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●刹那を粋に
行方不明の父親を探す話。伝えたいことがあるなら、言葉にしないと伝わらない。
粋那と一羽、摩天崖に行く。言葉が無くても伝わるものがある。
○あらすじ1000字以内
○本文
 深い、深い谷の底。
 川縁の草葉の影に隠されるように、鋼鉄の扉があった。外からの侵入を拒むように、はたまた内から脱走する者を捕らえるように硬く閉ざされている。
 サーッと静かに風が吹き、扉が僅かに動く。
 錆びついた鉄粉が擦れる匂い、ギ……ギギ……と弱々しく鳴る重たい扉。
 出てきたのは痩せ細った少女だ。
 真っ白な足で一歩踏み出すと、細かな砂利がほんの少し音を立てる。少女は、はじめて聞く音に飛び跳ね、青白い血管が浮き出る首をキョロキョロさせて警戒した。太い黒革の首輪がつられて動く。
 十代半ば頃に見える少女は、薄汚れたシャツから手を出し、何度か顔を拭った。時々手のひらに付いた汚れを舌で舐め取る。
 顔は可愛らしく、大きな赤い瞳は太陽の光を反射し輝いている。特に目立つのは側頭部から垂れているピンク色の耳。一見すると癖が付いた髪の毛のようだが、赤みがかった黒髪と垂れ耳の境は色がはっきり分かれている。
 少女はおぼつかない足取りで目の前の川にフラフラと近付き、浅瀬の匂いを嗅いだ。鼻を震わせながら、フンフンと楽しそうに探索する。流れる川の匂いも、陽光の暖かさも、足に触れる石の感触も、はじめての経験だ。
 少女の目は、水中を泳ぐ小さな魚を捕らえた。腹がきゅう、と鳴る。本能に従い勢いよく手を伸ばすと、先に水面が揺れ、魚は逃げてしまった。
 気温は暖かくなってきたが水中はまだ冷たい。それでも楽しそうに何度も手を入れ、少女はハッハッと荒くなった呼吸を繰り返す。
 その最中、ピンク色の耳が音を拾った。背後の鉄扉からだ。
「おい、ここ開いてるぞ!」
「逃走経路発見しました!」
「十一番いるか?」
「死んでても回収しろ!」
 幾人もの叫び声が轟く。
 少女は、叫び声から逃げるように駆け出した。水の中で拾った●壊滅の鍵を握りしめて……
●USB、錆びた鍵、研究資料の紙切れ
 * * *
  夜、橘粋那(たちばな いきな)は居酒屋にいた。
 ひとりでカウンターに座り、烏龍茶をごくんと飲み干す。刺さるようなほのかな苦みが鼻を抜けていく。
 座敷席で盛り上がる大学生の活気を背中に感じつつ、片膝をついて思案する。
「お兄ちゃん見ない顔だけど、大学生?」
 隣で呑んでいたサラリーマンがふらりと声をかけてきた。
「まだ高校生ですよ。中退しとりますけど」
「ふぅん。いや、理由とか聞かないから。頑張ってね」
「ありがとうございます」
 サラリーマンは、粋那の手元をちらりと見た。
「もんじゃ好き?」
「あ、はい。友達とよく食べとったんですよ」
「俺、元カノと地方旅行した時にさ、もんじゃ食ったんよ。どこだっけ、神社の参道が商店街になってて……」
「自分そこ出身かもです。紅葉岬あるとこですよね」
「そうそう! え、めっちゃ遠いよな。なにしに東京まで来たの?」
「人探してます」
 粋那はウエストポーチを開け、「この人なんですけど」とスマートフォンを見せた。居間で新聞を読む男性の横顔の写真だ。
「ふうん、誰?」
「父親です」
「父親?」
 サラリーマンはスマホと粋那を見比べて首を捻ったあと、カウンターの向こうに見せた。
「店長、この人知ってる?」
