横濱で侵入が難しい場所の一つと言われるポートマフィアの[[rb:建物 > ビル]]。
 その医務室で森は白衣姿で二人の少年に講義を行なっていた。
「既に知っているだろうけど、この世界には男女とは別にDom・Subという第二性、ダイナミクスがある。Domは」
「Domは支配されたい、Subは支配されたいという欲求を持ってるんでしょ。それくらい知ってるよ」
 森の言葉を引き継いだのは少年の一人。太宰だ。
 そして、太宰にたしなめるような視線を送るもう一人の少年が中也だ。
 二人は先の荒覇吐事件で共同調査を行い、以後ほぼ同時期にポートマフィアに加入した同い年の少年である。
「確かに太宰くんのいう通りだ。でも誤解が起きやすいから詳しく説明するよ」
 森はホワイトボードに「Dom」「Sub」と書いて続けた。
 「Domには支配欲があるというけど、それは単にSubに躾をしたいというだけではないんだ。他にも褒めたい、守りたい、世話をしたい、信頼してほしい、といった思いもDomの欲求の一つなんだよ」
 森は箇条書きでホワイトボードに書いた。
 中也は律儀に手帳へ書き写した。
「これはSubも同じことで躾られたい、というだけでなく褒めたい、守られたい、世話されたい、信頼したい、といった欲求が生じるんだよ」
 太宰は面倒そうに聞いている。
「他にもCollarっていうのがあってね。DomとSubの関係の証だね。Subの子はこれを外されると酷い喪失感に襲われ、Sub dropに陥る」
 森が赤ペンで大きくSub dropと書いた。
 太宰は欠伸をしている。それを見た中也が持っていたペンで後頭部を叩いた。
「痛った!」
「ちゃんと聞いとけや」
「全部知ってることばっかでつまんないもん」
 太宰が座っている椅子ごとクルクル回って文句を言う。
「太宰くん。あとちょっとだけ。Sub dropだけは大事なことだから聞いて。それが終わったらすぐ検査して終わりにするから」
「……はーい」
 太宰は不貞腐れた様子だ。それでも一応話を聞くつもりはあるらしい。椅子は森の方を向いている。
 森は一つ溜息をついてから続きを話し始めた。
「Sub dropはDomがきちんとcare、つまりは慰めてあげなかった時に起こるものだ。Sub dropの症状は人によるけれど混乱したり虚無感を覚えたり、場合によっては気を失ったり死に至ることもある。だから二人がDomでもSubでも気をつけるんだよ」
 真面目に聞いていた中也はもちろん、一応聞いていた太宰も首肯いた。
「じゃあ検査に移るね。一人ずつ呼ぶから」
 ダイナミクスの検査は血液を使って行われる。専用のキットを使えば5分ほどでわかる。
「まずは太宰くん。入ってきて」
 呼ばれてしぶしぶといった様子で中に入っていった。
「Domだね」
「やっぱり」
 太宰はさして驚くこともなく検査結果を聞いた。
「さっき説明しなかったことはここに全部書いてあるからきちんと読んでおきなさい。じゃあ戻っていいよ」
 太宰は雑に部屋から追い出された。
 続いて中也が呼ばれ、検査が行われた。
「Sub、だね」
「そうですか」
「色々大変だとは思うけど、まあ頑張ってね。私もできる限り協力する。紅葉君にも伝えておかないとねえ」
 裏社会でのSubは弱者だ。Domに命令されると反抗できないため、無理矢理契約を結ばれたり、強姦されたりなどの被害も多い。
「太宰には、太宰にだけは言わないでください」
「……わかった。二人で仕事をしてもらうことが多いから、できれば把握しておいて欲しいけど君がそういうのなら無理強いはできないね」
「すみません」
「構わないよ。これは今日説明できなかったことの冊子。これを読んでゆっくり考えなさい」
「ありがとうございます」
 中也は医務室を出た。
 外では太宰が待ち構えていた。
「結果は?」
「手前はどうだったんだよ」
「僕はDomだったよ。まあ前から何となくわかってたけどね」
「そうかよ。俺もDomだ」
「なーんだ。つまらない。君がSubだったら僕のパートナーにして可愛がってあげようよ思っていたのに」
 やっぱり此奴は俺への嫌がらせしか考えていない糞野郎だ。中也はそう確信した。
「本当につまらない」
 太宰はそう吐き捨てて立ち去った。
