一方、ミズキから待機を命じられた面々はというと。
「マルー達、遅いわね」
「森の探索もするんだろ? すぐには帰って来ねーよ」
「そうよね。あぁあ」
一行の拠点とした広い場所で、リンゴ、ボール、リッキー、ランシーはマルー達の帰りを待っていた。
息をついて四肢を投げ出していたリンゴだったが、何か思いついたのか、杖を両手にすくっと立ち上がった。
「急にどうした?」
「待ってる時間がもったいないから、新しい魔法を身につけようと思って! ここにちょうど、大先生が居るし!」
言って振り返ったリンゴが見つめる先には、シャイニングシャークズの一員であるランシーが。その視線に気付いた彼女は辺りをきょろきょろ。近くで不服そうに見てくるリッキーが立っているものの、リンゴはまるで気にしていないようだ。
「大先生って、私の事かしら?」
「もちろんです! ランシーさんは今まで、あたし達くらいの年代を指導してたんですよね? リッキーさんが大先生だっていうくらいですから、実りある特訓ができると思うんです。なのでお願いしますっ! あたし達を強くしてくださいっ!」
思いっきり頭を下げたリンゴ。その光景にランシーは頬を赤らめてはそれを両手で隠した。
「もぅ~リンゴったら! そんな風に言ってくれる子はなかなか居ないから照れちゃうわ!」
「ほら! あんたもランシーさんにお願いして!」
「俺を巻き込むな。一人でやれし」
「何言ってんのよ。あんたもマルーのこと助けたいんでしょ? 新しい魔法を覚えて、マルーを喜ばせるのよ!」
「おいおいそれだったらランシー以上の人間がここに――」
「お願いしますランシーさんっ!」
「もちろんよ! 熱心な子は大歓迎だわ!」
にこやかな表情の横で両手を合わせているランシー。それを見て表情を明るくするリンゴを横目に、選ばれなかったリッキーは口を尖らせていた。
「こうなったら――!」
そう口走るや否や、リッキーは無理矢理ボールの肩を引き寄せる!
「ランシーがそっちを育てるなら俺はこっちだ!」
「え。俺は別に」
「安心しろって! 俺の方がお前の先生としてふさわしいからな!」
「いやそういう訳じゃ――」
「さあー俺について来い! ランシーはそいつを頼んだぞー!」
言いながらリンゴとランシーに背を向けたリッキーは、ボールの肩をキープしたまま拠点を出ていった。
「仕方ないわね。あっちはあっちに任せて、私達は私達で頑張りましょ!」
「よろしくお願いします!」
こうしてリンゴ達は、シャークズからそれぞれ魔法の指導を受けることに。なったのだが、いざ始めようと準備しだした頃、辺りから、がさがざと地面を擦る音が聞こえてきた。
「帰ったぞ」
「戻りましたっす!」
「ただいまー」
音の正体は、森を探索していたミズキ達の足音だった。
「おかえりなさい! アスカもおかえり」
「はい、戻りました」
ぞろぞろやって来る仲間の後ろから来たアスカにも、欠かさず声をかけるランシー。リンゴも皆に声をかけようと目を向けた時だった。
「リンゴただいまーっ!」
「きゃあっ!? ――マルー、いきなり来たらびっくりするじゃない!」
「えへへー、大成功ー!」
飛びついてきたマルーがリンゴに笑いかけてくる。その笑顔はリンゴの驚く姿を見たからかと思いきや、その余韻を感じているにしては長い間、彼女の目元や口元は下がりっぱなしだ。
「ねえ、どうしてそんなにニコニコしてるの?」
「えー? そんなにニコニコしてるかなー?」
「してるわよ。語尾に笑みが張り付いてて気持ち悪いくらい」
「気持ち悪いはひどいよ!」
「それくらい、マルーちゃんはこれからを楽しみにしてるんっすね! アスカちゃんのは厳しいはずっすから、気合い入れるっすよ!」
はい! と、話に割り込んできたブラスに返事するマルーは、リンゴと再会した時よりも満開に笑みを見せている。
「もしかして、マルーも何かするの?」
「え! もしかしてリンゴも!? お互い頑張ろうね!」
顔の横で両手共に拳を握るマルーは気合充分だ。そうして話が落ち着いてきた頃。
