「『イチジク』ってなんですか……?」
「正式名称、市場治安維持局。ここ数年で、麻薬やら人身売買やらの違法ビジネスの連中が表沙汰になることが増えただろ。だからそれを規制するための機関だ。おれたちは巻き込まれという形だけどな」
「つってもロクに規制できた試しがないんだけどなァ」
「要するに無能集団ってことだ。なあ、兄さん」
「まあそういうことだね。使えない割に声が大きいのが厄介なところだけど」
「今度は迎え入れるのですね。彼ら、変にやりすごすより叩く方が早いと思いますが」
柿沢をはじめとして温厚で争いごとに首を突っ込むことのない瓜谷さえも苦言を呈しているのだから相当だ。桃山は携帯で維持局について検索をかけてみる。真新しくも簡素なページのドメインはしっかり政府機関の二文字だ。エンジニアの目で見てしまうところはと言えばセキュリティだが、やはり頑丈なものであることは間違いなかった。内容としては栗形の説明にあったとおりで、公正取引委員会の下部組織として行政機関のなかでは比較的最近に設立したようだ。
「ほ、他にも巻き込まれているところはあるんですか?」
「桃クンが知ってるところだと『へんごく』さんとかかなァ」
「! 捜査って、」
「調べたけど、あっちにも近いうちに入るらしいね。麗くん、常連さんなのかな」
「い、いえ。その、|毘舎闍ビシャジャさまに、ぜひ来店してくれと言われたので……」
「いいね、デートの取り付けを自分の店でやるあたり彼っぽいけど」
「デ、っ!?」
「兄さん、あんま揶揄ってやるんじゃないよ。安心しな桃山、あの食狂いの連中を攻略するのはどだい無理な話だよ」
「……でも、政府の機関なんですよね」
桃山はやはり憂いが拭えないままだが、他の芸術家たちはケロッとした顔だ。梅園に至っては手を叩くほど笑っていた。
「桃山、安心しろ!発足したのは十年くらい前だが、連中が成果をあげたことは一度だってありゃしねぇ」
「そ、そうなんですか?」
梅園が柿沢を呼びつける。それを既に予想していたのか、柿沢は数枚の紙を渡してきた。名簿となっているそれは『ギャラリー』に属するアーティストたちの作品を買った顧客のなかでも特に繰り返し作品を購入する、いわばお得意様のものだ。その中には桃山がニュースで聞いたことのあるような要人であったり芸能人の名前も見受けられた。桃山は自分の作品を購入した客がどのような人間かについて興味を抱いたことはないし、同じ世代の芸術家である栗形の客層は個人より駅前の都市開発系や建築系の企業であることが多い。こういう形で『ギャラリー』が特別な場所であると認識した桃山はちょっぴり恐縮してしまい、恐る恐る名簿を返してしまった。
「見たらわかると思うけど、この『ギャラリー』を利用される方々はいわゆるVIPの人が多いんだ。僕のようなパトロンもあちこちに働きかけてるからね」
「根本的な話なのだが、政府の連中はそのイチジクとやらの設立を止めなかったのか?」
毬谷に対しての葡萄の疑問は正しいもので、桃山も同意するように頷く。仮にイチジクの人々が政府要人もグルになって非合法のビジネスや冒涜的な芸術を支援しているとなったら糾弾されるのは彼らが先だ。揉み消すにしても世間に揉み消されたという体感は残るはずで。
「楽しんでいるんですよ、彼らは。若い人たちが徒労に足掻く様子を」
それに返答したのは毬谷ではなく瓜谷だ。珍しく苦い顔をしている彼は、聞くところによると顧客が天下りで食いつないでいる連中ばかりであるせいでその代表格である政府連中にろくな印象を抱いていないとのことらしい。眉間にシワを寄せたまま彼は続ける。
「私としては彼らの政治家としてのやり方には気に入らない点が多いですね。まあ、顧客ではありますので無下にもできないわけですが」
「実際うぜぇんだよ、何もできないくせに噛みつくだけの体力はある」
「まずフロント企業として出版社を騙ってるのに調べたらすぐ偽物だってわかるあたり、お里が知れてるって感じィ。情報戦から負けてんのサ」
「正直叩いてもいいんだけど、前回の処理があまりにも無理やりすぎた。……ね、蹄」
「……その、うん。ごめん」
毬谷は笑顔を栗形に向ける。しかしこの笑顔がただ自然な表情として作られていた先ほどのものとは違い、若干の怒気を含んだものであることは人の顔色を伺うことに長けた桃山はすぐわかる。栗形の表情は変わらないものの、視線や語調などから感情表現の出力が無意識のうちに多くなっているようだとも感じた。栗形の、本当の意味での身内との会話の様子はなんだか不思議な気持ちにさせられた。
「正直あれはぼくの過失でもあります。彼に頼ったところも多かったので、あまり責めないでください」
「なら肇も入れて両成敗かな。いくらなんでもいきなり五人も消すのはやりすぎた。隠蔽は完璧だったとはいえ、まさかオーナーの代替わりをピンポイントで狙ってくる賢さがあるなんて思ってなかっただろうしね」
「勘弁してくれよ兄さん、あんたのこと怒らせたら太陽の下歩けなくなる」
