炭治郎が、発熱した。
末の六太が体調を崩した竈門家は、主に看病を務めた母の葵枝を皮切りに、年齢の順に発熱が続いた。
夏休みに入ったばかりの8月初旬、流行り病か夏風邪か、随分と混んでいる病院に行くまでも一苦労だったが長男長女が良く切り盛りし、店の営業は特に変わった所も見当たらなかった。
異変に気づいたのは、毎日通い詰めてくれる体育教師だった。
「…水分、足りてるか?」
いつものセットに、いくつか余り物をまとめた袋を千円です!と元気にお会計を始めたつもりだったけれど、その空元気はすぐに見破られてしまったようだ。
「え、ちゃんと飲んでますよ?」
ほら、とレジの下から学校にも持参している水筒を引っ張り出して見せる。
ちゃぷ、と響いた音は随分と水位の低さを知らせたがそれにしては少し、義勇は気になった目元にそろりと親指を這わせた。
空調の効いた室内で、汗が引いたのは義勇の方だったのに炭治郎の頬が変にしっとりしていて逆に心配が募る。
「今日の昼飯は?」
いつもなら、義勇さんパンばかりじゃ駄目ですよ!だなんて小言と言われる側だというのに、こんな時ばかり目敏い義勇に隠し事は難しい。
「なんか…ご飯と、きゅうりのお漬物と…何か、つまみました」
正直覚えてなくて、パンの焼き上がりや買い出しは竹雄や花子に、家の事はだいたい禰豆子に回してもらった気がする。
パンしか焼けないのか、と思う気持ちとあれやこれやお願いするだけで精一杯だった炭治郎はお昼御飯の献立も覚えてないし、これからかっ込むだろう夕飯も聞いた気がするけれど献立を覚えていない。
そんな焦りを接客に載せてはいけない、と注意していたつもりだったけれど相手が悪かった。
あと10分もすれば閉店作業、そのタイミングでこの顔を拝んでしまえば気の緩みも出てしまったみたいだ。
「誰か、体調でも崩したか?禰豆子か?」
首を少し逆に傾げて、店の奥を覗き込む仕草で家のことを心配してくれる。
ただの幼馴染と言い切れない感情を持っているけれど、そこまで甘えて良いのか逡巡してしまう。
「禰豆子は、ひとまず元気です」
このパターンなら、きっと下の子達が落ち着いた頃に禰豆子が先か、自分が先か寝込む気がする。
母もそれが見えているのか、短期決戦のつもりで炭治郎たちを戦力にしてくれているのがわかるのだけれど、この暑さと、寒暖差と…つい食欲のなさに適当にしたご飯が見破られるくらいでは、まだまだ自分は未熟だなあと炭治郎はこっそりため息を付いた。
「そうか、何か手伝えることはあるか?」
夏休みというのに毎朝汗だくで登校して、授業もないのにこんな遅くまで仕事をしている人こそ休んでほしい。
きっとその言葉は今ほど届かない事はないのだろうけれど。
「今のところ、いつもと同じパターンだと思うので…大丈夫です」
方や夏休みを満喫できる高校生、どちらのほうが時間に融通がきくと思っているのか。
そう思えば、頼る言葉も見つけられなかっt。
「そうか」
一言そういって引き下がった義勇は、その日から朝と晩、パンを買いに来ているのにポカリや塩気のある煎餅や飴など、あれやこれやと差し入れていた。
それから、2週間。
いわゆる、お盆という期間である。
どこもかしこもお盆休み、病院ですら大概休みを入れるほど。
義勇の勤め先である学校も、公立の閉庁に合わせてお盆休みを取り入れている。
そんなときほど、はしゃぐ輩もいるから夜回りは当番制で行っているが、それでも日中の休みというのは貴重だ。
同僚は、家族旅行に出かけると聞いた。
他の同僚は、髪を切ろうか染めようか、などとはしゃいでいた。
アチラコチラ、浮ついた空気の中で一人朝から小さなエコバッグを片手にウロウロと…本当に、ウロウロと。
知らない人が見れば不審者扱いこの上ない、営業前の店先であっちへウロウロ、こっちへウロウロする成人男性の姿があった。
いつものジャージではなく、白地のジャケットにジーンズという出で立ちで、余計に誰かも分からない。
カランと音を立てたドアベルと共に顔を上げた葵枝と目が合った義勇は、あからさまにホッと息を吐いた。
「あら義勇くん」
おはよう、と声をかけながら駆け寄る葵枝に軽く会釈をした義勇は、今更ながら服の皺を伸ばすような仕草をする。
「ずっとありがとうね、なんだか色々と気にかけてくれたみたいで」
義勇からの差し入れだ、と炭治郎から、時には他の子供たちから受け取ったものを思い出してお礼を口にしたが、逆に義勇が慌ててしまった。
「いや、特に、俺は」
何もしていない、です…と言葉少なに謙遜する義勇は心ここにあらずといったようだ。
「炭治郎ね、とうとう寝込んじゃって」
やはり、と思ったが口にするのは憚られた。
「お盆の時期でしょう?」
六太から始まった発熱は流行り病のものではない、と分かっているからと救急にも休日診療の病院にも行かず自室でとにかく寝込んでいるらしい。
「いつもの病院でなくても連れて行くわよ、と言っても聞かなくて」
炭治郎らしい、とつい思ったけれどそれも口にするのはやめておいた。
そんな無理をさせるのは親心にも不本意だろうと思えば、あくまで他人の自分に何ができるだろうと閉口してしまう。
「俺が連れて行くと言っても、聞かなそうですね」
