これからは人に見られるんだから、と天童から贈られたのは等身大の姿見だった。長身の牛島の悩みとしてはあまり小さな姿見であると全身が、特に足元がよく映らなかったり、顔が途中で切れたりするのだ。もしくは、遠ざかって全身を映そうとすると詳細が見えないくくなる。
その辺をきちんと心得ている天童は(もしかしたら天童も同じ悩みを持っているのかもしれない)180cm近い高さのある細長い鏡を送ってくれた。これはかなりの重さで、しかし、他の家具を邪魔しないシンプルな作りは牛島の簡素な部屋にもしっくりと合った。
牛島は今日もその姿見を眺める。いつも通りのシンプルな服装。秋の涼しさが漂い始めたポーランドにはもう半袖ではいられないので、長袖のシャツ。手にはボストンバッグが持たれていた。そこには3泊4日分の着替えが入っていた。
フランスで行われたバレーの世界大会。それに総合3位という輝かしい成績を残した日本代表。その激しい熱戦の後のひと時の羽休め期間をチームから貰えていた。
日本に残る者たちはすぐに日本国内のリーグ戦が始まるらしかったが、ヨーロッパのチームはそんな無粋なことはしない。家族や恋人とゆっくり過ごすことも次の試合への意欲とパワーを養う大切なトレーニング期間だからだ。
「今日も決まってンじゃん?若利くん」
鏡の中にひょっこりと現れたのはその鏡の送り主、天童覚だった。彼はもう既にもこもことしたセーターを着込み、冬の様相かと思われるような上衣なのに反し、下はピッタリとしたヨガパンツのようなものだった。おかげで、天童の足の長さが異様に目立った。そうして、その後ろに小型のキャリーケース。
「天童。いつも思うが、お前は旅行の時の荷物が異様に多くないか?」
「だって。旅行中に新作のアイディア浮かんだらすぐ作りたくなるかもジャン?」
「調理具でも入っているのか?」
「ちょーお気に入りのヤツだけダヨ。これでも厳選してるんだカラ」
どうせ車に乗せっぱなしかクロークとかに預けっぱなしになるんだし邪魔にならナイよぉ。
確かに今回は、レンタカーの鍵をチャラチャラと回す天童の運転での旅だ。ワルシャワから南に下がったクラクフという街に向けて車で旅行しながら途中にあるらしい天然温泉に入るのが目的らしい。チョチョロフスカ渓谷というところでクロッカスを見たいと天童は言っていたが、クロッカスは春の花なのでは?と牛島は密かに疑問に思っていた。
でも、いいのだ。花が見れるか見れないかよりも、天童とのんびりと車で旅行するというその事が牛島には最高の羽休めになるのだから。
「空中戦を頑張ったうちの最強の白鷲くんの羽休めを仰せつかうなんて光栄の極みダネ」
狭いアパルトメントの階段をキャリーケースを抱えて降りながら。天童がポツリと呟く。天童自身だって休暇をまとめて取るのが難しい身だからこそこんな大荷物で出かけるのだろうに。それを厭わない彼はやっぱり。
「天童は俺の唯一無二のマブダチだからな」
グレーの丸いフォルムのレンタカーに荷物を詰める天童の背中にポツリと呟く。振り向いた天童がにやりと笑った。
「あんまり嬉しいこと言わないで。キスしちゃいソーじゃん?」
してもいいのに、いや、すればいいのにと牛島は残念に思う。ポーランドは保守的な国だ。おかげで同性愛者は肩身が狭い。このポーランド旅行中は恋人としてではなく、マブダチとして振舞って旅しなければならないだろう。それでもいいのだ。天童に主導権を預けて決めてもらった羽休めプランなのだから。
「いい旅行になりそうだ」
「当然!俺プレゼンツだかンね!?」
牛島は助手席に、天童が運転席に乗り込めば、旅の始まりだ。
紫色のクロッカスはやっぱり春の花だったので、次の春の旅行まで3泊4日後には決定していた訳だが。