別に毬谷を怒らせなくても彼女らはすでに陽のあるところを歩けない立場であるはずなのだが、狂人らにそんな理屈がわかるはずもない。この空間に正気をずっと保ちながら会話できる人間はひとりだっていないことを忘れてはいけない。
「デモッテ、歓迎するっていうなら証拠は消さないといけないダロウ」
「そうだなァ。ぼくもセーフハウスに私物片付けないと」
「声かけなきゃいけないのは、高梨さんと|山椒ハジカミさんだったか」
「それは蹄さんと膠さんに任せましょうか。私は肇さんとイチジクの動向の調査をしましょう。昴さんと麗さんはどうしますか?」
「わ、私は……その、葡萄さん、は、どうします?」
「ワタシは特に出来ることもない。カフェスペースここのセッティングでもしたらあとは自宅に引っ込むつもりだ」
「そうだね、昴くんはそれがいい。ただでさえ君はICPOにマークされている可能性も浮上しているから、下手に動かないでもらえると嬉しい」
皆の役割が次々と決まっていく。桃山はどんどん焦燥に爪先が焦がされる気分に駆られながら思考を巡らせた。それもただ自分が役に立たないかもしれないという事態だけではない。この共同作業に力を貸そうものなら、何か大事なものが見えなくなるのではないかということだ。
だが、今回の件に何か問題があったのだとしたら。真っ先に被害が及ぶのは栗形だ。インタビューを受けることは囮になるという話であるし、前回『イチジク』とやらがやってきた時に荒々しいやり方で解決してしまったせいで目をつけられている可能性は大いにあるとのことだった。
……それは、嫌だった。桃山の未成熟な精神はそれに理由をつけることは出来なかったが、そんな精神でも強く強く嫌だと思わされた。加担する理由は、それだけでよかった。
「……え、えっと。その調査の方に、お手伝いさせていただけますか。私、エンジニアとしての知識も多少はあるので、瓜谷さまと梅園さまのお手伝いができるかと」
「決まりだな」
「ありがとうございます。私どもは機械に強くないものですから、百人力ですね」
芸術家たちは一斉に動き出す。自らの居場所を守るために、貪欲な正義の獣たちに食いつくされないために。
[newpage]
ギャラリーのカフェスペース。いつも置いてあるソファーは横に片付け、テーブルセットだけになっている。怪しい挙動をしないか確認しやすいように。新しいグラスに緑茶を注いでテーブルに置けば、スーツ姿のインタビュアーは「ありがとうございます」と柿沢に頭を下げた。そのあと、改めて栗形に向き直る。
ショートヘアーの細身の女と体格のがっちりした男。彼らはそれぞれ|富士原フジワラ、|鷹蔵タカクラと名乗った。名刺を受け取り、栗形も同じように名刺を出す。名刺の背景に透かしでいれている彫像は柿沢が撮影したものだ。
「本日はインタビューを受けてくださりありがとうございます」
「いえ」
「オーナー様も、ギャラリーを貸し切りにしてくださりありがとうございます」
「いえいえ。元々閉館日ですからお気にしないでください」
「そうだったんですね。ありがたい限りです。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「それでは録音のほう始めさせていただきます」
「すみません、こちらも録音してよろしいでしょうか」
「はい、結構ですよ」
柿沢はテーブルセットの横にある普段一人席として使うサイドテーブルに録音機器を置く。もちろんテーブルにびたっとついている位置なんてことはない。手を伸ばそうものならすぐに挙動がわかるところ、全員に見えるように置いてある。
インタビュアーは二人。一人は実際にインタビューを進行する人間。もう一人はその後雑誌のページを彩るためのカメラマン。柿沢は内心このカメラマンに冷笑をおくっていた。
(カメラ選びが下手くそすぎる。三脚もない、あの型番ならセンサーサイズはフォーサーズ。インタビューならフルサイズだろ、普通。偽物やるならもっとちゃんとやらないとダメじゃないの)
そう。今この『ギャラリー』は、インタビュアーを装った|市場治安維持局イチジクの職員を歓迎しているところであった。
祥鳳社、アート系雑誌『ヘッジホッグ』、特集として本人や作品群の写真も入れたインタビューを組む。字面だけで見ればなるほどそれっぽい。しかしそれが作戦で使うダミーのものであることは、とっくの昔に調査済みだ。しかし可愛らしいもので、彼らは桃山がやったアカウント乗っ取りによる情報の抜き取りに気付くこともなく完全になりきって話しかけている。横で見ている柿沢からすればおままごとみたいな話で、ふきだすどころか肩を震わせることさえ許されないのだから大変だ。柿沢もこの時ばかりは栗形の電紋によって引き攣った鉄面皮を羨んだ。元々演技が得意ではないタイプなだけあって、余計につらい。こうなるなら梅園か瓜谷に代わってもらうべきだったか、と若干の後悔もある。しかしそんなことを嘆いてもインタビューと題したおままごとは始まってしまった以上断れない。彼らは大真面目にタブレットでインタビューもとい潜入調査を始めた。律儀に質問内容を事前に送ってきたものだから、こちらも律儀に体裁と建前と嘘を並べる。
