ワンライお題 奪う 虹 キッチン
「若利くん、これなんて如何?」
天童の自宅のアパートメントで、赤毛を刈り上げた彼は鮮やかな手つきでボウルの中のゼラチンを混ぜ合わせる。
その手つきは流石名だたるショコラティエの腕前だった。
ボウルを混ぜていく、彼が立つキッチン台には様々な果物の缶から出されて山盛りにされたもう一つのボウルがある。
その横には大きなドーナツ型のゼリー用の型が鎮座していた。
名前を呼ばれた牛島がリビングからスポーツ新聞を畳み、近付いていくと綺麗に混ざりあった大量のゼラチンが出番を今かと待ちわびていた。
天童は固さを確かめるように使っていた泡立て器を握り、軽く持ち上げて見せる。
ゼラチンはちょうどいい柔らかさでボウルへと滴っていく。
「いー感じ!若利くん、手を洗ってからその果物の山をこのドーナツ型に入れてくれる?交互にとか、色鮮やかに、そう、まるで虹みたくさ!!」
天童の注文は牛島にとって、心躍る作業だったが、彼が使う表現は如何せん詩人じみていた。
彼はパリに居住を構えてから、美的センスを磨きに磨いたようだった。
牛島が知らない曲の鼻歌を歌いながら、天童がゼラチンが入ったボウルを置き、きちんと手を洗った牛島が果物の数々をドーナツ型の円の中に散りばめていく。
その姿を見つつ、ふんふーん♪とあいもわからず牛島がわからない曲をハミングしながら天童はラップを用意し、キッチン台に置く。
「天童、これでいいだろうか」
牛島が見てくれと呼ぶと、不意に遠くを見ていた天童がにんまりとそれはそれは楽しげに口角を緩く上げる。
そちらの方向は小さなベランダの筈だった。
どうしてそんな所を見てるのかと牛島は焦れたように再度呼ぶ。
すると次は天童はちゃんと反応を返してくれた。
「うん、そんなカンジ!じゃ、ゼラチンを流し込んでくよー」
天童はゼラチンが入ったボウルを傾け、ドーナツ型の円にとろりと注ぎ込む。
その様子をまじまじと見る牛島に、天童は小さく肩を揺らして笑う。
「こっちはいーから、ベランダ覗いてみ?」
「ベランダになにかあるのか?」
まあまあ、見てのお楽しみだよとベランダを指し示す彼の言葉に従い、牛島はキッチン台から離れ、ベランダに向かう。
小さなこじんまりとしたベランダにはプランターで育てているキュウリや、トマトが収穫を待ち望んでいた。
「野菜も入れるのか?」
「違う違う、上、見上げてみ?」
天童が言うように体を逸らして空を見てみると、そこには五色のカラーリングをした虹がかかっていた。
ベランダは小づくりでしかもこのアパートメントには周りから見えにくいように複雑な設計で建てられている。
立地条件の良さにより、家賃は少々お高めだが二人で偶に過ごすには十分な広さがあった。
そんなベランダから、ぐうっと体を反らして見上げて見ればそこには綺麗な虹が一部分だが見えている。
片や天童はゼラチンを注ぎ終えたドーナツ型を冷蔵庫に仕舞い込んでいた。
「どうしてその位置から虹がわかったんだ?」
牛島の疑問も正にで、なにせ天童はベランダには近づいてはいない。
では、何故か。
天童はナイショと、しーと人差し指を口の前に立てて、カラクリを教える気は無いようだ。
牛島は少しムッとしてベランダから室内へと身体を翻すと、キッチン台に身を凭れかけている、時代を経ても己を魅了する彼の唇を奪っていた。
『虹の下、君と二人で』
了。