『TRIGGER記念日』『彼シャツ』『ピンク』
「お、それ美味そう」
ひょいと横から取られたのは、頂き物のボンボンショコラ。
摘まんでいた一粒を、指ごと口へと持って行かれた。
ぎょっとして相手を見れば、バチリと視線が交差する。
スッと流し目を向けられた気がして、龍之介の心臓はぎゅうと縮み上がった。
「中身ウイスキーか。美味いな」
続けて、龍之介が持っていた箱の中から一粒つまみ、楽は口の中へと放り込む。
その様子をじっと見つめる龍之介に気付き、不思議そうに首を傾げた。
「どうした……?あっ、これ俺が食べちゃまずかったか!?」
「う、ううん。大丈夫。あとで楽と分けようと思ってたものだから」
それは、いいんだけど……と口ごもる彼に、楽はだよな!と満面の笑みを浮かべる。
「楽屋で食べてたから差し入れだと思ったんだよ。これ、機会があったら一緒に買いに行こうな」
背を軽く叩かれて、楽は満足そうに楽屋に備え付けられた畳小上がりへ荷物を置きに移動する。
その姿を、龍之介は半ば呆然と見つめていた。
「おはよう」
そこへ、天がやってくる。扉を開けて見たのは、上機嫌に準備をする楽と、ソファーで固まっている龍之介。普段と少し違う雰囲気を感じ、彼は首を傾げた。
「龍……?」
微動だにしないメンバーを覗き込めば、その頬がうっすらと薄紅色に染まっている。
「……どうしたの」
「ごめん。なんでもない」
ぎゅうと顔のパーツを中央に寄せ、顔を覆う龍之介の奇行に一歩引く天。そして顔を覆い、しばしの沈黙。
再び声をかけようかと迷った天の手は、パンっと龍之介が両頬を叩く音にビクンと跳ねた。
「天はモデルの仕事だったんだっけ?この季節冬服だから暑かったんじゃない?」
宙に浮いた手の行き場をさ迷わせ、鞄の肩掛けを握りしめた天はうん。と調子を合わせる。
「でも、スタッフさんが気を遣ってくれてクーラーの温度すごく下げてくれたから大丈夫だったよ」
「屋内撮影だったんだ!いいなぁ。俺は少し前秋服撮影だったんだけど、その時屋外で汗が止まらなくって!」
大変だったんだよ~と朗らかに語る龍之介はいつも通りで、天はそれは大変だったね。と答えて会話を続けた。
ちらりともう一人のメンバーを盗み見れば、鼻歌まで歌って楽しくて仕方ないと背中が語っている。
(……仕事に支障が無ければいいけど……)
今は傍観するか。そう判断して、天は違和感をそっと脇に置いた。
(心臓が……持たない……)
相手を好きな気持ちを見透かされた。それは、ようやく自分の気持ちに折り合いを付けることができた頃。
どうして……と言う困惑。その陰に、何故今更。そんな思いがひとかけら。
好きだという気持ちに気付いて、その気持ちに浮かれて、叶わない絶望を知って。ぐるぐると回る制御できない感情。
己の心がこんな風に乱されるなんて、龍之介にとって人生で数える程しかなかった。
その中でも、これほどひどく翻弄されるのは久しぶりだった。
キャッチ―なフレーズでまとめてしまえば『決別した恋心。そのはずなのに、好きだった人に今更迫られているんだが!?』と言ったところか。
『今も、TRIGGERの八乙女楽として、仲間として、大好きだよ』
そう言って、恋愛ではなく友愛なのだと伝えたはずだった。
「誤魔化されてはくれない……よなぁ」
『違うのかよ!?』そう言って詰め寄って来た楽は確信に満ちていた。愛されていた事。それが、恋で、愛で、執着だという事を。
「どうしたらいいんだ……」
天井を仰ぎ見て、お手上げだというように額に腕を押し付ける。
反対側の手には『好きな人と距離を置く方法』『恋心への決別』『友達としてそばにいるために』などの検索ワードが並んだ携帯画面が映し出されていた。
詰め寄られた翌日から、楽は行動を始めたようだった。普段から近かった距離をさらに詰めて、時折向けられる『愛している』という視線。
熱烈なときもあれば、尊敬の混じったものもあった。その中でも、龍之介は意図せず滲み出るように向けられた『愛してる』に弱かった。
例えば、龍之介の隣で転寝をしていた楽がふっと意識を浮上させて存在を確かめた時。『龍がいる……』と安心したように、嬉しそうに微笑む顔に龍之介は全身を真っ赤にさせた。その時は本人が再び寝入ってしまったのが救いだった。
例えば、同居生活の中で彼の好物を揃えた時。『嬉しい。ありがとな』と子供のように無邪気に微笑み、全身で嬉しいと主張する様子に、龍之介は相好を崩す。その時は天にため息を吐かれたけれど。
(この気持ちは、TRIGGERの……楽の為に隠し通すって決めたんだ)
それなのに、それを暴こうとやっきになる楽に困ってしまう。
何より、それが嬉しくて隠そうと決めた恋心が表に出てしまう事が。
「どうしたら……いいんだ……」
再度独り言ちた言葉は、誰にも拾われず落ちていった。