「改めまして、本日はインタビューへのご協力ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「各地の観光スポットや開発地区に設置されているとのことですが、栗形様ご自身が代表作だと考えるものはなんでしょうか」
「やはり三年前の都内――区にオープンした『立体の博物館』に置かせていただいてます『とんでいこう』が不肖ながら全国に名前を知っていただくきっかけになったかと。未だに来場者様からのアンケートで最も印象深い作品であるとコメントをいただきます」
本当である。『ギャラリー』での積み重ねが元ある才能と相まって爆発し、ぜひこちらで展示をと声をかけられた作品は当初アーティストらやテレビの評論家の間では相当な切れ者の一作であるといわれたことは彼らの記憶に新しい。解剖を経た作風が確立して以来の最高傑作となっており、そこから彼は未だに絶頂期であり続ける。『ギャラリー』のなかでもその勢いは凄まじいものとして扱われており、身内ノリで毎年開かれている売り上げのペナントレースで立体作品を創る者のなかでは上位に食い込んでいる。余談ではあるが、柿沢が『ギャラリー』に入った手前くらいから始まったこのペナントレースの過去最高記録は、瓜谷が家族の骨を混ぜて作った作品の三億四千万である。閑話休題。
「なるほど。栗形様というと主に男性を彫り出しており、女性を彫ることは稀であるとお伺いしますが、何か理由でも?」
「……私が彫刻で一番こだわりたいところは躍動感や筋肉の克明であることにあります。私のなかで一番それを表現するためには男性が最もいいんです。鷹岡さんのような方はよく彫りたいな、と思いますね」
「あ、ありがとうございます」
カメラマン――のふりをした男――の鷹岡は突然会話が自分に向いたことで少し呼吸がずれながらも頭を下げた。
建前である。彼の作風やこだわりたいところに違いはないが、インタビュアーの二人がその過程で彼が人を切り開いて本当に筋肉を直に見ているなどと知ることはない。鷹岡への言葉はもちろん「作品のためにあなたの皮膚を剥いでその下を見たいです」というメッセージであったのだが、これも当人が知ることはない。
「基本的にはこちらのギャラリーさんに作品を置いているとのことですが、ここではどのような縁で?」
「叔父からです。活動家の毬谷懸に紹介していただきました」
本当である。のだが、彼らの表情が一瞬変わった。こればかりは彼らも警戒しなくてはいけないと思ったのだろう。梅園が過去に語っていた『怒らせると表を歩けなくなる』といった言葉はあながち間違いではなく、社会生活に苦労させられる羽目になるというのだから恐ろしい話だ。
そんな様子で十問ほど話を続け、インタビューの前半部分が終わる。休憩となった栗形は一旦キッチン部分に下がり、水を飲んで息をついた。キッチン部分で飲み終わった水のペットボトルを閉めているのは、万が一の時に供えて待機している瓜谷と毬谷だ。
「お疲れ、蹄。笑いを堪えるのは大変だったろう」
「カンペ通りに答えられてるか緊張し通しだ。面倒でならないし、なんなら事前にない質問も来たぞ」
「インタビューにはつきものです。気にしないほうがいいですよ」
親戚特有の距離であるせいか揶揄い混じりの毬谷と気遣いの色が混ざる瓜谷。双方栗形をあしらいながらも、その視線はカフェスペースから展示室に移動する二人に向いていた。柿沢が鍵を持ち出してカフェスペースからいなくなった様子を確認する。梅園は外部からの増援が来た場合に備えて建物の外で待機している状態だから、何かあったとしても頼ることは難しい。
「これからどうする予定ですか」
「どうするも何も、彼らが何もしてこなかったらそのまま放逐です。展示物のいくつかは別の場所や地下倉庫に移動させましたからね」
瓜谷が語る方針を「理想はそうですが、彼らがそんなことで済ませるわけありませんよ」と一蹴したのは毬谷だ。渋い顔をしながら瓜谷も頷く。栗形はそんな二人を見ながら、彼らがどのような動向をするのだろうと予想した。
彼らの目的は自分たち芸術家が『ギャラリー』での作品を取引することを止めることにある。これは桃山が抜いた情報で既に『ギャラリー』のほとんどの芸術家たちには知れ渡っている。即売会やアートフェア、芸術家個人の販売活動については対象ではなく、あくまで『ギャラリー』という組織がバックアップを行うことが問題視される、とここでは便宜的に定義する。これが何を示すかといえば、彼らが見るべきは「取引現場」であり、「制作現場」だとか「作家個人の生涯」などではない。つまり何が言いたいかと言えば、インタビューという名目で接近したことこそ、彼らの一番最初の間違いであったというわけだ。そして、これは咎めたところで運の問題も絡む話ではあるがもう一つ問題がある。それは。