「どうして。どうして中也がSubじゃないんだ」
 太宰は自身に割り当てられた執務室で頭を抱えていた。
 なぜなら太宰が自分をDomだと思ったきっかけは中也へ支配欲を抱いたことだからだ。
 太宰は初めて中也と出会ったとき、燃える夕日のような髪と海のような目、そして圧倒的な力と屈強な精神に惚れていた。
 それと同時にこの少年を自分のものに、自分だけのものにしたいと思ったのだ。彼の体を手に入れ、彼の力を押さえ込み、彼の精神を屈服させたいと思ったのだ。
 だから荒破吐事件を通して中也を自分の犬にしようとした。だがそれは失敗に終わった。
 中也が太宰の犬となることはなく、代わりに紅葉の弟子になった。
 流石の太宰も紅葉に楯突くことはできない。
 だが中也がもしSubならまだ手はあった。
 上手く言いくるめてパートナーになればよかった。
 でも中也はDomだった。もう打つ手はない。
「どうして中也もDomなんだよ」
 太宰はやりきれない怒りに任せて近くの川で入水した。
 その後すぐ部下に引き上げられた。
 数日後。目の下に隈を作った太宰の元に新たな任務が届いた。
「ただの殲滅任務か。異能力者もいないお粗末な組織だ。どうせポートマフィアが代替わりした混乱の乗じて一旗上げようとした愚か者達だ」
 太宰は面倒そうに紙をめくった。
「うげぇ。中也とじゃん。やだよ。何でこんなところで顔を合わせなきゃなんないの」
 不満を垂れ流しつつ、無駄にゆっくり準備をした。
 そして集合時刻から大幅に遅れて集合場所にやってきた。
「遅えんだよ!」
「いやー。君が怒っているところを見ると非常に気分が良い。最高だね」
「こっちは最低の気分だ。作戦は頭に入ってるだろうな」
「そりゃ勿論。君と違って僕は賢いからね」
「五月蝿えよ」
 中也が太宰に殴りかかる。
 太宰は予測していたのか中也の攻撃を軽くかわした。
「君の行動は読みやすいねえ」
「手前、本当にうぜぇ」
 そう日常となった言い合いを続けるうちに今回の敵のアジトについた。
「薬を回収するまでは壊しちゃ駄目だよ」
「わかってる」
 太宰と中也は二手に分かれて行動し始めた。
 表から中也が襲撃する。
 その間に太宰が裏口から侵入して薬を回収する。
 回収が終わったら見せしめに建物ごと破壊する。
 お粗末な組織にお似合いな簡単な任務だ。
「邪魔するぜ」
 中也が表口にいた警備を殺して堂々と侵入した。
「誰だ」
 中にいた構成員達が一斉に中也へ銃口を向ける。
「俺はポートマフィアの人間だ。手前等が隠れて悪いことをしていると聞いてな。上の命令で確認にきた。心当たりはあるだろ」
 中也は銃口に怯むことなく進んでいく。
 そして中にあった段ボールの一つに手をかけた。
「全員攻撃開始!」
 四方八方から中也に向かって銃弾が飛んでくる。だが。
「この程度で俺に勝てると思ってんのか?」
 弾丸はどれ一つとして中也を貫くことなく全て空中で制止している。
 全て中也が止めたのだ。
「真逆。貴様、重力使いの中原中也か!」
「知ってるのか。そりゃあ嬉しいなぁ!」
 中也が止めていた弾丸を全て元きた方向に跳ね飛ばした。何人かの胸部を貫いた。
 その後も弾丸の雨を弾き返し、宙を舞って敵を殺しつづけた。
 一方その頃、太宰は部下を使って倉庫の段ボールを運び出していた。
 ポートマフィアでは薬は御法度だ。全て処分される。
「これが顧客の名簿か。敵ながらもう少し警備を強化してはどうかと思うよ」
 警備は見張りが2人だけであっという間に倒された。
 顧客の名簿はダイヤル式の金庫に入っていた。ナンバーは金庫に貼られた付箋に書いてあった。こうも警備がガバガバではこちらも気抜けするというものだ。
「運び出し、終わりました」
 太宰の部下が報告する。
「りょーかい。中也、全部壊して」
 太宰は無線を使って中也に命令した。
「わかった」
 中也も返事をし、そのまま敵の首領の元まで駆け出そうとした。
「止まれ。止まるんだ! Stop!」
 敵からCommandが出された。死を目前にして咄嗟に出た命令だろう。
 だが効果は抜群。基本的にSubはDomが出した命令──Commandには逆らえない。
 これは中也も例外ではなく足が固まったように動かなくなった。