「ん? 知らんなあ」
「もっとよく見て!」
「あんまよく分かんねえなあ……」
 苦笑いする店長に、サラリーマンはスマホをぐいと近づける。店長が渋々顔を近づけると同時に、座敷から声があがった。
「すんませーん! おあいそ!」
 呼ばれた店長は「あいよ」と答え、紙を返し、レジを打ち始めた。
「人探しって、インターネットでやったほうがいいんじゃない?」
「掲示板とか知恵袋ですよね。やってみようかな……」
「なーにー? 探偵さん?」
 会計を待つあいだ手持ち無沙汰になった若者たちが絡んできた。気持ちよく酔えたようで、狭い店内に大きな声が響く。
「真実はいつもいつつ!」
「多すぎ!」
「見た目は大人、中身は子ども、です!」
「逆、逆ぅ!」
 かぁははははと楽しそうに笑う顔を見ていると、粋那もなんだか嬉しくなる。
「めっちゃご機嫌ですね。良いことでもあったんですか?」
「聞いて聞いて! うちの犬がな、子供産んだんよ!」
「またそれ!」
「知らん人にまで話すなよー!」
「もう聞き飽きたよ。店長、いくら?」
「ここカード駄目だって。割り勘すっべ」
 店長が金額を出すと、若者たちは話も途中で二次会に行ってしまった。
「俺もまた飼おうかなー。実家でな、飼ってたのよ、うさぎ」
「マジですか、俺もうさぎ飼ってましたよ!」
「写真見る? 見て!」
「見せてください!」
 サラリーマンはスマートフォンを操作して写真を探し始めた。よくよく話してみると気が合い、進学校に通っていたこと、部活でバンドをやっていたこと、生徒会の副会長などの共通点でひとしきり盛り上がった。
「お兄ちゃん甘いもん好き?」
「好きですよ」
「じゃあ飴ちゃんあげよう。とっておきだぜ」
「とっておき! いいんすか」
 サラリーマンはポケットから飴を一粒取り出し、粋那の手に握らせた。
「さらに、今日は俺の奢りだ」
「えー! ありがとうございます、ご馳走様です!」
 粋那は深々と頭を下げた。社交辞令でもノリでもない、心からの感謝だ。実際、懐は寂しかった。
「いいよそんな。俺も楽しかったし、ありがとな!」
 店内に、穏やかな時間が流れるその時、
「万引きだー!」
 店の外で男性の大きな声が響いた。隣のドラッグストアからのようだ。
 居酒屋の店内にいる皆の視線が、外の様子を伺うようにガラス戸に集まった。
 ガラス戸の前を、背の低い影が走り去る。
 考えるよりも早く、粋那の体は動き出していた。
 身ひとつで居酒屋を出て、今しがた見えた影が逃げた方向を見ると、走る子供の姿があった。すぐに追いかける。
 粋那の前を逃げるのは、背の低い痩せた子供だ。男の子か女の子か、後ろ姿では分からない。体に合わない大きなシャツに風を受けながら、大通りをまっすぐ走り抜けている。時々振り向くと、癖の強い二色に分かれた髪が大きく揺れた。透明な袋に入ったパンをひとつ、小さな口に咥えている。あのパンを食べたくて盗んだのだろう。
 脚の筋肉は大してついていないが瞬発力はあるようで、一歩進むごとにスピードが上がっていく。
 三十秒ほど鬼ごっこを続け、粋那の頬が火照ってきた時、不意に子供は建物の角を曲がった。
 少女は路地を縫うように突き進んだ。追跡者の足音が聞こえなくなると、荒い呼吸を整えながらゆっくり歩く。上下していた肩が落ち着くと、その場に立ち止まる。
 左右には灰色のコンクリート壁。ざらついた壁には、煙草と生ゴミの匂いがこびりついている。