「すみません、お手洗いに言ってもいいでしょうか」
「いいですよ。鷹岡さん、場所わかりますか?」
「あ、はい。ありがとうございます。失礼しますね」
よりにもよって、職員の一人が『ギャラリー』のなかでは暴力的なところに部類分けされる栗形の理想の|被害者モデルであったことだろう。
[newpage]
鷹岡はカメラ――取材用として選んだダミーとは別の、隠し撮り用のハンディカメラを構えて仕切り扉の向こうの奥に進んだ。螺旋階段を降りるたびに増してくる恐怖は、ともすればこの階段が永遠に続くのではないかと錯覚させられるが、案外すぐ地面につき、息をどっと吐きだした。
男は改めて見回す。暗い。カメラの放つゴマ粒程度のランプでさえ悪目立ちするんじゃないかと心配させられるほど暗い。照明が全て落とされている地下室。少し歩いてしまえば、螺旋階段の位置さえもわからなくなる。手探りで進むとやがて壁に辿り着く。ここまで足元に何かがぶつかる感覚はなく、整頓された空間であることはなんとなく見立てがついた。立っているだけで汗が噴き出るような異様な蒸し暑さを伴った空間を、壁伝いにそれはもう身長に歩き始める。一歩ずつ立ち止まってあたりを見回すくらいに、男の緊張は高まっていく。高まって、暗闇という原初の恐怖に呑まれていくうちに、彼はひとつの前提をすっかり忘れてしまっていた。
そう。ここにきた建前が一雑誌記者らによるインタビューであったことである。忘れるべきでない致命的な隙であったが、それを考えることができないことそのものが彼らの弱いところの一つでもある。
「鷹岡さん」
電気が点く。声はなんとか抑えたものの、肩が跳ねた。そして突然の光度にぎゅっと目を瞑り、開いて頭上に注目すれば、そこには栗形のかたちをした影があった。コンクリートの段差を彼の履いている革靴が叩く音はやけに響いていて、うすら寒かった。その間にも奥を探りたい気持ちでいっぱいであったが、降りた部屋から細く伸びる通路から覗くことのできる部屋〳〵を見ることは叶わなかった。かの彫刻家は立って隣り合うとこぢんまりとして見えて、過去に独断で強制調査を行った面々を全員殺害したような毒気は感じられなかった。
「ここ、控室なんですよ」
「え?」
「作品が壊れたりしたときとか加筆したいってことがあったりした場合に皆使うんですよ、俺はめったに使いませんが」
魔窟の正体があっさり教えられ、鷹岡は思わず拍子抜けした声が出た。きっと死体のひとつやふたつ転がっているのではないかと思わされていたのだが、その予想はあっさり崩れる。栗形は『ギャラリー』の深部に勝手に入った鷹岡を責めるでもなく、淡々と言葉を続ける。
「あとはシャワールームとかあるんですよ。たまにライブパフォーマンスをやることもあるんで、その時に使うんですよ。あとは緊急時の修復とかは汗かくので」
「……そうなんですね」
体裁上の理由をつらつらと話す栗形の織りなす独特の雰囲気が鷹岡に張り付いて離れない。鷹岡は今、事実上の一択を迫られている。栗形の言うことをこのまま信じれば鷹岡は解放されるし、もし言うことを疑えばその後に何をするかは明白である。仲間と離れ、地下という隔離空間におり、一対一で敵対勢力と接している。明らかに望ましくない状況だ。それに加えて鷹岡らの正体と目的は見透かされているのだから、ここは大人しく身を引くべきが正解である。
しかし忘れてはいけない。彼らは愚かだ。出来もしない摘発に一生を費やそうという愚かな覚悟を持ち、死んだ仲間と同じ轍を辿ろうと間違った方法で接触を試みる。摘発を試みるならば全てを暴くべきであるという信条のもと鷹岡は行動していて、それは褒められるべきだけれども今やるべきことではない。
「あの、栗形さん」
「なんでしょうか」
「今回のインタビューではお伺いしていなかったんですけれど、個人的な質問をしてもよろしいでしょうか?」
「はい、なんですか」
「……『とんでいこう』という作品のお話をされたかと思われますが」
「はい」
「あの作品が、ネットでは行方不明者の姿に酷似しているという噂があるとのことでして」
現在、栗形にはいくつかの容疑がかかっている。それは、『解剖医くん』とネット上で渾名されている不定期な誘拐殺人事件の犯人であるという容疑だ。彼の表情は歪まなかった。
「初耳ですね、どこきっかけなんでしょうか」
「掲示板に、当時――月に行方不明になったという方のご親類と名乗る書き込みがあったらしいんですよ。作品の大きさとその方の身長が一緒だったり、足の指の骨格の変形している様子が像と一致しているとか……インタビューのなかで実在の人物を彫ることはしないとのことでしたが、例外の作品なのでしょうか」
「いえ、架空の人物として彫りました。足の指の部分は石の問題でそうなりましたね。トラニ石は扱いにくいんです。インタビューでもお話しましたが、私のメインは花崗岩です。あれは挑戦した作品でもありましたから」
