潔癖症だった夫が死んだ。
病気が見つかってから、
あっという間の出来事だった。
元々、
身辺の整理に余念のない、
夫の性格が幸いしたのが、
知人への連絡から、
遺品の整理に至るまで、
亡くなった後のことは、
流れるように進んだ。
無事にお葬式も済んで、
やっと普段の生活に戻れるかと、
安心していたある日、
風変わりな客が来た。
なんでも私の知人の、
そのまた知人の男性だそうで、
名前も初めて聞いたが、
とにかく、
何もかもが怪しい。
少し流し気味に、
彼の話を聴いていると、
その昔は有名な研究所に所属をしていたらしい。
ある時に、
人の培養に興味を抱き、
遺伝子のサンプルから、
独自に人を培養する研究を始めた。
これが所内で問題となり、
男はすぐさまに研究所を追われた。
『マンガのような話だ。』
頭の良い人は風変わりな人も多いのかと、
内心呆れていると、
男は、
「ここからが本題なのですが・・・。」
と切り出し、
とんでもない話を始めた。
「髪の毛1本でもあれば良い。」
「遺伝子を培養して、夫を再生してみないか。」
「お金はいらない。」
そんな話を始めたのだ。
私はついにキレた。
きっと夫を亡くしたショックで、
簡単な理科もわからないと思ったのか、
とにかく、
こんなバカにされたのは初めてだ。
両手で勢いよくテーブルを叩くと、
その勢いで跳ねるように席を立った。
「いまなら、何も聴かなかったことにします。」
「帰ってください。」
怒りを少しでも静めるように、
なるべく小さく、
そしてハッキリ、
男に告げた。
男はしばらく、
私の顔を黙って見ていたが、
やがて目を閉じ、
ふんっと鼻息を吐くと、
静かに立ち上がった。
「まぁ、お怒りもごもっともです。」
「もし何かあれば。」
と、
摘まむように名刺を取り出し、
テーブルに置いた。
「それではまた。」
そういうと男は、
静かに玄関のドアに向かい、
帰っていった。
男が帰って、
しばらくすると、
急に色んな感情が沸き上がり、
少し泣いた。
バカにされた悔しさか、
また夫に会いたい気持ちを、
見透かされたような、
そんな、
みじめな気持ちなのか。
名刺を破り捨てたいような気もしたが、
そうすると、
あの男と程度が並んだようで、
気分が悪い。
名刺を戸棚にしまうと、
私はもう忘れることにした。
数日後のある日、
私はすっかりサボっていた、
お風呂掃除に取りかかった。
潔癖な夫がいる時は、
毎日欠かさなかった掃除も、
独り身の寂しさからか、
どうしても怠け心が出た。
無心で掃除をしていると、
バスタブの下に毛が挟まっている。
これがまた、
陰毛だった。
「うわっ。」
っと思わず指の先で小さく摘まみ、
流そうとしたその時、
なぜかあの男の顔が浮かんだ。
「髪の毛1本で、夫を再生出来る」
・・・。
いやいや、
バカバカしい。
そう思って、
水で流そうとした。
・・・。
『もしかしたら、夫の毛かもしれない。』
『どうせウソだろうとは思う。』
『お金もかからない。』
『失敗したところを、山ほど責めてやればいい。』
『ウソ、どうせウソなんだから。』
『やってみるだけ。』
『どうせダメだけど。』
そんな不思議な言い訳を、
自分にしながら、
私は名刺の番号に連絡した。
そう、
それが数ヵ月前の話。
私はいま、
夫にコーヒーをいれている。
さすがに、
毛の遺伝子から培養したこともあり、
記憶には少し混乱があるらしい。
しかし、
それが、
死の記憶も、
あやふやにした。
コーヒーをいれながら、
私は夫に言った。
「あなた、たまには毛の一本も残しておいてね。」
夫はそれを聞くと、
「絶対に嫌だね~!」
と、
イタズラっ子っぽく言った。
「シモの毛でもいいから。」
夫はそれを聞くと、
「生まれ変わっても嫌だね!」
それを聞いた私の息が漏れたのか、
コーヒーの湯気が、
笑うように揺れた。
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【小説】ショート❌ショート「言えないシモの話」
初公開日: 2023年03月30日
最終更新日: 2023年03月30日
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コメント
潔癖症だった夫の急死。
それからしばらくして現れた、
怪しい男。
その男はその昔、
有名な研究所に所属していたが、
人を培養しようとして、
研究所を追い出された過去があった。
その男は、
「髪の毛1本あれば、夫を再生出来る。」
と持ち掛けるが。。。