夏を迎えると、ハイランド王国はフルーツの王国にもなる。盛夏でもあまり温度が上がりきらない冷涼な気候であることが、各種果物の栽培に向いているのだ。シーズンには青果店に季節の瑞々しいフルーツが並ぶのと同時に、洋菓子店にはとりどりのタルトが並ぶ。
シードは今そんな店のショーケースの前で足をどっかり開き、膝に手を置いて中腰のまま先ほどから難しい顔をして唸っていた。
「どうすっかなぁ」
定番のイチゴタルトや桃のタルト、ブドウにブルーベリーの他に、遠い東国から入って来たカキというのも最近の流行りだと言う。通年出回るチョコやナッツも捨てがたい。
「ご注文お決まりでしたら、お伺いします~」
店員が明るい声でシードに呼びかけるが、耳に届いていないらしい。
「全部美味そうなんだよなぁ」
一方そのころクルガンは、執務室で上官であるソロン・ジーの訪問を受けていた。
「クルガン。これをおまえにと、預かってきた」
差し出されたのは白い箱で、城下では名の知れた菓子店の名が刻印されている。
「それは恐れ入ります。どなたからでしょうか」
「シェラード家からだ。先日、馬車で街へ出かけた際、馬が暴れて困っていたところをおまえに助けられたそうだな。これはその礼だということだ」
そういえば何日か前、貴族の乗った馬車の馬が何かに驚いて立ち上がってしまい、御者では扱いきれずに難儀している場に遭遇したことがあった。助ける義理もなかったが、周りの市民に怪我人でも出たら困るので少し手を貸した。といってもたいしたことはしていない。御者と一緒に、馬を宥めて落ち着かせただけだ。
「シェラード家はうちの親戚筋だ。馬車には私の従姉妹にあたる令嬢も乗っていたのだが、窓からおまえを見て気に入ってしまったようでな。今度茶会に招待したいと言っているそうだが……」
そこでソロンはちらりとクルガンを見て、大きな大きなため息をついた。
「世間知らずの、まだ子供だ。困っているところを助けられて、おまえが王子様にでも見えたのだろう。適当な理由をつけて断って構わんぞ。ああ、これは受け取っておけ。突っ返されても、俺も困る」
言うだけ言って、ソロンは胃のあたりを押さえながら出ていった。
街から戻ったシードが部屋で紅茶を入れていると、クルガンたちを呼びに行かせた副官のウォルシュが戻って来た。
「おふたりをお連れしました」
クルガンの後ろには、白い箱を大事そうに抱えたフェルドが付き従っている。この副官はいつも穏やかだが、今日は一段とにこやかな笑顔を浮かべているように見えた。
「ちょうどよかった。茶がはいったぜ」
「これは一体、何事だ?」
テーブルの上に所狭しと並べられた皿を見て、クルガンが至極当然の疑問を口にする。しかもすべての皿にひとつずつ、小さなタルトが乗っている。サイズこそひと口で食べられるようなものばかりだが、何しろ数が尋常ではない。
「いや、急に食いたくなって買いに行ったんだけどよ、いろいろありすぎて選べなくてつい、」
「全部買ってきたのか」
「そういうこと。さすがにひとりじゃ食いきれないから、おまえたちも手伝え」
クルガンとフェルドが顔を見合わせ、次いでウォルシュの顔を見る。ウォルシュもただ呼んで来いと言われただけで事情は知らされていなかったらしく、首をぶんぶんと横に振っている。
「あの、実はこちらにも、こういうものがございまして」
フェルドが遠慮がちに白い箱を掲げて見せる。シードはパッと顔を輝かせた。
「お! その店とどっちにしようか悩んだんだ。そうかそうか、両方ってのもありだな!」
シードが淹れた紅茶は少し濃かったが、甘いタルトにはよく合った。ミルクはないのかとクルガンが聞き、そんなものが俺の部屋にあるわけないだろうと、なぜか胸を張ってシードが答える。では私がと、ウォルシュが厨房へ走って小さなミルクピッチャーを持ってきた。てっきりクルガンが使うのかと一同思っていたら、フェルドに使えと言うので本人はしきりに恐縮する。