「は、はは。はははは! 君はSubなのかい。ならばDomである私の命令には逆らえないんだね」
「どうした、中也。君はDomなんだろう?」
 無線から太宰の声が響く。
 中也は答えない。
「Kneel」
 敵が中也へ命令する。
 中也はまるで重力が二倍になったかのように地面へ押し付けられそうになった。だがなんとか耐えた。命令に反抗したことでSub drop仕掛けているのだろうか。顔色が悪い。
「作戦変更。中也は其処で待ってろ」
 太宰は無線越しでも異常を感じとり、中也のもと向かった。
 其処には跪くまいと足を振るわせる中也と命令を繰り返す敵がいた。
 太宰は素早く敵の頭を撃ち抜いて中也に駆け寄った。
「大丈夫かい?」
「気持ち悪りぃ」
 中也の呼吸は荒く苦しそうだ。
「全部説明して」
「俺はSubだよ。で、相手はDomで命令された。命令に逆らったら気持ち悪くなった。以上だ。クソ、手前には知られたくなかったのに」
「どうして僕にDomだと嘘をついたの」
 太宰が強い口調で言う。
「言いたくねぇよ」
「言って!」
 太宰は今にも泣き出しそうである。
 様子がおかしい太宰を見て、中也もしぶしぶといった様子で話し始めた。
「手前に言えば絶対におちょくられる。適当に命令されて遊ばれて捨てられる。そんなの御免だ」
「そんなことするわけないでしょ」
「信用できねぇ」
 もういいだろ、と言いたげに中也は太宰を見た。
 もう限界が近そうだ。
 はやくcareを受けなければいけない。
「なら、信用させてみせる」
 太宰は中也をぎゅっと抱きしめた。
 中也は押し返そうとするが腕に力が入っていない。
「一人でよく頑張ったね。Good boy」
 砂糖を煮詰めたような甘ったるい声で囁いた。
 途端に中也の顔色が良くなった。力が入るようになったので太宰を突き飛ばした。
「手前、本当に太宰か?」
「正真正銘、太宰治だよ」
「ありえねぇ。太宰があんな……」
 中也は顔を真っ赤にして頭をかかえている。
「体調は大丈夫そうだね。ほら、Break」
 中也は混乱しつつも太宰の命令に従った。ぼんやりとしていても的確に建物を壊していく。見事な仕事だ。
 大方壊れたところで中也は太宰の元に戻ってきた。
「お疲れ様。Good boy」
「何が目的だ」
 すっかり本調子に戻った中也は太宰を睨みつけた。
「中也に信用してもらおうと思って」
「あー、わかった。俺が信用して油断したところを狙うつもりだな。もうその手には引っ掛からねえぞ」
 中也は常に太宰の遊び道具にされていた。
 「今週の負け惜しみ中也」なる新聞がその最たるものだろう。
「違うよ。これは違うの。信じて!」
「じゃあなんだって言うんだよ」
「中也が好きなんだよ。中也が欲しいと、自分だけのものにしたいと思ったんだよ」
 そっぽを向いて太宰が言った。
「また、嫌がらせか?」
「違う。これは違うよ。本当に君が好きなんだよ。僕のパートナーになってはくれないかい?」
 今度ははっきりと、中也の目を見て言った。
 中也は居心地が悪そうに頭を掻いてから答えた。
「手前のことは嫌いだ。気に食わねえ奴だと思ってる。でもな、手前の指示で動くのは嫌じゃねぇ」
「と、言うと?」
「手前のパートナーにならなってやってもいい」
 中也がバツが悪そうに言った。
 太宰は中也を再び抱きしめた。
「鬱陶しいわ。あと、俺は手前の恋人になるつもりはねぇからな」
「わかってるよ。それでも嬉しくって。よろしくね、中也」
「捨てたら許さねえからな」
「はいはい」
 二人仲良く並んで報告に向かった。
↑ ここまでが前編
↓ここからが後編
 報告が終わった後、太宰は中也の腕を掴んで自分の執務室へ向かった。
「痛えんだよ。掴むな」
「うるさい。黙って来て」
 太宰はさっさと中也を連れ込むと扉の鍵を閉めた。
「改めて聞くけど。中也、僕のパートナーになってくれるかい?」
「ああ、なってやるよ」
「ありがとう。で、Collarなんだけど……これでどうだい?」
 太宰の手には黒のチョーカーがあった。高級感のあるそれは今さっきで用意できるようなものではない。
「手前。それ、いつの間に用意したんだ?」
「だいぶ前から中也はSubだと思っていたよ。だから前もって用意してた」
