<桜の樹の下なのに>
墓の場所を聞く気はなかったが、杠から教えてくれた。
──桜が見えるところ
そこに埋めたわけじゃないんだけどね。そう補足もされた。どうしてと問う前に大樹が口を開いた。
「石の世界の冬は過酷だ。俺たちが無事なホショーはない。もし、そうなったら」
こればかりは経験者に一日の長がある。そもそも、一人消している俺がそれに異論を唱える資格はない。もし、また一人消えたなら、その墓へ。
杠もうなずいた。
前例と同じく遺体を埋めることはできないだろうが、人は祈る先は必要だ。それが空の場所でも。
この身の上が空である自覚はある。信念はあるけれど実体はない。未来の不在、依るべき人の不在、縁もない。それでも、数多の祈る先が向けられることを目論んでいるから、それも納得した。納得しないと、この先に俺は進めない。
拠点になった高台の岩窟はひらけていて四方が見渡せた。
春は深まっていたけれど、ソメイヨシノがない東京は野生化した原種のものがまだ残っているところがあった。南南西、数百メートル。荒野と新緑の地、灯りのない月夜では、そこは淡く採光を得ているようだった。
そこを目指して歩けば、岩場の中にぽつりと組まれた十字があった。
道具もない中どうしてこんな硬い場所を選んだのか、と思ったがすぐ首を振った。大樹なら可能であるし、あの場に立ち会えなかった彼なら爪を剥がれるほどに痛めつける行動を起こすのは理解が出来た。
岩のすき間から、桜が見えた。月もあった。西風が吹いた。花弁が石の陰からとおりぬけて来た。梢のさざめき。
十字に近づくとほんのり和菓子めいた匂いがした。塩漬けにした葉を思い出すものだ。食べたことは数少ないが、甘味を好んだ未来が、ええにおいやねぇと何度も半額シールがついたパックを嗅いでいたからそれで覚えている。
花吹雪の匂いかとも思ったが、ああ言った杠たちのことだから、この木も桜を選んだかもしれない。花をたむけるほどのゆとりがないのなら、せめてもの。
また風が吹く。俺は目を閉じた。
十字の根本、土の底にある空を思う。
桜の樹の下なのに屍体は埋まっていない。
「それここ掘れワンワン……は、すっとばしてドッカーン!」
スイッチ片手の千空が、ボタンを押した瞬間、花盛りの木の根元で土煙が立った。
葉っぱではない。発破だった。
よし、掘りに行くぞー!とスコップを背負った大樹が勇んで飛び出していく。ブーツがいいかも大樹君!と杠が履物を投げた。ナイスキャッチ。阿吽の呼吸である。
「……」
何だろう。情緒とは……。
「ククク、テメーの嗅覚がお役に立ったぜ。桜餅の匂いならオオシマザクラ。それがこの辺で生えてるってなら、広尾の公園か、目黒の科博植物園」
北の俺の墓近くが前者、南のこっちがド本命の後者。種の保管庫っつぅお宝ざっくざくだわ。
掘る組に加わろうとしていたら、テメーはこっち、視力考えたらこっちのが適任だと断言され、カゴを渡された。ピクニックセットのような篠のカゴだが、中身を見たらピンセットとシャーレ。
俺の鑑定通りに入れてけよ。
「よっしゃ! 腕が鳴るぜ!」
「名探偵スイカも見つけるんだよ!」
「鑑定は任せるんだわさ!」
「効率的な品種が見つかるといいんだけどね」
クロムとスイカとチェルシーも、大樹を始めとする掘る組の後に続いてリズミカルにスキップを踏み、そのまた後ろから悠々とゼノが闊歩する。
爆破スイッチが、俺のカゴに投げ入れられた。そんな扱いでいいんだろうかとも思ったが、爆破後なら関係ないらしい。
あの時、埋まることのなかった死体男はそんな調子でぴんぴんしていて、月まで行って帰って来、絶賛文明復興中である。
さてこのピクニックバスケットもどき。このシャーレに貴重な作物の種が入れられて、中身が食べ物になるかは神のみぞ知る。その未来を思って、俺は笑った。
桜の樹の下なのに屍体どころか、新しい命しか埋まってないらしい。