 少女はパンの袋を噛んでいる。中にあるパンを食べたいようだが、開け方が分からないらしい。フンフン弄んでいるうちに、尖った歯が袋に当たり、薄い切り込みが付けられた。もういくらか噛んでいると真ん中から引き裂かれ、ようやく食べ物にありつけた。小さな口で齧りつき、下顎を動かし歯ですり潰すように咀嚼する。
 腹が満たされると満足したように地面に座った。薄汚れたシャツから手を出し、何度か顔を拭った。時々手のひらに付いた汚れを舌で舐め取る。
「なにしてんだ、泥棒?」
 追いついた粋那が路地裏を覗く。シャツの後ろ襟を掴み、今度こそ捕える。少女は前のめりに空を走り、逃げ出そうとしている。
「落ち着け。取って食おうってわけじゃねぇけん」
 粋那は両肩を掴んで静止させる。捨て置かれた袋を横目に見ながら、子供と視線を合わせる。
「お前、なにしたか分かってっか?」
 その時、ぐぅ、と鳴った。少女の腹からだ。パンひとつでは満たされなかったらしい。
「腹減ってんのか?」
 子供は小さな口をへの字にして、しょんぼりしている。
「しゃあねぇな。これやるよ、貰いもんだけど」
 粋那は先ほど貰った飴を、子供の前に差し出した。包みを開けて「ほら」と差し出すと、子供は鼻を近づけてフンフン探る。口を開くと、勢い余って指ごと咥えた。
「痛っ」
 粋那は慌てて指を引っこ抜く。子供は飴をガジガジ噛み砕くと、途端に赤い瞳がキラキラと輝く。口の中に、味わったことの無いフルーティーな甘味が広がった。
 少女は反射的に飛び跳ねた。美味しい! これ好き! と伝えたいようだ。
「美味いか?」
 嬉しそうな子供に、粋那は笑顔を向ける。子供が飴を食べ終わった頃を見計らい、言葉を掛ける。
「じゃあ、謝りに行こうな」
 言葉の意味を理解できておらずとも構わず、粋那は手を引いた。証拠としてパンの袋も回収する。路地を出ると眩しい日光に照らされ、子供は反射的に目を瞑った。
「すみません、さっきの万引きって……」
 あとは警察に任せ、粋那は立ち去った。
 スマートフォンの地図を見ながら、ホテルに辿り着いた。カプセルホテルだ。
 背後に気配がする。
 振り返ると、先ほどの子供が粋那を見ていた。
「警察に預けたよな?」
 首筋に冷たい汗を感じながら、子供に近づく。
「人間じゃ……ない?」
警察へ
 受付の列を待っている
 サーバーの水を紙コップに入れ
鼻ブッブッ、夜カプセルホテル、何度も往復してる履歴あって東京来たけどなにも情報が無い。
 父親が帰ってこなかったあの日も、いつもよりひとつ多い鞄を抱えて、靴を履く背中を見ていた。立ち上がると俺の髪を撫でて、頬を摘んで「行ってきます」と言う。いつもと変わらない朝のはずだった。だけど、親父は帰ってこなかった。どこか遠い知らないところに行ってしまうような感じがした。あの時感じた違和感は合っていたんだ。父親がもう死んでることは分かってるんだ、諦めきれない
 待っている間、アメニティの水を手に取り、口に含む。意味もなく道路を見ると、思わず飛び跳ねた。
 道路に面したガラス窓から、子供がこちらを覗いている。扉のガラスに触れるほど顔を寄せ、吐く息に合わせて白く曇っている。
 咽せる粋那
「勘弁してくれ……」
 粋那は頭を抱えた。
「なんで居るだよ。そんなに警察嫌なんか?」
居た堪れなくて
「とりあえず来いや」
 受付が空き、粋那はチェックインした。
「すみません、予約は一人だったんですけど、もう一人分追加できますか?」
「お部屋は空いております。男性ですか、女性ですか?」
(こいつ、どっちだ?)
