「ケーキ」
第一章
それはいつもの誕生日だった。
いつもと言っても、僕はまだ五つ。
五回目の誕生日。
でも、いつも通りの誕生日。
お父さんはやっぱり遅れた。
早く帰って来るって約束したのに。
「オシゴト」が忙しいって。
お母さんが僕を慰める。
遅れたのはお母さんじゃないのに。
お父さんはいつだってそう。
約束どおりには帰ってこない。
テーブルの上には僕と一緒にお父さんの帰りを待つ、心強い味方が並んでいる。
白いお皿に。
フォークに。
僕が書いたお父さんの絵。
「オシゴト」でもこんなに笑っているんだろうか。
僕は「オシゴト」のお父さんを知らない。
僕を待たせて、「オシゴト」で笑うお父さん。
うまく想像ができない。
いまの僕の「オシゴト」はフォークのおしりでコツコツとテーブルの上を叩くこと。
時計の音にあわせるのは難しい。
せっかく慣れてきたのに、大きく時計が鳴った。
さっき鳴ったのは九時だった。
だから今度はきっと十時に違いない。
僕ってなんて賢いんだろう。
誉めてくれない?お父さん。
僕は時計の意地悪にリズムを狂わされて、「オシゴト」をやめた。
今度から「トシ」を聞かれたらどうやるんだろう。
僕は口で数えながらグーを開いていった。
それはお花が咲くのに似てた。
全部開いた僕の手はパーになった。
次から「トシ」を聞かれたらパーにして見せればいい。
パーにして見せただけなのに大人は勝手に喜ぶ。
「あらぁ、五歳なのにもうちゃんと数かぞえられるんだー!」
「シンちゃんはえらいわねぇ!」
パーにしてみせただけなのに誉められる。
大人はいつだって勝手だ。
でもどうして大人は「トシ」をききたがるんだろう。
そんなに「トシ」は大事なんだろうか。
「オカネ」とどちらが大事なんだろう。
お父さんとお母さんはいつも「オカネ」のことでケンカしてる。
「オキュウリョウ」のためにお父さんは働いている。
僕のためじゃない。
なんだかさみしいなぁ。
と、僕は大きなあくびをした。
大きく開いたお口はゴジラみたいだった。
あくびですこし涙が出る。
おなかすいた。
マンションから見える景色は暗い。
ガラスに僕が映ってる。
つまんなそうな顔して、なに見てるんだ。
冗談じゃない。
僕は誕生日なんだぞ!
お父さん言ったじゃない。
「今日は早く帰ってくるからな」
こうも言った、先週の日曜日だ。
「おまえが一番の宝物だ」
前に僕をしかりながらなんて言ったの?
「ウソつきは泥棒の始まりだ!」
お父さんこそ、ウソばっかり。
もしかしてお父さん、泥棒なの?
大変だ!僕は泥棒の子だ。
テレビで見たことある。
抜き足、差し足、忍び足。
布で顔を隠してるお父さん。
案外、似合うかもしれない。
なんてくだらない。
もう一度あくびをした。
目をつぶってみる。
目をつぶってると気持ちいい。
早く帰ってこないかなぁ。
だんだんもうどうでもよくなってきた。
僕は大事にされてないんじゃないか。
僕はつぶったまぶたのほんのりしたあたたかさに包まれながら考えた。
だんだん考えているのがめんどくさくなってきた。