「花火大会?」
「そ」
 ニコニコとシードが手に見慣れぬ布を持っている。
「なんだそれは」
「どっかの民族衣装? ユ・カータって言うらしい。夏はこれ着るんだとよ」
「そんなものをどこで手に入れた」
「ジル様からのいただきもの。さっきそこで」
 毎年恒例の王家主催の大きな花火大会は、警備で駆り出されるので楽しむどころではない。しかし今夜、シードによれば城下でささやかな打ち上げ花火が上がるらしい。お忍びとまでは言わずともあまり目立ちたくはないのだが、ジル様から下賜されたのならば無下にもできん。
 持ってきた布を広げると、馴染みのない形状のまっすぐな布だった。一枚は濃紺で白と薄青のトンボ柄、もう一枚は黒地で裾の方に刷毛で掃いたような細かな曲線が描かれている。
「着方はわかるのか」
「えーっと、ボタンもないし、適当に巻き付けときゃいんじゃね? 正しい姿なんて誰も知らないだろ」
「おまえはまた、そういうことを」
 適当にと言っても、限度があるだろうに。いや待て、確かあの辺りに……、あった。
 俺は机の後に回り込み、自分の蔵書の中から民俗学に関する書物を一冊取り出した。そこには国内外の地域ごとに、固有の風習や郷土料理などが紹介されている。
「何といったか、その衣装。ユ・カー、?」
「ユ・カータ」
 自信たっぷりにシードが答える。目次を探すと『ユカー・タ』というものがあった。微妙にズレているが恐らくこれだろう。幸い該当ページには図入りで着方が詳しく解説されていた。形状的にまずこれで間違いあるまい。確かにシードの言う通り、体に巻き付けてオビと呼ばれる幅広のリボン状の紐で固定するものらしい。俺にこれを、着ろと?
 やれやれ、今日は仕事が早く終わったし部屋でゆっくり読書でもと思っていたのだが、シードのおかげで見慣れぬ布と格闘する羽目になろうとは。
 ページと首っ引きでまずシードにトンボ柄の方を着付け、オビとやらがなかったのでその辺にあったベルトで代用した。正解が手書きの図ひとつなので合っているのかどうか甚だ心もとないが、まずこんなものだろう。次に自分も着てみたが、なるほど涼しくて夏の衣服としては理にかなっている。
「よし、じゃあ行こうぜ、花火大会!」
「ちょっと待て、襟が……」
「ひゃっ!」
 腰に剣を佩いて早速出かけようとするシードの襟元が、俺が着付けた時より随分広がっていた。直してやろうとしたら、あられもない声を上げて首を竦める。そのはずみと俺が中途半端に指をかけたせいで、胸元が大きくはだけて鎖骨から胸襟の辺りが露わになる。つまりこれは、着せるのはそこそこ大変だったが脱がすのは至極簡単でこの上なく手軽ということではないか。
 ……なるほど。なるほど、これは良い。
「びっくりした。何だよ」
「いや。襟をな、少し直そうと思ったのだが」
 恐らく慣れた者が正しい手順で着ればしっかりするのだろうが、所詮は本を見ながらなんとかそれなりの格好に仕上げただけの付け焼刃だ。オビ1本で、そうそうガードできるものでもない。
 今すぐこの場で押し倒したくなる衝動を理性で押さえ、俺はシードの胸元に襟を合わせてキュッと引き締める。そしてオビを締め直すと、シードがウッと呻き声をあげた。
「きついって」
「我慢しろ。そんな乱れた格好で街を歩くつもりか。許さんぞ」
 そのような姿、俺以外の前で見せることは断じて許さん。
 読書はまた今度にして、花火大会にはつきあってやろう。だがそんな姿を俺の前で見せたのだ、責任は取ってもらわねばなるまい。帰ったら、今度は俺に付き合ってもらうぞ。
「さ、行こうぜ。楽しみだな、花火」
「ああ」
 とても、楽しみだ。
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