踏み込んだ質問も、眉ひとつだって変えず答える。淡々とした調子に流され、やがて一つ踏み込んだ言葉を鷹岡が継ごうとしたその時だった。
「栗形ァ」
その声に、今度は栗形と一緒に上を向く。天井から覆い被さる逆光のかたちと降りかかる声には覚えがあり、先程展示室まで案内をしてくれたオーナーだった。柿沢膠。階段の頂点でしゃがんで栗形に笑いかける様子は先程までと打って変わって明るく砕けた様子だ。インタビューの後半でオーナーと二人の写真を撮るといった時に栗形と二人して笑っていたから、きっと栗形とは親密な仲にあるのだろう。そんなことを考えている鷹岡を通り過ぎて、彼はその向こうにいる栗形に声をかける。
「あの女、自分だけでもって言ってたわ。だからそいつ、もういいよ」
鷹岡は振り向くが、意識を失いその拍子に手持ちのハンディカメラを落としてしまった。
彼が見損ねた栗形の表情は、特に代わり映えの無い無表情であった。
「どうする、これカメラ
「壊しとけ。どうせ使わないよ」
「そうか」
[newpage]
何故柿沢があのような言葉を投げかけたのか。それは十分弱前の、柿沢が富士原に拳銃を突き付けられるところまでさかのぼる。その前の経緯に特筆すべきことはない。ただ展示室を案内していたら、鷹岡が栗形にやったように踏み込んだ質問をしてきたからいくつか返したら虚偽の証言だの容疑がかかっているだのと話してきたからどういうことだと聞いたら銃を突き付けられたというそれだけの話である。
「柿沢さん、あなたには死体損壊罪の容疑がかけられています」
「そ、その心は?」
「こちらの『ギャラリー』から購入されたという作品の油彩絵具から血液が検出されました。その画材を辿った結果、あなたに辿り着いたのでお話をお伺いできればと」
「やめてくださいよ。ぼくは確かに『ギャラリー』をオーナーとして支援している立場ですが、そんなことまでする理由がありません」
「血液が検出された絵画ということが問題です。そちらの展示室にある作品を一度鑑識に回させていただきます」
「これ、拒否権とかあります?そもそもそういう話し合いのために銃を使うのってどうかと思うんですよ」
「当局は警察とは違った権限を有しておりますので、そちらの知る流れとは違うことは御承知おきください」
「……隠さないんですね、あなたたちが市場治安維持局だってこと」
「こちらに入れた時点であなたたちが当局の捜査を拒む権利はありませんので」
柿沢は、富士原に背を向けている間その表情を強張らせる。自分の後ろで構えられているものは、銃だ。正真正銘、人間の命を奪うことができる器具だ。思わず息が張り詰める。倫理的によろしくないとされる作品は既に移動させている。捜査は好きにさせるか、と思ったそのときであった。
「富士原くんだったかな。嘘はよくないと思うよ」
振り向いた富士原の鳩尾に――手ではなく足がめり込む。革靴のトゥが彼女の身体の柔らかいところをとらえ、富士原の体のバランスを崩した。蹴った当人である毬谷は汚れを気にするように手で靴の先を払う。受け身も上手くとれず床に体を打ち付けた富士原に跨りながらも体重をかける柿沢は、ひっそり毬谷の躊躇いの無さに恐れを抱いたが今更だろうなと思って彼女の両手をまとめて掴んで地面に押し付けていた。柿沢が女を拘束する様子に「相変わらず君は敵に回したくないな」とまったく心配しなくてもいいことを吐き捨てながら、毬谷は富士原の前にしゃがんだ。
「やぁ、維持局のお嬢さん。警察ごっこは楽しかった?」
「毬谷、懸……っ!」
「お、覚えていてくれたようで嬉しいな。まあさっきインタビューでも蹄が言ってたからそれもあるか」
「どうします?ぼくが乗ってるとどっか折っちゃいそうなんですけどォ」
「んー……しばらくこのままでいいよ。ちょっと考えがあるから銃だけどっかやっといてもらえます?」
キッチンフロアに待機していた瓜谷が姿を見せ、銃を手に取る。軽く触って弾丸を抜いた瓜谷は少し不安そうな顔を見せた。
「こんな銃で検挙しようと乗り込んだのですか……実弾でないのは無謀だと思います。印さんと戦さんがいたらどうするんですか」
「こうなってる『ギャラリー』ここにあいつらは入れられないですよォ。つーか空包だったんすか。警察以下の権限とか可哀想かわいそォ……」
いくら行政機関の人間とはいえ、男三人に拘束され見下ろされるということは堪えるものだ。富士原が柿沢の下で身悶えながら脱出を試みる様子を眺めながら毬谷は話を始める。
「君の処遇なんだけれども……今回は穏やかに返そうっていう方針でね。前回の件はごめんね、そっちも急に人が少なくなって大変だったろう」
「っ、やはりここで違法な制作をしていたのは!」
「膠くん、ちょっと押さえつけて。この子うるさいね」
「ハァイ」
