校門から出ると、少女がそこにいた。
というのは一切の比喩なく事実である。
声なく驚く天馬司、というものは、
おそらく見られ記録されれば現代における七不思議、
匹敵する摩訶不思議、
具体的にはつまりこの世の理に反逆している異常事態として後世にまで残されるだろうことだが。
その情景が今日の学園の校門前で繰り広げられていた。
声がないだけでその身振りは大げさだ。
下校時間の校門はごった返し、人、人、人。
そんな中で大げさに身振りをすれば、声を出さずとも目立つものである。
しかし、道行く通行人は司の姿を見れば、「またなにかあったのか」、という顔をし、巻き込まれぬようにとそそくさその場を離れていった。
その姿の向こう側に女の子が、しかも別の高校の制服を着ている子が――いるということに、異常事態故か誰も目を付けない。
100年に一度あるかないかの偉業を成し遂げた天馬司は、必死に口を押さえながら、少女に相対する。
少女は、浮かない顔つきの、普段とは全然違う、しかしいつも通りの無表情のまま、どこかを指さす。
それに必死でうなづきながら、司はその少女の後をついていった。
背後は振り向かない。
司の背中を見ている者も、誰もいない。
否、嘘である。
□
「それで、なぜここに来たのだ?まふゆ。」
「…だめ、だった?」
「いや、むしろ歓迎だ!ありがとう!」
まふゆ。そう呼ばれた少女は、所載無さげに自分の腕をつかみながら、そっとつぶやくように言った。
呈した疑問とその裏の感情は、調子を取り戻した司の声にまるでちぎれた雲のようにさあっと吹き飛ばされていく。
空は夕暮れ、晴れ渡り、まるで漫画か何かの一ページのように美しく染まっていた。
「それで、今日はどうしたのだ。何が無くてもここまでくるとなるとそうそう理由もなしにはくるまい。」
「…」
どちらの高校からもそれなりに離れた、小さなコーヒー店の前を通り過ぎる。
商店街というには少々小ぢんまりとしていているが、丁寧な手入れが見て取れる店の数々。
寂れた過去から新たな道を踏み出そうとしている歴史を持つガラス窓たちの前を、二人は静かに歩いていく。
長くなった影は、しかし哀愁ではなく、静かな対話の時間だけを二人に保証していた。
「…とくに、なんにも。」
「…ホントか?本当に本当か?」
「本当に本当だけど…」
一種迷惑そうに、だが無表情のままでまふゆは答える。
しかし司には、そうは思えなかった。
心臓をぶち抜かれたかのような、それでいて夜のさざめきのようなそんな静かな痛みがじんわりと体中にしみわたっていく。
嘘、ではないのだろう。少なくとも、彼女にとってはそうなのだ。
しかし、司は、ワンダーランズ・ショウタイムの者たちはみな、笑顔というもに一種|アレルギー《命がかかっている》レベルで過敏である。
それが、本来の、心の底から沸き立つ泉のような情動に突き動かされたものではないことくらい、一瞥するだけでわかってしまう。
しかし司は、それに何も言わなかった。
言えなかった、のではない。むしろ逆で、まふゆのことを良く知るからこそ、何も言わないことを選んだという方が正しいだろう。
むろん、同じ|思い《セカイ》を共有しているわけでもなければ、同じサークルでともに作品を作っているわけでもない司が知ることは、そう多くない。
だが何も知らないわけでもない。
そのうちの一つが、この笑顔である。
演劇のために知っていたいくつかの聞きかじりの心理、そして観察と注視の結果。最後には直感も働いたかもしれない。
結論として。
ジョハリの窓で例えるのなら、他人から見た自分と自分から見た自分に巨大な乖離がある。
それが、今のまふゆ。
この場合、どちらが真実か、はどうでもいい。
どうしてそうなったか、に関しては、協力できそうなことがあれば力を絶対に惜しまないつもりだが、今は無理には聞き出さない。
それをどうしてと言われれば、司も言葉にすることは難しい。
当の本人であるはずなのに、それでも難しい。
歌や踊り、つまりショーにするのならば自然にすべてが動き出すが、そうでないかたちではどうしても言葉に詰まってしまう。
ただ一つ真実があるのだとしたら、それはこの少女のカタチを守りたいということだけだ。
「そうか。」
「うん、そう。」
なので、天馬司はそれ以上、朝比奈まふゆに何も聞かなかった。
ただ、黙って、静かに、いつもの彼を知る者から見たら仰天され腰を抜かされ失神されるレベルでただただ静かに、信じられないくらい静かに、おぞましいくらいに静かに、ただただ少女の隣に寄り添う、”だけ”をした。
少女は何も答えない。
ただ夕焼けが、二人を照らしている。
サロメ、サロメ。