さて、招待状にあった「明日の朝」が来た。縫製部、ハベにゃんのいる所、で合ってるはず。
いつものように顔を洗い、身支度を終え、部屋を後にする。今日はやけにボーダーががらんとしている事が気に掛かる。デイビットも、昨日は珍しく部屋に来なかった。
何かあったかな、と思いながら歩いていると、もう縫製部の前まで来ていて、やっぱり何か変だと首を傾げた。
「──あっ、おはようマスター! 待ってたぜ!」
すると、開いたドアからひょこっとハベにゃんが飛び出してきた。にぱーっと効果音が付きそうなくらいご機嫌な笑顔で手を握られ、フィッティングルームまで可愛らしいエスコートを受ける。閉じられたカーテンの先には──
「じゃんじゃじゃーん!」
誰もが一度は夢に見るであろう、Aラインのドレスがそこにあった。肌を出しすぎないようレースをふんだんにあしらったデザインが、シンプルながらも綺麗さを前面に押し出している。ふわっと広がるスカートも、まさに女の子の憧れをそのまま形にしたようで、きっとマシュが着たらすっごく映えるんだろうな、とか、沢山の想像が浮かんでは消えていく。
「今回のは自信作なんだ! もっちろん、カラードレスだってあるんだぜ!」
そう言ってハベトロットが奥から運んできたのは、それこそ「可愛さに全振りしました!!」と言わんばかりの、プリンセスラインのカラードレス。何層にも重なったライラックモーヴのチュールは、思わず声が漏れるほど可愛い。それに…この色をずっと見ていると、何となく面映ゆいような気がする。好きな人を思わせる色。ずっと見つめていたい色が、ゆったりと佇んでいる。
「かわいい…」
「…ねぇ、マスター。これ、着てみてくれない?」
ハベにゃんからの提案に、まさか、と息を呑む。彼女はもじもじしながらも続けた。
「ほら、マスターさ、デイビットと…恋人、になってから、ずーっと幸せいっぱいって感じだったから。それで、ボクからも何かプレゼント…とか、してみたくなっちゃって」
駄目押しに、だめかな、と上目遣いで見つめられてしまっては、断る訳にはいかなかった。
「よし、ドレスとメイクはこれでオッケー! あとは、最後の仕上げだな!」
あれよあれよとドレスに着替えさせられ、メイクまでして貰った。まるで自分が花嫁さんにでもなったみたい、なんて、ついつい考えてしまう。
…デイビットが見たら、なんて言うかな。
「…マスター、目、開けてみて」
ハベにゃんに促されるまま目を開く(メイクの邪魔になってはいけないと、ずっと目を閉じたままだった)。
ハーフアップの根本から、純白のヴェールが広がっている。よく見たら、いつかハベトロットにあげたシュシュがベースになっているみたい。
「ねぇハベにゃん、これ…前にあげたシュシュ?」
「そう! やっぱりマスターといえばシュシュだろ? どうしても、そこは譲りたくなかったんだ」
にゃはっと笑うハベにゃんの姿に、泣きそうになってしまう。でも泣いたらせっかくハベにゃんが施してくれたメイクが台無しになってしまうから、何とか堪えた。
「大切な花嫁だから、ホントはヴェールも降ろしたいんだけど…うん。ここはボクじゃないよね」
そう言うとハベにゃんは立ち上がり、ちょっと待ってて、と残して廊下に出て行ってしまった。
改めて、眼の前の鏡で自分の姿をよく見てみる。ドレスに隠された肌は傷だらけだって、自分が一番良く分かっている。メイクだって、最後にまともにした日はいつだったか覚えていない。きっとハベにゃんは、それも見越して私に。そう思うと、どうこの気持ちを伝えたらいいか分からなくなる。
悶々としている間に、ぱたぱたぱたと足音が2つ聞こえてきた。
「マスター! 連れてきたぜ!」
ハベにゃんに連れられて来たのは、これまでずっと側にいてくれた、世界で一番可愛い私の後輩。
「せん…ぱい…」
一瞬呆気に取られ、ふるふるとかぶりを振ってこちらに戻ってきたマシュが、ゆっくりと私の前に跪く。そして、一番上のヴェールに指を掛け、祈るようにそれを前に降ろした。
「…夢じゃないですよね、先輩」
「うん…夢じゃない。夢みたいだけど」
ヴェール越しに微笑んだマシュがあまりに綺麗で、やっぱりマシュにもこういうドレス着てほしいな、と本気で思った。
「よっし、準備もできたし、会場に出発だーっ! マシュ、ドレスの裾持つの手伝って! 実はちょっと時間押してるんだ!」
「は、はいっ! 先輩、ちょっと失礼します!」
そうして、私達は駆け足で会場(とやら…?)に向かったのだった。
…移動中、ヒールでは足を痛めるから、と裸足でボーダーの廊下を駆け抜けたことは、私達3人だけの秘密にしよう。
「ねぇ、本当にここで待ってるだけでいいの?」
