【レモンと角砂糖】
「帰ったぞー」
無造作に脱ぎ捨てた靴をそのままに買い物袋を揺らして中へ進んでいくと
「お帰りなさーい。そこは【ただいま】ですよー」
とキッチン越しから小さいことを一々訂正してくる声が返ってくる。二つ結びの髪を揺らしながら忙しなくバレンタインデーで俺に渡すチョコを作っている姿が容易に浮かぶ。チョコの香ばしい良い匂いが強く香りたつキッチンへ足を踏み入れると、さっき思い浮かべた通りの幼馴染みであり、恋人のアオイの後ろ姿。
キッチンのシンク横に買い物袋を置くと、やっと真面目な恋人の瞳が俺に向けられた。
「ありがとうございます」
と続けざまに
「靴、揃えましたか?」
と、釘を刺された。流石、幼馴染みだけある。俺の行動がよーくわかってらっしゃる。俺の無言が肯定だと判断したアオイが眉をつり上げて眉間に皺を寄せた。
「もう!伊之助さんったらいっつもそうなんだから。昔から口を酸っぱくして言ってるのに、靴ぐらい揃えてくださいよ!」
ぷんぷん怒るアオイを尻目に買い物袋から覗くレモンに目線を落とす。チョコを作るための材料を買ってきてと、「レモンと次いでに角砂糖がもうないから買ってきて」とアオイに頼まれてきたのだ。 付き合いたての頃のアオイだったら俺を驚かせようと内緒で作っていたものだが、付き合いが長くなると段々と落ち着いてしまったかのように思う。それでも真面目なアオイは俺を子供のように叱りつけるのは昔から変わらない。それがなんだか、悲しいような寂しいような。
「あのよ」
「なんですか?」
つんとまだ靴を直しに行かない俺に対して怒っているのだろう。レモンを洗い出した手付きが少し荒い。
「もう少し、可愛げのある言い方ってないのかよ」
「はい…?」
蛇口の水がジャブジャブと流れていたのに気付いて慌ててそれを止めたアオイが俺を見た。ツンツンと怒るアオイも好きだけど、たまには甘さも欲しいものだ。
「昔のように、サプライズとかもしなくなったしー…」
「…」
途端に花が萎れたような顔をするアオイに、慌てた。傷つけたいわけではないのだと弁明しようにも口をパクパクとするぐらいで言葉が出てこない。俺はなんて馬鹿なんだろうと思っていると
「そう、もう、こんなにガミガミ怒ってたら可愛くないですよね」
「いy、そ、違っ…」
俯いてしまったアオイの顔を下から様子をみようと屈むとムクリといきなり姿勢をぴちりと正して口を一文字に結んだアオイと向き合った。
真面目な顔をしたと思えば、目をキョロキョロとし、顔を真っ赤にさせ始めた
「は、」
「は?」
「早く、伊之助さんに構って貰いたいから靴をなおしてきてください」
頭が吹っ飛ぶほどの破壊力。
普段ツンツンな恋人がデレると、慣れてない俺には甘すぎるのかもしれない。