「ねーねー。ボールとリッキーさんはどこー? これから作戦会議するんだよー?」
「作戦会議?」
「そうだった! 生き物のいる様子が全くないから、手遅れにならないうちに作戦会議をしようって決めたんだった!」
「それは困ったわ。二人に戻ってくるように言わないと――」
「しばらくすれば帰って来るだろう。ここで待とうじゃないか」
ランシーの提案を遮るように言ったミズキは、拠点の真ん中で仁王立ちをし、腕を組んでいる。眉一つすら動かない彼女が、この場に居る選択を曲げないのは明白だ。
皆がミズキの言葉に従う雰囲気の中、辺りをきょろきょろして落ち着きの無さが目立つ者が一人。
「リュウったら、そんなに二人が心配なわけ?」
「そうじゃないけど……リンゴは知ってるのー? 二人がどっちに行ったか」
「ええまあ。あっち向かって歩いていったわ」
リンゴが彼らの進行方向を指差す。その指先を目で追ったリュウは、自然とその方向に足を踏み出していた。
「まさかリュウ、探しに行くの?」
「暗くなってきてるから、迎えに行ってくるー」
「ちょっ、勝手に動いちゃ――もう! 待とうって話になってるのにーっ!」
リュウはリンゴの叫びを気に留めず、真っ直ぐ森の中へ。彼女が指差した方向だけを頼りに、木々を掻き分けながら進む。
「ボールー、リッキーさーん、どこですかー?」
木の周り、茂みの裏、葉っぱの生える中など、くまなく視線をやる。しかし二人の姿は見当たらなかった。
「そんなに遠くには、行ってないと思うんだけどなー……あ。あそこに居るかも?」
周りを見回して発見したのは、森の狭間の下方から漏れ出る光だった。明滅するその光へとことこ近付いてゆく。
「二人共ー――あれ?」
森の狭間を抜け出たリュウが見たのは、鉢植えに収まりそうな見た目の花が、ところどころで咲いている光景であった。
鈴のような丸っこい花で、色は白。花の中で何かが発光している様子は、リュウに提灯を連想させた。
「ほへー。こんなお花があるんだねー」
彼がその花に触れようと手を伸ばした瞬間、こらあああっ! とあどけない大声に応じるように突如開花! リュウの顔を花粉に包む!
うーうー言いながらも懸命に花粉を振り払った彼は、目の前で開ききった花を見直した。
「今のって、このお花が喋ったのかなー? だとしたらすごいなー」
「なにねぼけたこと言ってるの? お花がしゃべるわけないでしょ!」
「そおー? じゃあ、誰が話しているのー?」
と顔を上げたリュウの後頭部が“かつん”と鳴り響く! 積み木の角を当てられたような痛みが彼の後頭部を疼かせた。
「わたしと話せるなんて、めずらしい人。ニオイからして、あなたはここの人じゃないわよね?」
問いかけが上空から聞こえてくる。痛みに耐えながら顔を上げたリュウは、普段扱うペン一本分の背をした、羽のある女の子と目が合った。
「もしかしてー、妖精さん?」
「だから何? わたしが妖精だからかよわいとでも? あまいんだから!」
バニラのような色をした髪を、ひとつに高くまとめ上げた妖精は、鮮やかな紫色の瞳でリュウを捉える。そして強気な口調で言葉を続けた。
「分かってるのよ! きみがここのお花をぜーんぶぬすんじゃうってこと!」
「そんなことしないよー」
「そんなウソを言ってわたしを安心させるつもり? 見え見えなんだから!」
「うそじゃないよー。 僕は、この森を困らせる人たちの退治をしに来たんだよー? 今は仲間を探してるんだけどー……君は知らない?」
「知らない! それだけならどっか行って! わたしはお花を守るのにいそがしいの!」
「そっかー。教えてくれてありがとうー」
言いながらリュウはその場を立ち、辺りを見回して探し人二人が居ないことを確認すると、じゃあ、と手を挙げた。
「僕もう帰るねー。何か困った事があったら、向こうの広場に居るからいつでも呼んでねー」
リュウは妖精に手を振り、花々から離れる為に来た道を戻ってゆく。
「よばないわよ! べえーーーーーだっ!」
妖精は精一杯、彼に向かって舌を出す。