顎を無理やり閉じるかたちで頭を押さえつけられる。女の腕を片手でまとめあげ女の頭を掴んで力さえこめられる柿沢の体躯に怯んだのか、彼女の抵抗は一旦止まる。
「まあ普通に作品を検査にかけさせろと言われたらここにあるものは差し出せたんだけどね……どれもこれも薬品で汚されていいような失敗作や練習作ばかりだからさ」
「……」
「あのね、現実的に考えてごらん。いくら正義のためとはいえ、そのために芸術作品を全く価値のないものに陥れることに対しての世間の反応は如何程だと思う?そもそも君たちの認知度は一般社会のなかでは限りなく低いことを自覚するべきだ」
「っ、それ、でも」
「……それでも?」
「お前たちは間違ってる。人道に反した芸術など、あるべきじゃない!」
富士原を見下ろす毬谷の目はあくまで冷ややかだ。彼女はその冷ややかな視線に圧される。彼はひとつ思いついたように彼女の双眸を覗き込んだ。
「私は君に選択肢を与えよう。君の全てを奪う代わりに鷹岡と外に待機している人たちは穏やかに返す。君を助けてあげるけど、鷹岡や外に待機している人たちは私たちの好きにしてもいいものとする」
「毬谷サン、それどっちもとかそれ以外の選択肢を出されたらどうするんです?」
「その時はちゃんとどっちも――彼女も彼女以外も好きにさせてもらうよ」
「さっすが。おっかないねェ……」
柿沢は心配なフリをしてそれでも特に感慨もない様子で自分の体の下にいる彼女を見ている。彼女はすっかり自分に語り掛ける男らの正体を見てしまったことに怖気づいてしまって歯をがちがちと言わせて震えている。どうしたものかと良心のところで思い悩んだが、保身で震えるままにした。
「どうしようか。今は14時27分だから……30分までに答えを決めなさい。決められないならさっき言った『どっちも』を取らせてもらうよ」
[newpage]
このタイミングでキッチンで休憩していた栗形が顔を出す。取り押さえられたことを確認し、観察するような視線を数瞬向けてからやはり逸らす。
「……うん、ないな。やっぱり女は筋肉の出るところが少ない。柔らかいものには勢いが足りないな。彫る気も起きない」
「女の子の中では鍛えてるっぽいけどォ?」
「女の中ではだろ。こればかりは抗えない性差だな」
「蹄、じゃあ鷹岡くん探してきな。彼は蹄の好みに近いだろ?」
「! わかった。見てくる」
彼の中ではわかりやすく声を弾ませて地下施設に歩を進める。柿沢はそれを辟易とした様子で見ていたが、やがて柿沢や瓜谷などこの場にいた『ギャラリー』関係者は皆して富士原の答えを待つように彼女の顔を覗き込んでいた。彼女は最初こそ涙の膜が張られた目でギッと男らを睨んでいたものの、しばらくすると戦意を喪失したかのように項垂れてぼそりと呟いた。
「……助けてください」
「どっちを?」
「……っ、わ、わたしを、たすけてください。だから、はなれて、かえして……」
決断を告げると、まるで子供みたいに涙をぼろぼろこぼして縮こまろうとしている。毬谷の視線をうけて柿沢は彼女の体から離れる。過呼吸にさえなっているであろうことが見てとれる彼女に柿沢は奇妙な心配が湧き、彼女の横にしゃがんだ。
「大丈夫ゥ?ほら、息吸ってゆーっくり吐いてェ。あーほら落ち着いて。吸ってェー、ゆっくり吐いてェー。大体十秒くらいかけてゆっくりねェ」
「膠さんはお優しいですね、わざわざ看病するなんて」
「ただで帰すにしても落ち着かせないと怪しまれるでしょォ。……誰にも言わないでね、ここでの話」
退いた時よりはマシになってもなお呼吸が若干乱れている富士原は、まるで調教された動物みたいにこくこくと頷いている。それを見てやっと荷物が降りたみたいな顔になって柿沢は再び立ち上がった。
「栗形の様子見てきますわァ。あいつのことだからもう切りつけてそうでねェ……」
「それもそうだ。蹄は昔から我慢が苦手な子だからね、行ってらっしゃい」
柿沢の革靴がコツコツと遠ざかるのが聞こえる。完全に遠くなったタイミングで、今度は梅園が走ってやってくる。肩で息をしており、切羽詰まっていることは明白であった。
「は、は、兄さん。ちょっと、やばいかも」
「肇。どうしたの?」
「今、イチジクの連中が外から大勢来てる。さっき捕まりかけて命からがらここまで来たんだ」
「……!やっぱり強硬策に出たね」
「怪我はありませんか?」
「おう、ちょっと焦ったけど大丈夫だ。つーかどうするんだ?このままだと物理的に動けなくされる」
「そうだね……彼女いわく『鷹岡やそれ以外をどうしてもいいから自分を助けてくれ』とのことでね」
「じゃあ、彼女に捜査するほどのものはなかったと言わせるのはどうでしょうか。それならば平和的に済むと思いますが」
「あ、それ採用しましょうか。……さぁ、君。お立ちなさい」
毬谷が富士原に手を差し伸べる。あの威圧から逃れることができる、という一点で彼女はその手をとって立ち上がった。梅園からの食らうような視線を遮るみたいに瓜谷が彼女に近寄り、彼女の肩を掴んで支える。
