霜が降りたら
一年に一度
今年の冬は暖冬傾向にあるらしく、日中はポカポカと暖かい日もある。
ただし、それは日本に限った話で、天童がいるパリは冷たい空気がしんとしていた。
霜も降りているようで、葡萄農園のワイン工場ではてんやわんやらしい。
らしいというのは、店に来るお客さんの伝聞でしかないからだ。
今日も様々なショコラが店頭から消えていく。
クリスマスだもの、それぞれ意中の相手に捧げられるのだろう、それが天童の作るショコラで街が彩られるのだ。
最高の一言では語り尽くせないほどの幸福感に満ち溢れる。
まるで、バレーの試合の時にネット越しの敵チームの渾身のスパイクを1人でドシャット決めて形勢をひっくり返した時のような。
そんな幸福感に満ち溢れていた時、そろそろ店仕舞いするかと思ったその時だった。
カランとドアにつけたベルが鳴り、そちらを向いた時。
「もう店仕舞いだろうか、ショコラを買いに来たのだが……」
そう、天童の想い人である牛島若利が佇んでいたのだ。
「っ、なんでここに! ? まだワルシャワに居るはずじゃナイノ……っ」
天童は慌て過ぎて持っていた箒や布巾を取り落とした。
彼の所属するチームの現在地や情報は取りこぼしたことがない。
SNSを巡回し、ファンクラブの掲示板に張り付くのは最早日課だった。
なのに、何故か今彼は目の前にいる。
会えるなんて思ってもなかった天童の心臓が早鐘を打つ、それはソワソワとした態度にも現われていて、わけも無いのに両手を
組んだり離したり、頬を抓ったところで牛島に止められた。
「天童の情報通も知らなかったらしいな、俺だけチームから離れて単身こちらに飛んだんだ」
チームとしての動向しか追えてなかったらしい、と天童は理解した。
そして、だし抜けて嬉しいのか牛島は顔を綻ばせている。
だがその変化は見慣れたものではないと見抜けぬぐらいのものだった。
寒空の下を歩いて来たのだろう、牛島は手袋もせずに赤くなった鼻先をかるく指先でかくと、もう一度繰り返した。
「それで、ショコラはまだあるのか? 」
「あ、えと、えっと〜」
「天童」
「な、ないでゲス……売り切りました……、若利くん、誰かに贈るつもりだった……り、スル? 」
天童の視線がショコラを飾る棚に目が行く。
ああ、もし一個だけでも残ってたら、彼は誰かにあげるつもりだったんだろう。
そう考えると胸がしくしく痛んだ。
そうだよね、クリスマスなんだもの。
一年に一度の素敵な素敵なクリスマスなんだもの、そんな日に欲しがるショコラなんて、一つの意味しかないだろう。
あーあ、告白もする前から失恋決定かあ。
そんな顔を寒さから白くして、鼻先は赤く染めて、わざわざ女性に贈るであろうショコラを買い求めに来たのだ。
天童は泣きそうになる顔をなるべく牛島に見せないようにして、残念だったネ、明日はまた売るから明日来てヨと背中越しに呟いた。
「そうか、なら天童を貰おう」
「……は? 」
「ショコラはないのだろう? そして店を閉じる用意もしていたようだ、つまりはこの後は予定はないのだろう? ……違う、のか」
牛島が語る言葉にはついていけなかった。
ショコラの代わりに、天童を貰いたい。
あの牛島がそう言っている。
……期待して、いいの?
まだ、君が誰かのものじゃなくて、もしかしたらこっちを振り向いてくれるかもしれないって。
そんな可能性があるのなら。
「……ちょっと待ってて、店片しちゃうカラ」
天童がとる行動なんて、一つしかない。
そう、性急に店を片付けてCLOSEの札を掛けること。
牛島と居られるなら、もし恋人になれるのなら、と気が急いてどうしようも無い。
でも、それでも天童は店を綺麗にしたあと、札をかけて待たせた牛島を振り返るのだ。
「オマタセ、どっか行く? 」
「滞在しているホテルが近くにある、そこに行こう」
「その前に! もし良かったらだけど、パリのクリスマスを案内させてよ、後悔はさせないからサ」
ぱっと牛島を振り返ると、彼はそれは楽しみだと朗らかに笑んでみせ、天童をエスコートするように歩き出した。
二人はそのまま、クリスマスの賑わいをみせるパリの街へと消えていった。
【⠀聖夜にて、願い叶えたまえ】