「手前にしては良いセンスだな。悪くない」
「気に入ってくれたようで何より。じゃあ、つけるよ」
「ああ」
 包帯だらけの太宰の手が中也の白い首筋に触れた。
 中也がくすぐったそうに身をよじる。
 太宰はそれを気にすることなく黒のチョーカーを巻いた。
「これで君は僕の犬だね。その首輪もよく似合ってる」
「俺は手前の犬じゃねえよ。後これもチョーカーだろ」
「君がつけると首輪にしか見えないよ」
 太宰はケタケタと笑った。
 それに腹を立てた中也は太宰を殴る。
 だが中也の拳は華麗に避けられる。
「避けんなクソ太宰!」
「避けるに決まってるでしょ。それにしてもご主人様に手をあげるなどとんだダメ犬だね」
 太宰はわざとらしくため息をつく。
 中也は舌打ちすると太宰の胸ぐらを掴んだ。
「太宰。手前が俺の主人だと言い張るんだったら俺を飼い慣らして見せろよ」
 挑発的な態度だ。
 それが太宰のスイッチを入れた。
「Kneel」
 太宰が命令した。
 中也は手を離し、崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
「いいよ。君がそう言うんだったら飼い慣らしてやるよ」
「やってみろよ」
 命令されてもなお中也は挑発的な態度をやめない。
 これは中也のプライドだろう。
 簡単に犬になってやらねえぞ、という意地だろう。
「骨の折れるワンチャンだ。でも、そうでないと面白くないね」
 そう言って太宰は命令とご褒美を繰り返した。
「Stand up」「Come」「Kneel」「Stand up」「Sit」
 太宰の口から発せられる命令は簡単なものばかりだ。
 だからこそ中也も抵抗することなく従う。
 でも、これが罠だった。
「Good boy。良い子だね、中也」
 太宰は中也が一つ命令をこなすたびにそう言って褒めて頭を撫でる。
 これが何度も繰り返された。
「だめだ。頭がふわふわする」
「それで良いんだよ、中也」
 頭がふわふわする。これはSub spaceの兆候だ。
 Sub spaceとはSubのコントロール権がほぼDomに委託された状態だ。
 つまりSubがDomのことを信頼している証である。
「中也。君はSub spaceに入ってるんでしょ。口では色々言うけど私のことを信頼してくれてるんだね。ありがとう」
 太宰は床にぺたんと中也を抱きしめて優しく頭を撫でた。
「太宰が優しいとか、気持ち悪い」
 口では不服そうにしていても体は正直だ。猫のように太宰へ頭を擦り付けている。
「可愛い」
 太宰から思わずそんな言葉が漏れた。
「あ? 俺が可愛い? ちげえだろ」
 中也が顔を上げて文句を言う。目がぼんやりしている。
「確かに普段の君はかっこいいよ。でもだからこそ僕の前ではだらけた可愛いところを見せてよ」
 太宰はそっと中也の耳元に顔を寄せた。
 中也は逃げようとするが「Stay」と命令を出されてしまった。
 太宰はそっと囁いた。
「ねえ、僕の犬になってよ。僕は君を裏切らない。ずっと君のそばにいるよ」
 裏切らない。ずっとそばにいる。
 太宰の言葉は仲間を失った中也の心の隙間にするすると染み込んでいった。
 普段の中也ならともかくSub spaceに入った状態では甘い誘惑に耐えることはできなかった。
「なってやるよ」
「ありがとう。ちゃんと録音したから、後で忘れたとか言っても聞かないからね」
「ああ。わかって、る……」
 中也はそのまま眠りについた。
「よっぽろ気持ちよかったんだろうね」
 太宰は一人そう呟くと中也を仮眠用のベットに運んだ。
「重た……なんでこんなに重たいの。チビの癖に」
 そう、文句を言いつつもちょっと嬉しそうに中也を運び、寝かせた。
 そして自分もソファーで眠った。
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橘スミレ
今晩中に書き上げて、明日折本にして書きなよと言ってくれた友人に渡します
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橘スミレ
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