燦々と陽の照る庭園で、少しだけ不安になって、マシュと、一足先に待っていたヨハンナに問いかける。
「もう、そんなに肩肘張らないの! マスターは今日一番の主役なんだから、どーんと構えてて!」
「どーんと、ですよ! 先輩!」
二人の言葉に少々狼狽しながらも、息を整え、ゆっくり肩の力を抜いた。
そうこう言う間にも、一人、また一人と晴れ渡る庭園にカルデアの皆が集い始める。
「まあっ! 素敵、素敵よマスター!」
「おかあさん、きれいっ!」
「まるで絵本の中のお姫様みたいです!」
きらきらと目を輝かせる少女たちに笑みを向け、
「よくお似合いです、マスター」
「…立派な淑女になられましたね」
「えぇ、私は嬉しい…。この良き日に立ち会える事を誇りに思います」
円卓の面々からこれでもかと賛辞を受け、
「ハベトロットが動いてたのはこれか…まぁ、なんだ…その、似合ってるんじゃないか?」
局地的な猛吹雪に見舞われながらも似合ってると伝えてくれたカドックを見送った。
──けれど、今一番この姿を見て欲しい人が、一向に現れない。
「ヨハンナさん、先輩。私、少し外を見てきます」
「…分かった」
小走りで外に向かったマシュを見送る。
「よく見たら、テスカトリポカさん? もいないわね? どこ行っちゃったんだろ…迷ってるのかな」
「…わかんない」
らしくもなく、胸がぐっと重くなった。せっかくこんなに晴れたのに(ガウェインだっているから晴れない訳がなくて)、私だけ花曇りの中にいるみたいだった。
「──いやぁ、悪いな。コイツの準備に思いの外手間取っちまった」
と、喧騒の中、低い声がばりばりと響く。その隣には…ずっと待っていた人が、(煙で目隠しをされていることからは一旦目を逸らし、)純白のタキシード一式を身に纏い立っている。いつもの彼からは想像もつかない格好。私にとっては、勿論良い意味で、目の毒だ。意識した瞬間、ぶわっと体が熱くなって、さっきとは真逆の胸の高鳴りを覚えた。
「ヨハンナちゃん…ねぇ、私、どこか変なとことかないっ!? 私、私…待って、どうしよう…!」
「お、おっ、落ち着いてマスター! 何にも変なとこ無いよ! 寧ろ可愛いとこしか無くてもうっ…うわあああって叫びたくなっちゃうくらい!」
がしっとヨハンナに肩を掴まれた所で、2つのブロンドが鷹揚に動き出すのを視界の端に捉え、慌てて彼女に手を離してもらった。
そうして意を決し、歩き出す。
「…何故目隠しをした、テスカトリポカ」
「あぁ? そりゃ目的は一つに決まってんだろ」
サーヴァントの皆を掻き分け、テスカトリポカは煙で目隠しを施したデイビットの背を些か乱暴に小突きながらこちらに歩み寄る。
「お前が一番愛してる女の一番美しい姿を、お前の記憶に最も鮮烈に刻み付ける方法がそれだった。ただそれだけの話さ、デイビット」
ぱちんと指が鳴らされ、それまでデイビットの目元を覆っていた煙が晴れる。
瞳が開かれ、視線がぶつかる。デイビットも私も何も言えず、ただ食い入るように見つめ合う。
永遠に似た数秒の後、デイビットが口を開いた。
「…オレは、君が言う『人間』からは程遠い。何と言おうとも、揺るがない事実だ」
2歩で、私達の間にあった距離が一気に縮まる。
「だが自分が何であれ、君と一緒にいる時は…少しだけ、ゆっくりと息ができる。…だから」
ぐっと力が籠められた彼の手を震える手で包み、優しく指を解き絡ませる。そして、精一杯の笑顔で、私も彼に倣って口を開く。
「私、自分でも、自分がもう普通の女の子じゃいられないって分かってる。私は『カルデアのマスター』で、『世界を壊した侵略者』。私の世界のために、君の世界だって台無しにした。目を背けちゃいけない事実」
視界が歪みそうになっても、構わず、言葉を紡ぎ出す。知らず知らず力の入っていた手が、ぎゅっと握り返された。
「…それでも君は、私の中の『ただの女の子』の私を、好きだって言ってくれた。デイビットと同じ。私…」
──そこまで言ったところで、そっと手を離され、口元に人差し指を立てられる。
「…?」
「…きっと、今君が言おうとしている事は、次にオレが君に伝えるものと同じだ。一語一句、とまでは言わないが」
指が離れると同時に、二人一緒に息を吸う。
「…仮令限られた時間だとしても、君/貴方と、一緒に息をしていたい」
まっすぐな瞳に、射抜かれたような心地になる。まるで恋に落ちるテンプレートみたいだ。でも、どうしよう、それすら愛しくて仕方ないんだ。
宇宙を詰め込んだ瞳がゆっくりと細まり、そうして潤んでいく。強張る手が動き、私達を隔てていたお守りのヴェールを取り去る。
お揃いのピュアレッドが二人の唇を染めるまで、あと、3秒。