※都合上、炭治郎視点です
今日は月に2度あるお泊りデーである。
細かいことは気にしないでほしい。
学校の先生である以前に幼馴染、もう少しいえば将来を誓いあった仲なのでお互いの家族も了承済み。
…一線は越えません!!と宣言したのは俺の方だったけれど、その時真横ですごい顔をされた義勇さんの顔は見れなかった。必死過ぎて、見ていなかっただけだけど。
交際は順調だし、特に変わりもなく今日も元気に「おじゃましまーす」とピンポンも鳴らさず上がり込んだし、やはり寝コケたままの義勇さんの寝顔を堪能してから貯まっていた洗濯物を洗濯機へ放り込んで俺の休日が始まった。
「おはよう」
のそりと寝室から這い出てきた義勇さんは、ごめんと付け加えながらシンクに向かう俺の背に懐いてくれる。
お疲れだから仕方ないし、それでもお天道様は待ってくれないのだから二人でたくさん時間を共有するためにも起こさず家事をしてしまうのは仕方ない。
「朝、スーパーに寄り道してこなかったので後で買い出し行きましょうか」
まだ冷蔵庫の中身は改めていないけれど、経験則上きっとろくなものは入っていないだろう。
そう思って声をかければ、背中に擦り付けるよう頭を擦り付けてううんと言い出した。
「昨日、姉さんが色々…持ってきた気がする」
気がするとは。
確かに、リビングにはどこかのお土産っぽい紙袋とお菓子かなにかが入っていてなにかと思っていたけれど。
「蔦子さん、どこか旅行にでも行ってきたんですか?」
もういい大人なんだから、と蔦子さんが家に来るのを義勇さんが押し留めてから何年か経つ。
その間、何度か来た理由は直売野菜のおすそ分け、旅行のお土産…たまにお会いできれば「炭治郎くんがいるからって甘えちゃってごめんね」なんて言われてしまうけれど、義勇さんだってちゃんと自分で自炊以外はそれなりにしているのだから心配して顔を見に来る必要はないと思う。
おすそ分けが入っているのか、と野菜室から順に開けていった冷蔵庫は思ったより静まっていたのでやはり買い出しには行きたいと思った。
その間、蔦子さんが来た理由も聞けないままに気づけば義勇さんは朝のお支度を終えたようで、お湯を落とすコーヒーメーカーの前でまだゆらゆらと尻尾を揺らしながら結いていた。
…こうやって、鏡を使わずに結くから爆発するんだろうなとちらりと思ったけれど黙っておく。
「今日はパンを買いに、おすそ分け持ってくって言ってた」
蔦子さんが来店されるということだろうか。
「ありがとうございます!」
そんなに遠くへ嫁がれたわけではないけれど、近所のパン屋さんという距離でもなくなってしまい蔦子さんは時々大量にパンを買いに来て下さる。
きょうは学校も休みだから、きっと弟妹がわらわらとおすすめを声かけて行くことだろうと店の方にありがたい気持ちだけ飛ばしておく。
「ごめん、牛乳取ってくれるか」
コーヒーに牛乳を入れるのは俺だから、ごめんと言わずにいいのにと思いながらこちらもまた「ありがとうございます」と声を掛けて手渡した。
ぬるくなったカフェオレと、湯気の揺れたホットコーヒーを囲んで今日は買い出しデートと何をしようか話しているだけですぐお昼になってしまった。
昼も、夜も、特段変わりなく過ぎていく。
一緒にお風呂に入って、すこぉしだけ濃さの違う触れ合いをして、ベッドへ潜り込んだ。
夏場とはいえ、エアコンを送風に変えたばかりで涼しい部屋は抱きしめあっても汗もかかない適温で助かる。
「夏場でもぎゅうってできるの、良いですね」
エアコンを付けずに寝る我が家は、すぐ汗だくになる六太の頭の下のタオルを取り替えてから寝るのが習慣になるほどだから、たまのお泊りはすごく特別な気がしてしまう。
「エアコンの適温から一度下げたの、バレたか」
むむ、と声を上げる義勇さんはいつも以上に部屋を冷やしてくれたみたいだ。
「それは気づけませんで」
特に気にすることなく、スリスリと胸に頭を擦り付けて寝の体制に入る。
「だからもう少し、触ってもいいだろうか」
こんなに引っ付いているのに、もう触るところなんてないんじゃなかろうか。
思うままに口に出せば、ものすごい熱いため息が降ってくる。
「誰だ、卒業まで一線超えないだなんて勝手に宣言したやつは」
俺が宣言しなくても義勇さんが宣言してただろうに、こうやってお泊りの度にぶつくさ言ってくる。
「なんとも大人げない」
将来的には結婚します!と叫んだその場で、特に止めもせず肯定したのだから二言はない方向でお願いしたい。
「大人気なくて結構。言っておくが高3の夏休みには覚えてろよ」
まだ2年も先の話、何があるのか思いつかないけれど、義勇さんは本当に嫌なことはしないから楽しみに待ってようと思う。
「はーい」
そのまま、おやすみなさーいと声をかけて枕と首の隙間に入れてもらった腕をスリスリ触りながらうとうとする贅沢な寝入りを堪能した。
「早く卒業してもらえないものか」
ぽつりと零された文句は誰にも拾ってもらえなかったんだと思う。