彼が森に消え、気配も消えた時、その者は懸命に羽ばたかせていた羽を静止させ、飛び出してきた花の中へ下りていった。花の中心に腰を下ろし、小さく息をつくと両手を枕代わりにして寝転ぶ。
「あの人、本当に何がしたかったの……?」
☆
妖精から去るように言われ、その通りに来た道を戻っているリュウ。茂みに踏み入れる足はのそのそしており、何処かに行ったボールとリッキーを追っていた時と比べ随分進みが遅い。うーんと唸りながら茂みを見回す彼は、次の足の踏み場を吟味している様子。
「すっかり暗くて、足元がよく分からないや……うっすらだけど、焚き火みたいな明かりが見えるから、多分、あそこで皆が待ってるんだろうなー」
木々越しに、熱を感じる明かりが目に映る。
「ボールとリッキーさんも、帰ってきてるといいなー」
よし、と意気込んだ彼は明かりに向かって一歩を踏み出した。
進めば進むほど大きくなってゆく明かり。と同時に、腹の虫が目覚めそうな燻し香が進む先から漂ってきた。
「お肉の匂いがするー……この暗さじゃあ、夕御飯の時間になってても、おかしくないよねー……ってことは? ミズキさんがやりたがってた作戦会議、後回しになってるかも?」
急がないと、と呟くよりも早く彼の脚が動く。迷いに囚われていた足取りはどこへやら、明かりの先へ駆け足で向かってゆく。
「ただいま戻りましたーっ」
「リュウ! 無事だったか!」
「いやーすまない! 俺達を探しに行ってたんだって?」
飛び出した先で待っていたのは、赤々と燃える焚き木と、リュウが探していたはずのボールとリッキーだった。リュウの姿を見たボールが立ち上がる近くで、焚き火で暖を取っているリッキーが笑顔で出迎える。だが、その口元や目元には大きな青アザをこしらえていた。
「ねえボール? リッキーさんの顔、何かあったのー?」
「ああ、あれは……」
おもむろにボールへ近寄って尋ねるも、彼は頬を掻くだけで話を続けようとしない。話が始まるまで待っていると、当の本人が「これか?」と青アザまみれの口を開いた。
「リュウが行ったすぐ後に俺達が戻ってきたらしくてな! 散々ミズキさんに怒られちまって、この有様! ハッハッハ――!」
「あんなにボコられたのによく笑ってられますね。俺、そんな目に遭うのはごめんなんで、さっき決まった役割だけを全うするつもりっすからね」
「役割ー?」
「おっと、先にそれの説明か。リュウが居ない間に会議しちまったからな」
「え? もう作戦会議しちゃったのー?」
「ああ。急いでたっぽくて止めようがなかったんだ。あの顔になるのもごめんだったし……」
青アザだらけのリッキーをちらと見たボールはリュウに向き直るも、目を合わせようとしなかった。頭を掻くだけの彼に、リュウはどう反応すれば良いか考えあぐねていた。
「ひとまず、腹ごしらえするのはどうっすか?」
焚き木の向こうから聞こえた声が足音を連れてくる。その音がリュウの前で止まると、彼に茶黒い塊が差し出された。その全容を見るべく目を開けたと同時に開いた鼻孔をくすぐるは、ここへ来るまでに嗅いだ燻し香だった。
「これ、いい匂いしますー」
「干し肉だぞ。穴場の干し肉屋で仕入れたのを、ブラスが絶妙な燻し加減で仕上げた一品だ。見た目に驚いただろうが、食べても驚くぞ!」
満面の笑みで言うリッキーと、大げさっすよ、とはにかむブラス。そんな様子を目にしてから、改めて手元の干し肉を見つめ、それからひとかじり。
「……しっかりお肉味ー」
「だろ!?よく噛んで食べろよ」
「ほーい」
むしゃむしゃ黙々と、リュウが食事する中、ボールとリッキーの二人が会議の内容を話してくれた。
これからの捜索は、三人一組となって行うという。
マルー、アスカ、ブラスのグループ、リンゴ、ランシー、ミズキのグループ、そしてボール、リュウ、リッキーのグループで分けられ、一つは拠点での見張り、他は森の探索と割り当てられたそう。
「今の俺達は探索の役割なんだ。リュウを探すことも兼ねてたんだが、何ともなさそうで良かった」
「んぃーぃ……」
「どんだけかじりついてんだ……そんなに腹減ってたのか?」
「んーっ! ……」
