満月の夜には兎が跳ねるという。
でもそれは日本だけの話だ。
八月最後の日、二回目の満月なんだってと告げた男は声に含みを持たせたように言う。
『そんなロマンチックなスーパムーンを二人で見たいなあ、なんて。どうかな、若利くん』
「ああ、一緒にと言うのは会えるのか?」
『それがちょっとバタバタしててね、だからLINE通話でもしない?今みたいにさ。』
丁度最後の日は明日だ。
カレンダーで確認し、了承を告げると嬉しそうに電話口の声が跳ねた。
八月最後の日、二回目のスーパームーン。
昔天童が言っていた。
満月の夜を兎に見立てたのは日本とあと一つの国だけで、他の国では兎ではなかったりするんだってと、その時も満月の下、部活から寮への帰り道にそう言っていたのを思い出す。
その時は皆で騒いで、寮長に怒られもしたものだ。
一番怒られた天童はしおらしくもしていなかったが。
懐かしい日々を思い出し、牛島は卒業アルバムを開く。
懐かしい彼らや母校が写っていた。
その楽しげな写真の隣にはいつも天童がそこにはいた。
写真を指先でなぞる。
不意に湧き上がるこの思いは郷愁なんだろうか。
胸を切なく締め付け、飽きるまで天童を見つめ続けた。
ああ、天童に会いたい。会えばこの感覚の正体もわかるんだろうか。
最後のスーパームーンの日は晴天。秋に近づいた空気が夏の暑さも多少はらんで漂っていた。
寮の窓を開け、天童を呼び出す。
コール音は殆ど鳴らずに通話に出た彼の第一声は、月には魔力があってね、悪魔とかも魅入られたんだってと時勢の挨拶すらもないものだった。
その唐突さが彼らしくもある。
「悪魔」
『そう、悪魔。日本には馴染みはないけど、ヨーロッパは悪魔信仰もあった国があるからね、よほど馴染み深かったんだよ。ところで今日の満月は一際綺麗だねえ』
そう思わない?と天童が通話口で甘く囁く。
それは天童と見ているからだ、と牛島は思った。
「確か授業で習ったな、月が綺麗ですねはアイラブユーだと」
『夏目漱石だねえ。なら若利くんはどうかえすの?』
ふふっと耳元で囁かれる甘い言葉。
牛島は返答の一つを思い出して返した。
「貴方とならば死んでもいいわ。……だが、天童に死なれても俺が死んでも困る。だから、言い直そう。また二人で月を見よう、その時は隣で」
言い切った時、牛島の脈は早くなり鼓動が跳ねた。
天童からの返事はない。
それが牛島を焦らせ、駆り立てる。
間違ったことを言っただろうか。
「……天童?」
『……それは、睦言みたいだねえ。ねえ、期待しても良いの?』
「期待」
『若利くんは多分まだよく分かってないんだよね?
なら次に会った時、そうだな、また次の満月の日でいいか。……答え合わせしよ?』
天童は答え合わせという。だが牛島には今のこの気持ちが分からない。
切なく、声を聞くだけで今すぐ会いたくなるこの気持ちが。
胸に甘い締めつけをもたらせ、鼓動が早くなるこの現象が。
―――なるほど、答え合わせまでにこの気持ちの正体を知ればいいのか。
不意に牛島はそう確信に至り、そのまま口にしていた。
『そうだね。見つけられたら会ってあげる。見つからなかったらまた電話だけしてあげる。それでどう?』
天童は優しい声音で言うが内容はどこまでも挑戦的だった。
ネット越しに煽られてるような、身の奮い立つあの感覚は牛島を駆り立てる。
「ああ、望むところだ」
『じゃあ、そうゆうことで。またね、若利くん。益々の活躍を期待してるよ』
そう天童は告げて、通話は切れた。
牛島は窓から見える満月を睨む。
絶対に次の満月までに己のこの気持ちを知って、彼に、天童に突きつけてやろう。
参ったと、言わせてやる。
牛島は気分が高揚したまま、ずっと部屋から満月を眺めていた。
一方、天童も満月を眺めていた。
そして呟く。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみなよ、若利くん」
そう言って、赤毛の彼は晴れやかに笑って窓を閉めた。
決戦は、満月の夜。
了