朝。
一度、日の出と共に目が開いた時にはまた知らない間にお借りした腕枕から背伸びをして枕に頭を落ち着けた。
寝相は悪い方ではないと思うのだけれど、毎度枕から頭が落ちてるのは高さが合わないからだろうか。
はて、と思いながらも今日は早起きしないで良い日だからと二度寝に入る。
もぞもぞ動かれたせいか、眉根を寄せた義勇さんが更に抱き込んでくるのを、次に起きた時ようにとこっそりタオルケットを間に挟んで、少しだけ距離を取る。
暖かさの移ったタオルケットは身代わりの術に持って来いのようでそのまま一緒に抱き込まれた。
次に目を開けたときには、随分と日が高くなって室温も上がっている事に気がついた。
「…あつい」
同じことを思ったようで、義勇さんが伸び上がって空調のスイッチを探すように手を右へ左へぽんぽん、ぽんぽんヘッドボードを撫でている。
「エアコンの前に、掃除機掛けたいです」
窓を開けて、ホコリを追い出して。
言外に伝えれば、今日始めて合った瞳に自分だけが映るのが見えた。
「わかった、おはよう」
不本意が少し了承の声に乗っていたけれど、これからまた2週間はお泊りできないのだから仕方がない。
「おはようございます!」
ガバリと体を起こした拍子にズレた義勇さんの手が、お尻を撫で回してきたので「セクハラですよー!」とぺちんとはたいて今日も元気にベッドから足をおろした。
「あと2年は、長いな…」
ぽつりと零された文句は誰にも拾ってもらえなかったんだと思う。
先に洗面所をお借りして、共用の洗顔フォームでばしゃりと顔を洗う。
びしょびしょにしてしまった洗面台と、前髪をタオルで拭いて洗濯機へと放り込む。
すぐに義勇さんが来たので、置きっぱなしにしている歯ブラシセットに手を伸ばしでしゃこ…と磨き始めたまではいつもと同じ光景だった。
少し横に避けていれば、まだ髪も結わえていない義勇さんがのそりと鏡に映る。
収納台になっている鏡を開いて、きっと髪ゴムかヘアバンドでも取るのだろう。
いつもと変わらない、と高をくくって昨日の汚れ物を洗濯機へと追加して最後に洗剤を投入してあとは最後に二人で使うタオルを放り込めばスタートするだけ。
そう思って洗面台にまた顔を向けた所、いつもと全く違う光景が広がっていた。
頭に、何かが鎮座している。
いや、鎮座っていうかなんか…
「見守られてません?」
とても、覗き込まれている。
バシャバシャと泡を落としている最中の義勇さんの耳には届かないのか…返事もなくそのさまを口の中の泡が顎に伝う不快さを感じたけれど、それどころでもなくじっと眺めている。
ばしゃ、ばしゃと顔が水を被る度に響く水音ともにふいん、ふぉいんとその『見守るなにか』が頷くように前後に揺れ動く。
そうそう、泡取れてきたよ。
耳のそば、まだ取れてないみたい。
うんうん、だいぶ泡なくなってきたね。
そんな声が聞こえてくるようだ。
そいつの持つものは、洗顔とは程遠く…そいつの朝飯なのだろうか。おやつなのだろうか。
一緒に揺れ動く「おやつ」も一緒にスインスインと動くものだから、義勇さんに刺さってるんじゃないかとさえ思えてくる。
「ぎうーさん」
口の中に歯ブラシを収めたまま、もう一度声をかけてみる。
「ん?」
最後に両手で水を拭ったその勢いで、ぐりんと向き直った義勇さんとは目が合わず、うっかりその頭上にいるそいつと目が合ってしまった。
だって、そいつも一緒にこちらを向くものだから。
可愛らしいうさぎと、目が合ってしまった。
明らかに刺さってますね、義勇さんに。人参が。
真っ黒なつぶらな瞳と目が合ったままなんとも、無言が続いてしまう。
「ボリュームすごいな」
これな、と指をさす義勇さんは人参を指さしていますが違うそうじゃない。
「それ、どうしたんですか?」
早く口を濯ぎたいのだけど、未だに目が合ったままのうさぎの出処が気になって仕方がない。
「ねえさんの、お土産」
昨日の。
なんでもない風に伝えてくる義勇さんは、もう顔をタオルで拭いてスッキリした顔をしているが俺は全くスッキリしない。
「いつもの、ヘアバンドは」
確か、いつも紺色のバンドをしていた気がする。
「あれもねえさんのお下がりで年季が入っていたから、って」
入れ替えされたそうだが、なぜ人参刺さるうさぎをチョイスしたのだろう。
「くまだったら切り株だったらしいぞ」
人参が気になってるのがバレていたらしい、いやくまがドヤ顔で頷かれても困るのだけど。
「たぬきはなかったんだって」
いえ、たぬきは結構です。
「お揃いじゃないのが残念だ」
そう言って取り出してきたパンダのヘアバンドに撃沈したのは、言うまでもなかった。
今回のお泊りでの収穫は、とても可愛いヘアバンドをして顔を赤らめて写真に収まる炭治郎だった。
お土産ありがとう、と改めてメッセージを送る義勇の横で「お婿に行けない」と突っ伏す炭治郎もついでに携帯に収めた義勇は定期的にお土産をねだるようになったこと、炭治郎は知らない。