心配げに見ているボールを余所に、リュウはもらった干し肉の一片を口に含むことに成功した。しきりに口を動かすも飲み込むには至らず。口元の極近い位置に干し肉を構えてるリュウだが、ありつくには咀嚼がしばらく必要そうだ。
「噛みきれないんだろー? それこそ干し肉だ! こんなに旨いもんは無いぜ!」
「……」
「なんでこいつは無言なんだ?」
「食べる時は黙る派なんですよリュウは。な?」
「……」
「……ほら」
「なるほど。これは言葉にならないほど旨いってことだな!」
「……」
「何か反応くれえええっ!」
「リーダー? 静かにするっす」
反応無いリュウに憤慨するリッキーを咎めたのは、木へ寄りかかっているブラス。その隣では、彼のグループメンバーであるマルーとアスカが、地べたに座って寝息を立てていた。
「すまんすまん。二人を先に寝かせてるんだったな」
「見張りも大変だよな。これから夜も深くなるし――」
「心配いらないっすよ? 自分が君達のリーダーを守るっすから、安心して探索に行ってくるっす!」
「頼もしい事言ってくれるじゃねえか! な、ボール?」
「……まあ、はい」
「なんでそんな微妙な反応なん――あっ」
途中で言葉を詰まらせたリッキーだったが、何かを悟ったように「あー」と呟いては天を仰ぐ。そのまま顔をしかめた後、はいはいはい! とひとりでに頷き出した。
「ラックが言ってたのはそういう事ね! うわあー羨ましいわあー」
ボールににやけ顔を向けるリッキー。端から見れば奇妙そのものだが、ボールにとっては頭を抱えてしまう振る舞いのようだった。
「ボール、大丈夫ー?」
「……なんか頭痛くなってきたわ」
「大変っす! 少し休んだほうが――」
「いや、そこまでじゃないんで! 気持ちだけ、もらっときます」
「そうっすか? 了解っす」
とブラスが元の位置に腰を下ろしたところで、咀嚼が終わったらしいリュウは、もらった干し肉を再び口に含める。先ほどは噛みちぎろうと引っ張っていた彼だが、今度はそれの端を含めたまま微動だにしない。
「食べないのか?」
「たへてうよー? 吸うことにしたのー」
ボールの質問に答えたリュウの口元を見ると、僅かにもごもごと動いていた。口の中では懸命に味わっているようだったがほどなくしてその動きも止まった。
「どうしたんだ、リュウ?」
「今、悲鳴が聞こえた気がしてー」
「は?」
突如身に起きていない内容を口走ったリュウは、背筋を伸ばしてしきりに辺りを見回している。
「何も聞こえねえけど?」
「えー? あの辺から聞こえないー?」
「全然。リッキーさんはどうすか?」
「へ? 何がどうした?」
「――聞こえてないっぽいぞ」
「そんなー……とにかく僕行ってくる! このまま放っておけないから!」
「おいリュウ! 待てよ!」
「こらっ勝手な行動すんなっ!」
駆け出してしまったリュウはボールとリッキーの制止に耳を貸すこと無く、再び森に消えてしまった。
「どうしたんっすかねリュウ君? あの焦りっぷりは本当に何かあったんだろうっすけど」
「悲鳴が聞こえたらしいんすよ。ブラスさんには聞こえました?」
「本当っすか!? すみません、全く気付かなかったっす!」
「いや、それ以前の問題だ。俺にだって聞こえなかった」
「二人も俺と一緒か――」
ボールは睡眠中のマルーとアスカにも目をやった。これまで通りすやすや眠る彼女達を見て、ボールは自身のあご下に拳を添えた。
「(正義感の強いマルーと、戦闘に長けていそうなアスカさんなら、もし悲鳴が聞こえたら飛び起きるだろうな。なのに起きてねえってことは、実際に悲鳴は上がっていない。はずなんだけどなあ……あいつの言動が嘘に思えねえ。俺達には聞こえなかった悲鳴が聞き取れた可能性だって――)」
「ボール! 聞いてたか!?」
「はいっ何すか!」
「ちゃんと聞いとけよおー全く。見失うとダルいから追うぞ!」
「すみません、了解す」
「ってわけで俺達行くわ! ブラスはこの場を頼むぞ!」
「気を付けるっすー!」
手を振るブラスに見送られ、ボールとリッキーはリュウの後を追った。