「大丈夫ですか?その様子では、誤解されてしまうじゃないですか」
「っ、ひ……!」
「ほら、落ち着いてください。自分のご苗字は言えますか?」
「ふ、富士原、です」
「富士原さんだね。君がカッとなって余計な暴力を振るうことを止めてくれた懸さんのためにも、ね?」
破綻した理屈だ。そもそも富士原が柿沢に(偽物とはいえ)銃を向けた要因としては死体をも利用する悍ましい『ギャラリー』の実態を暴くためであるし、その点で言うなら形になる暴力を振るったのは毬谷の方が先だ。しかし瓜谷の穏やかな視線の裏には有無を言わせず自らの言葉を真実だと思わせる重力がある。富士原は狂気を乗り越えた絶望の表情で頷くほかなかった。肩から手を離された富士原は、多少血の気が引いていたものの足取りとしては立ち上がったときよりも落ち着いたものになっており、トンと背中を押し出せば真っ直ぐ歩き出した。
「いいかい、富士原くん。君は『なにもされていない』よね?」
「……はい、なにも、されていません」
「そして、『捜査すべきものもなかった』ね?」
「……捜査すべきものは、ありませんでした」
「最後に、『鷹岡は途中で離脱した』し、『こちらも連絡が取れていない』よね?」
「……彼は、途中トラブルにより離脱しました。こちらから連絡を待っていますが、まだつながっていません」
「うん。戻っておいで。私たちも君らに必要以上の加害をしたくなかったからね」
富士原がゆっくりと歩き出すのを、年長者三人が見送る。もしこのまま終わってくれたら、柿沢に一斉メールを送信してもらって終わりだ。油断は出来ない。もし何かあれば武力をある程度有する芸術家の面々を呼ばなくてはいけない。無能は時に想像を超えるエネルギーで他者にはたらきかけることもある。それも含めて、彼らはイチジクをあしらいはすれど無視はしないのだ。
「お二人の様子を見てきます」
「頼んだ、|柿沢アイツ、カメラ持ってないはずだから大丈夫だと思うけどな」
「わからないよ肇。今のスマホの進化は凄いからね、カメラと遜色ない写真も撮れる」
「……行ってきますね」
瓜谷は一応、最悪のパターンを想定する。あの場で栗形が【観察】して柿沢が【撮影】していようものならまずあの男は無事では済まない。そして何より地下の控室――と先ほど栗形から語られていたワークスペース以外に血痕が残るというのは何よりもよろしくないことであった。制作場所がない芸術家に貸しているその場所はもし警察に発見されるようではまずいものを使った際に壁紙や床をすぐ取り換えることのできる素材を用いており、常に清潔清楚な場となるよう努めていた。しかし他の場所はそうではない。ゆえにもし何かあったら今日一日だけでない、少なくとも一週間は『ギャラリー』を閉鎖しなくてはいけないのだ。それはとても困るな、とぼんやり考えながら、瓜谷は地下の階段に繋がる部屋の扉を開けた。
「あ、センセェ」
結論から言うと、栗形は鷹岡を殺していなかった。片手は口を塞ぎ、もう片手は気絶している鷹岡の背中をそっと撫でている。あまりにも静かで他の人から見るといっそ不気味なのだろうけど、瓜谷は今更動じることなく声をかけてきた柿沢に近づいた。
「蹄さんの、これは一体?」
「んー、考え事してるんじゃないですかァ?せっかく解体できるいい獲物なんですから、どうしてやろうかって。情報洗ったときから大分気にかけてた様子ですからねェ」
「蹄さん、蹄さん?」
「こうなるとしばらく戻ってこないですねェ。栗形ァ?おーい」
柿沢が栗形の背中を軽く叩くも、栗形は考え事をぼそぼそと考えを吐き出し続けるだけで一向に反応しない。
「これは……」
「対応困るでしょォ。こいついつもそうなんですゥ」
「そうですね、鷹岡さんは起きそうですか?」
「んー、ぜんぜェん。ま、途中起きそうだなって思って睡眠薬ぶちこんだんですけどォ」
「そういうことだったんですね」
瓜谷と柿沢はイチジクはどうしたとか『ギャラリー』を再び開けるのはいつにするとかいう話をしてから、さてどうやって栗形を現実に引き戻してやろうかと考える。しかしそう話しているとまもなく栗形が「うん」と呟いて立ち上がった。
「栗形ァ、決まったのォ?」
「ああ。この男は――うん、とてもいい。今すぐにでも解体したいくらいだ」
「堪えてください。やるとしたら蹄さんのご自宅で、ね?」
「……わかってますよ、先生」
栗形の顔こそ平然としているが、耳が赤いことは誤魔化しきれない。もし電紋がなくて表情が豊かであればきっと顔も隠しきれていなかったことだろう。
「とりあえず一旦帰ります。この人、本当に連れて帰っていいんですね?」
「ええ、構いません。……そうだ、送りましょうか?」
「え、いやぼくが行きますってェ」
「膠さんはこれから『ギャラリー』の予定について話し合うところでしょうから。老獪は大人しく若者の制作に貢献しますよ」
