ああ、どうしよう。どうすればいい。
的が、見えない。
的しか、見えない。
これじゃあまた、あの時の―――
「呼んだ?」
手に、暖かい感触がした。
「振り向かないで。」
と、静かな声がした。
「ほら、私、弓道には詳しくないのだけれど。こういうのって、所作を崩したら失格なのでしょう?」
「ほら、」
「的は見える?」
「…見える。」
「安土の色
「そこから続く、草むらの色、
「幕の色、
「観客席の柱、
「壁の色
「客席にいるあいつの顔は?」
「…見えます。」
眼球がそこを向いていないはずなのに、なぜ知覚できるのか。
疑問に思う前に、彼女の言葉が続いていく。
「目の前にいる、あなたと一緒に引いている、四人の姿」
「さあ、弓を引いて。」
「つがえて。」
「――――離して。」
カンッ、と、音がした。
見開かれる緑の瞳。
それを置き去りにして、矢は―――的のど真ん中、まさしく的中だった。
会場にどよめきが起こる。
紫の瞳が、見開かれた。
「ほら、ごらん。見える?あいつの顔。」
「私に感づいて、【気に食わない】って顔をしているわ。」
「嫌われないかな。」
「大丈夫。そんなの、死んだってないわ。」
「大丈夫。すべてはあなたのためにある。」
「すべてはあなたにつながっている。」
「それと、もう一つ。」
「|こちらに寄りすぎよ。」
とん、と、背中を押される。
そっていた腰が、まるで思い出したかのように、元の場所へと戻った。
「大丈夫。」
「行ってらっしゃい。」
そう言って、背中をたたかれた瞬間。
矢が、音を立てて的へと向かっていく。
弦音が、世界の音を響かせていく。
その弓に、あの赤色はどこにもない。
弓だけではない。この世界のどこにも、あの人の色は見当たらない。
だけど、この胸の鼓動だけは。
その心臓の色は、いつまでも。
自分のナカで、今でも脈打っている。
鼓動と、呼吸。
2つのリズムを元にした流れが、いま、ここに波打っている。
継矢だ。
会場が、ざわりと沸き立つ。
何だろう。
頭が、すっとクリアになる。
ああ。
もっと、弓を引いていたい。
皆と一緒に。ここにいるみんなと、たくさんの人と一緒に。
おれは、いつまでも。弓を、引いていたい――――!
その言葉が、矢になる。
それは、世界を創造する、音と波の本流。
全射全中。
大会きっての偉業であった。
一種の神懸かり的展開に、誰もかれもが声を喪っていた。
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。
だからって、これは。
ぼろぼろぼろと、涙があふれ出していた。
「な、なんでだろう、泣きたいわけじゃない、のに」
あたたかい、ひかり。
根っこにつながっているような、暖かな、あふれる光の本流。
そのつながりを、確かに感じる。感じている。
切ってはない、切れてはない、切らせはしない。
でも、それでも。そうだとしても。
この世界のどこにも、もうあなたはいない。
あなたは、もう、この世界のどこにもいないのだ。
当たり前のことなのに、最初からそうなのに。
それが、なぜだか、すごく悲しくなった。
つながっている。
切れていない。
別れてなんてない。また会える。今までも、これからも、何度でも。
なのに、どうしてだろう。
どうしたって、もうここに、あなたはいないのだ。
もうここに、あなたはいない。
それが、なぜだか、すごく悲しくなって、
まるで子供のように、湊はわんわんとないた。
声を上げて、かおをぐしゃぐしゃにして。
まるで、|事故の前に戻ったように、わんわんとないた。
静弥が自分の肩を抱く。
愁が向こうから駆け寄ってくる。
マサさんはどこか違うところを向いている。
皆が心配している。
そのすべてがわかっているのに、涙は一向に、止まらなかった。
「…やりすぎなんじゃないのー?」
と、のんきな青年の声が響いた。
神聖なる武道場、なにするものぞと屋根を土足で踏みしめるその女に、呆れたように白髪の男が語り掛ける。
女は、どこも見ていない。
どこもみず、ただ|からを見つめている。
どうしてかというと、そうしないとばれるからだ。厄介なことに。
あと、彼に持ち込めるだけの心の力を渡した(厳密には背中を押すのに使った)ので、ぶっちゃけもう空っぽであるともいえる。というか、そうとしか言わない。
どれくらい空かというと、仮にも自分の■■■男子高校生が泣いているというのにそれに全く頓着できないくらいには空っぽである。
気が付いていても、それをどうにかするだけの能力が足りない。というより、選択をしようとしない。っていうかできない。
「あーでも、あいつにばれたらまずいかもな…。」
「それフラグっていうんじゃ…」
「あ、ばれた。」
「いーっけね撤収。ウインクでもしておきなさい、うさぎ。」
「はいよぴーす!」
お礼を、言いたい。
あの人は自分を通りすがりだといったし、その言葉に嘘はないのだろうけれど。
「ありがとう、ございました。」
その赤色の光に、口をつけるように。
鳴宮湊は、眠りについた。
「『女王』様---------ッ!!!」
ひょい、とまるで鉄棒でもさせるかのようにかわした。
「いや、そうじゃなくて。」
【しねーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!】
「わあ!?」
「ほーらきたよこのヤロウ」
【よけいなことおしえこむんじゃねーーーーーーーーーーーっ!!!!!!】
「教え込んではねえーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「あはは!」
青年は、そういって、笑った。
何の邪気も、憂いもない。明朗快活で純真無垢な、気持ちの良いくらい|男子高校生らしい笑顔だった。
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向き
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なにかの折の最終回(?)
初公開日: 2023年05月29日
最終更新日: 2023年05月30日
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コメント
ウケるやつです。嘘です。