そうね、と苦笑が返ってきたので考えついたのは二人とも同じだったのだろう。
「義勇くん、昨日からそうやって悩んでくれてたの?」
その一言に、んぐと喉から変な音が出た義勇は水を貰いがてら自宅の方へと案内された。
昨日の朝、時間を明けて昼、日の暮れた夕方…何度も店を覗き込んだのはバレていたらしい。
いつもなら匂いで気づかれるのか、休みの日に入店を躊躇していると引っ張り込んでくれる炭治郎が見当たらなかった。
昨日からもう、店に出れなかったのだろう。
そこでどう声をかけたものか、思い浮かばなくていつしか炭治郎から受け取ったエコバッグを自宅の玄関へ掛けておいた。
今日は差し入れを入れる袋がなくて、いつもより小さなエコバッグには喉に良いと聞いたからマシュマロやグミの小袋をいくつも仕入れてきた。
暑さ増す夏の朝に、溶けそうなお菓子を持ってウロウロする成人男性…と思えば、通報されなくてよかったとこっそりホッとしたのは先程のこと。
竈門家の自宅で水を頂いて、今日の差し入れですと外に遊びに行くにも躊躇しそうな暑さを前に弟妹たちの差し入れにもなればとお菓子を詰め込んだエコバッグを机にデンと置いた義勇に「あらあら、頑張って熱を下げたご褒美が過ぎるわね」と葵枝は母の顔で諌めながら受け取った。
「炭治郎」
とんとん、と襖を叩いて声をかければ中から控えめな唸り声が響いてくる。
「義勇くんがね、今日も差し入れくれたから…ここ、開けていいかしら」
はぁい、と間延びした声はここ最近とんと聞いた覚えがないぼんやりとした声だった。
義勇は、ニコリと笑顔で襖を開けた葵枝に会釈して無言で枕元へとしゃがみ込む。
「ぎゆーさん、きょうも、きてくれたの?」
こめかみにギュウギュウと氷枕を当てている炭治郎は、背を向けたまま話しかけてくる。
「ん」
喉だけで返事をしたが聞こえてないのだろう、そのままぼんやりとした声で炭治郎は続ける。
「あーあ、きょうは会いたかったなあ」
熱っぽい声で、そんな切ない声をあげないでほしい。
見舞いに来たのになんて不埒な、と義勇は頭を一振りして炭治郎の額でカピカピに乾いた冷えピタの端に手をやった。
「かーさん、おてて、冷たいねえ」
まだ母ではないこと気づいていない炭治郎は、加えられた冷たさにうっとりとした声を漏らす。
仕方ないことなのに、むっとなりつい勢い任せにパリパリの冷えピタをベリッと音がなる勢いで剥がせば、やっと赤い瞳とかち合えた。
「ったいよ!」
痛さにびっくり。母でないことにびっくり。ジャージでないことにびっくり。
どれにびっくりしたかは、炭治郎でさえも定かでない。
「あれ…?おかあさんは?」
今までいたはずの母を問うてみたが、ぬるい額を撫でる冷たさは先程から熱さを吸ってぬるくなり始めた指先に答えがあるようだった。
「ぎゆうさん、いつからいたの?」
いつもより幼い言い方は、熱のためか、混乱か。
何れにせよ、いつもと違う緩んだ表情に、上気した頬に、潤む瞳に、今度は義勇がたじろいだ。
ごくり、とつばを飲んだ音が部屋に大きく響いた気がする。
「さっき、葵枝さんに襖開けてもらってから」
撫で続けた額に、その端にある痣まで手のひら全てを使って覆えば、硬かった冷えピタよりは気持ちいいのだろう。
目を閉じる炭治郎に他意はない、多分ない。ないはずだから首を振って幼馴染のお兄さんを頑張って引き戻す。
「替えの冷えピタ、どこにある?」
そう声をかければ、とろんとした瞳をこじ開けて「おくすりのよこ」と返ってくるので看病に専念したかった。
新しい冷たさに、またうっとりと目を細めた炭治郎の首裏に手をやれば氷枕が届いてなかったようで随分と熱がこもっている。
「今、何度だ?」
冷やしなさい、と首裏に位置を変えて上を向かせればうーんと襖を開ける前と同じ唸り声が返る。
家族は軒並み、2,3日後に解熱したというから今測る気も出ないのだろう。
随分と熱い感触にため息を付いて、首まで改めて布団を引き上げてやる。
「早く、元気になってくれ」
朝、元気な声で出迎えてもらえないと活力がわかない。
とろりとした瞳も、態度も珍しくて魅入ってしまうが辛さの上に見たい仕草ではない。
違う理由で融かしたいから、今は早く元気になって欲しい。
「明日もまた来るから、ここで待ってて」
すり、と撫でた頬は先日よりも色味を帯びているが少し弾力に欠けている気はする。
明日、と聞いて帰ると思ったのだろう。
「また明日ね」と呟いてそのまま寝直した炭治郎は知らない。
戻りきらなかったろう食欲は、後で義勇の手ずから口元に運ばれる雑炊で戻す入り口になることを。
沢山差し入れたお菓子を、あれでもない、これでもないと弟妹と囲んで吟味する想い人の背を見ながら別の意味に熱を上げる頬をこれでもかと氷枕に押し付ける時間が来ることを。
そうやって、半月も心配かけた詫びをしろとお盆の暮れの祭りに連れ出されることを。
心配しすぎて、もううちの子になればいいのにと葵枝に笑われて顔を真赤にする想い人が見られることを。
おし!まい!!
ーーー
なんか最後かけあしだったけど、おし!まい!!
多分ながら作業だと信じてる…そんなわけで、毎回1時間で2000文字が目安。
誤字脱字確認して、そのうちどっかに投げますー!