瓜谷は鷹岡の足を持ち上げようとするが、栗形が「結構です」といって背負うかたちで持ち上がる。その小さな体躯にどのような力があるのかとも思うが、まあ高梨より大人しい方だと片付ける。瓜谷は柿沢に「このあとはよろしくお願いします」と頭を下げて栗形と駐車場まで移動した。
誰もいなくなった地下の貸しアトリエで、ゆったりと息を吐く。酸素を取り入れたことによってわずかに戻った正気が、この後を憂いさせる。ただ、彼の指はシャッターを切りたくてたまらないといった様子で疼いていた。
「やっぱり、撮っときたかったな」
それは誰の顔か。鷹岡の絶望したあの顔か、栗形の熱中しているあの顔か、あるいは。撮影のためのカメラがない以上それを確かめるものはない。梅園が地上から呼び止める声がして、やがて彼はいつものように彼女の無茶ぶりに閉口する苦労人の顔として向き直った。
[newpage]
「企画展を開くことにしたよォ」
インタビューのために閉鎖した日とは違い、今日は定期的な休業日である。再び送った一斉メールによってOBを含めた芸術家たちが集まっている。副業をはじめとした所用がある人間こそ休んでいるもののカフェスペースが狭いと思えるくらいの人口密度に少し委縮し、桃山は隅でちびちびとチャイラテを飲んでいた。瓜谷が「おや、その心は?」と聞けば、柿沢は「よく聞いてくれましたァ」と自信満々に話す。
「今回のイチジクの襲撃の何が起因しているかをOBやパトロンの皆さんと話合わせていただきまして。まあひとまずの結果として『ここ三年間企画展を開いてなかったからでは』ということになりました」
「柿沢くん、企画展の幅はどこまでやるんだ?」
「とりあえず平面と立体に限定するかなァ。音楽とか映像系は通常運営だねェ」
「……コンセプト、何」
「今から発表しますよォ」
柿沢がフック棒を使ってスクリーンを降ろす。その様子に芸術家たちは浮足立っていたが、やがて柿沢が咳払いをひとつ。
「今回の企画展のタイトルだねェ。でけでけでけでけ……じゃん!」
スクリーンにいっぱい映るのは、フライヤーの仮案。その中央には『みどろ展』というタイトルが明朝体でいっぱいに置かれていた。
「みどろ展、か」
「そォ!血みどろ、汗みどろ、絵の具みどろ!理路整然とというより、とにかくぐちゃぐちゃなものを見せましょうってコンセプトでェす!」
「……で、カキザワ。連中が訪れてから開催するものがこれである理由はなんだ」
芸術家たちは如何せん話を最後まで聞かない。矢継ぎ早に降りかかる質問に、柿沢はなんてことなしに応酬する。葡萄の質問にも答えを用意していた。
「まあさァ、要するに秘密っぽくこそこそしてたのが気に食わなかったんでしョ。ならもういっそ大々的にやっちゃって『表現の自由』として武装しちゃおうって話なわけェ」
「なるほどな、見学者の層を増やしてついでに顧客も新規で獲得出来たら御の字ということか」
栗形のアシストに「そういうことォ」と指で丸を作って肯定する。
「開催期間は来月頭からァ、大体三か月くらいを予定していまァす。今週中には展示のための書類を用意するしテンプレも共有するんでェ、受付期限は今月末の23時59分ってことでまた告知しまァす」
「大学でありますか……?」
「うるさいなァ、いいんだよこういうので。ってなわけで、とりあえず全体通知はここまで!メールだと皆見ないだろうからお集まりいただきましたァ。あ、もしイチジクの捜査ありましたよって人いたら後で言ってねェ、パトロンさんに報告すっからァ。てなわけで解散!」
芸術家は散る。企画展のために新作を作ろうかと考える者もいれば、過去の作品を漁ろうと考える者、企画展に関係なく久々に会った芸術家と話す者、あるいは柿沢に捜査があったことを報告しようとする者。様々だ。桃山と栗形は壁に寄りかかったままカフェスペースを見届けていた。
「……栗形さまは、どうしますか?」
「おれはパス。今は企画展関係なく制作したい」
「となると、えっと、たか、」
「鷹岡。うん、よかった」
「なら、よかったです」
「桃山は?」
「わ、わたし、ですか?」
「ああ。おまえの参加をある程度前提としていると思うぞ、あいつ」
「えぇ……?」
「個展で飾ったっていう作品でもいいと思う。おれも見たいからな」
「……それなら、出してみます。また選び直そうかな」
「そうだな。あ、柿沢やっと空いた。声かけてやるか」
「……はい!」
柿沢に向かって二人は歩く。彼らの地獄への道はまだ踏み出したばかり。また忙しくなると思いながら、それぞれのやることに向けて考え出した。
カット
Latest / 513:42
カットモードOFF
52:33
手取川
一旦ここまで
109:25
手取川
今日はここまで
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
『ギャラリー』創作
初公開日: 2023年08月19日
最終更新日: 2023年10月19日
ブックマーク
スキ!
コメント
非倫理注意
この創作についての詳しい所はサカイドブロクのアカウントを見てください