「そんな、私のためにわざわざ」
「おまえはミルクティの方が好きだろう。遠慮するな」
「俺の副官が取りに行ったんだがな」
「ウォルシュ、礼を言う」
「とんでもない、お安い御用です」
「おまえ、その心遣いをたまには俺にも見せてくれよ」
「貴様は人に気づかわれるような玉ではあるまい」
「聞いたかおまえら。俺はこうやっていつもこいつに虐げられているんだぞ」
「シード将軍、手がお留守です。紅茶がこぼれますよ」
「おっと。あ、おまえもミルク使うか?」
「私はレモン派です。ご存じありませんでしたか」
「やぶ蛇だ」
シードはイチゴタルトを食べ終え、ふたつめは梨のタルトに手を伸ばす。クルガンはレモンタルトの次に、キイチゴのタルトを皿に取る。ウォルシュはオレンジからキャラメルナッツに、フェルドは桃を食べ終え今度は黄桃を選んだ。どうやら桃が好きらしいと、クルガンの頭にはインプットされた。
「いっぱい食えよ。今日中に全部食わねぇとな」
「おまえが後先考えずに買い過ぎるからだろう」
「ソロン様からもいただきましたからね」
「シェラード家の御令嬢は美しい方ですよ。お会いになるのですか」
「冗談ではない」
「馬車の窓から見染められたんだろ。一度くらい会ってみろよ」
「おまえ、面白がっているな?」
「当たり前だろ! こんな面白い話、滅多にないぜ」
「シード将軍、口元にカスタードがついてますよ」
普段はあまり甘いものを好まないクルガンだが、信頼する部下やシードと一緒だと食べられるのか、嫌な顔をせず2個目も口を動かしている。ウォルシュもフェルドも、これをいただいてよろしいですか、などと最初は伺いを立てていたが、それ以降は好きなものを勝手につまんでいる。シードに至ってはもう何個目かわからない。
「だいぶ減ってきましたね」
「一度やってみたかったんだよな、店にあるやつをひとつずつ全部くれ、っての」
「そういうのはパーティとか、大人数が集まる時にやれ」
「4人いれば何とかなると思ったんだよ」
「実際、何とかなりそうですね」
「だろ? ソロン様の差し入れがなければ余裕だったはずだぜ」
「差し入れと言うな」
「仕方ないことなのです、クルガン将軍は女性の憧れの的ですから」
「え、なんでだ? こんな口の悪い鉄面皮、女性から見たらいいとこないだろ?」
「シード将軍、それはあまりに失礼では……」
「そう言えばシード将軍も先日、女性から手紙を受け取っていましたよね。結婚してください、って」
「何、本当か」
「あー、あれな。ごりっごりの門閥貴族の一人娘だろ。冗談じゃねぇっての」
酒もないのに皆饒舌で、あれだけあった大量のタルトはあっと言う間になくなった。
「なんか、女子会ってやつみたいだな。ケーキ食って、くっちゃべって」
「紅茶のおかわりはいかがですか」
「もらおう」
「あ、お手伝いいたします」
いつのまにか日が傾き始めている。そう言えば自分は非番だったがクルガンは仕事だったはずだと、今頃気づいたシードが急にソワソワして気づかわし気な視線を送る。
「なんだ、今さら。今日の分の仕事は、明日半分おまえの部屋へ持って行くからな」
「は? え???」
「当然だろう」
涼しい顔で、クルガンはティーカップに残った最後のひと口を飲み干す。シードが抗議しようとしたところへ、副官たちが熱い紅茶を持って戻って来た。
「なんなら今から手伝ってもらっても構わんが」
「……遠慮する」
明日の仕事を想像して少しげんなりしながらも、クルガンと副官たちの満足そうな顔を見ていたら、何となくまぁいいかという気がしてきて、シードは熱い紅茶をカップに注いだ。