ずいぶんとお疲れだったみたいね」
「はい。ここしばらくの間に色々あって、どこにも居場所がなくて」
「それは大変だったね」
「はい。もう、戻りたくないです」
涙が出てきた。
家でも部活でもクラスでもずっと気まずくてしんどかった。つらかった。
「なら、私の弟子にならない? 私なら君に居場所を与えられるよ」
お姉さんの提案はとても魅力的に聞こえた。
居場所。私が失ったもの。今もっとも欲しいもの。
それをくれると言っているのだ。
「よろしくお願いします」
「なら決定ね。私の弟子ならそんな堅苦しい言葉遣いはいらない。タメ口にして。あと私のことはアスカって呼んで」
「はい。アスカさん」
「ほら、敬語禁止だよ」
「あ。そうだった。わかった。アスカ」
「合格!」
アスカさんがパチパチと拍手を贈ってくれた。
嬉しそうに見える。もしや長い間ここに一人だったのだろうか。
ずっと寂しかったのかもしれないな。
もしそうなら、ちょっと親近感がわく。
「さっそくなんだけど、君が魔女になれるよう準備するね」
アスカさんは何やらバタバタと物を集め始めた。
何かよくわからない乾燥した草花と魔女っぽい鍋と透明なグラス。
アスカさんは鍋にお水を入れてぐつぐつと温めた。
同時に乾燥した草花を切り刻んだ。
そしてお湯が沸騰したらその草花をお湯の中に入れた。
ハーブティーでも入れるのだろうか。
しばらくコトコト煮てからお湯をグラスに移した。
お湯はまだこの時点では無色透明だ。
「最後にこうして、完成だよ」
アスカさんは人差し指の先に針を刺して血を出し、グラスに一滴注いだ。
グラスの中身が一気に黒くなった。
「中に魔女の力がこもってるの。これを飲み干せば魔女になれるんだ」
「アスカも飲んだの?」
「もちろん。私も飲んだよ。ほら、飲みな」
私は促されるままにそのドス黒い液体を飲み込んだ。
その液体は意外と甘かった。ちょうど、アスカさんからしたいい匂いと同じ甘さだ。
「お疲れ様。これで風花ちゃんも魔女の仲間入りさ」
「私にも魔法が使えるの?」
「そう。簡単なのだと、ホウキで飛べるよ。やってみようか」
「うん!」
私たちは庭へ移動した。
アスカさんがホウキを渡してくれる。
「まずはこれにまたがってね」
「これでいい?」
「そう。そのままホウキがふわっと浮かぶのを想像してみて」
ホウキがふわっと浮かぶ。
イメージすると本当にホウキが浮かんだ。私も五センチほどの高さだが宙に浮いている。
「おお。その通りだよ、風花ちゃん。そのままゆっくり上がっていけるかい?」
「できると思う」
ゆっくりと上がって、アスカさんよりも上まで行けた。
「上手だよ! 今度はゆっくり下がってこれる?」
「できるよ」
落ちないよう慎重に地面へ降りる。
無事に着地できた。
「すごい! 風花ちゃんはホウキに乗るのが上手だね」
「ほんと! ありがとう」
「いっぱい練習して、ホウキに乗らないとみれない綺麗な景色をいっぱい見に行こうね」
「うん!」
綺麗な景色なんてテレビと教科書でしかみたことがない。
だからとっても気になる。それもホウキに乗らないとみれない場所となるとなおさらだ。
「一緒に綺麗な景色を見にいくの楽しみ!」
「じゃあいっぱい練習頑張ろうか」
「うん!」
私は日が暮れるまで練習を続けた。
おかげで家の周りを一周するくらいならできるようになった。
「お母さん、心配してるかな」
「その辺は私が魔法で上手くやっといたから大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
魔法とはすごいものだ。
私も同じように魔法が使えるようになるのだろうか。
なるといいな。
「そろそろ夕飯にしようか。何か食べたいものはある?」
「食べたいもの、ですか」
「何でも良いよ」
「うーん……なにか温かいものが食べたいです」
心が落ち着くようなものが食べたくなった。
具体的な料理は出て来ないけど。
「洋食と和食、どっちがいい?」
「洋食で」
「ならグラタンにするね」
「グラタン大好きです」
「それはよかった。ほら、中に入って」