 粋那の目には、男とも女とも見える。まさか、こんな場所で服を脱がして確認するわけにもいかない。もし女だとしたら、フロントで粋那と別れてから一人であれこれしなければいけない。
 ……できそうもない。
「男です」
 宿泊名簿には、男でも女でも通用する友人の名前を拝借した。
 二人だって食堂に向かった。
「現金持ってないけんな、あんま高いの無理だで」
 少女はしきりに頭を動かして、周りを珍しげに見ている。
「同じのんでいいか?」
「んで、お前、名前はなんなん?」
 少女は何も返さない。
「じゃあ……俺が決めるか」
 粋那は少女を見ながら、思いつく単語を並べていく。
「ぴんく、もも、くろ、たろう、はなこ、ぽち、たま、にんげん、にん、にんじゃ、ひと、ひとつ、ひとま……」
 どれにも無反応だ。粋那は体勢を変えて「そうだな」と一呼吸置いた。
「ひ……ひとう」
 その声に、少女が顔を上げた。プウプウと鼻を鳴らしている。
「決まりだな」
「漢字も決めるか?」
 粋那は机に置かれていたナプキンとボールペンを取った。ナプキンを広げ、『人』と書いていく。
「これは人間って意味。これは一番とか、初め。これは仁義の仁、思いやり。これは他人、別物」
 少女は興味津々にボールペンの軌跡を目で追う。半開きになった口にも気づいていないようだ。
 粋那は隣のページに移り、『有』と書いていく。
「これはある、存在する。これは右、ライト。これは宇宙。これは羽、翼……」
 思いつく限りの漢字を並べ、それぞれの意味を教えていく。
「さ、どれがいい?」
 文字で埋まったナプキンを少女に擦り寄せる。少女の開けっぱなしの口から涎が垂れた。真下にいた文字が滲む。
 粋那は「ハハッ」と笑って滲んだ文字を確認した。
「じゃあ一羽(ひとう)で決まりだな」
 粋那は目を細めて笑った。一羽も真似して笑った。
大浴場
 一羽のシャツを脱がせると、粋那はそれに気が付いたら。まず、この子供が女の子であること。あるべきところに無いのなら、十中八九女の子だろう。それから、左の横腹に、縦に二本線が入っていること。
「これ、刺青? シールじゃねぇよな……」
 刺青ならば、公衆浴場は避けるべきだろう。最近はワンポイント程度なら目を瞑る施設もあるとはいえ、目立つ行為は避けるべきだ。
 しかし、一羽の身体は薄汚れていて風呂は必須だ。粋那は思案し、タオルをヘソの辺りで結んだ。刺青も性別も、今は誤魔化すしかない。
「こんなトコでうんこすんな!」
食糞する一羽
「うんこ食うな!」
⑤ 朝、布団で失禁する一羽
研究所の追手、逃げながら戦う、一羽を逃すが物陰から見てる
「なにがあった?」
「言わんと分からんで」
 一羽は拳を握りしめながら、地面を力強く蹴った。
「なんだよ、怒ってんのか?」
一羽の服にロゴ
ググると研究所
「奥多摩か、遠いな……」
⑥ 研究所に行く、潰れてる、父親の足跡がある
「親父……!」
木更城源四郎だった父親、整形外科医、選挙に負けたため消えることを受け入れた、粋那に良い環境を与えるため顔を変えて戻って来た
一羽辛い実験を思い出しキーキー
「俺は一旦地元に帰るけど、お前はどうする?」裾を掴んだ指に力が込もった。
「しょうがねぇなぁ!」
粋那を追いかけて撫でられて目を細めて頭を擦り付ける一羽
⑦ 深夜、元担任の家に集う御郷と粋那
「よっ」
「ん」
 青年は素っ気なく返す。
 粋那の陰に隠れる一羽を見つけ、頭から爪先まで舐め回す。
「それ、なに?」
「それって言うなよ。一羽だ」
「どこから持って来たの?」
「東京」
庭で食品サンプル作る元担任
「「おぉー」」
粋那が仕入れてきた父親の足跡を話す
御郷が予想する
「どこかで生きてるかもしれんし、かもしない」
「曖昧だなぁ」
「もし、まだ生きてたらどうする?」
 粋那は「そうなぁ……」と視線を落とし、続けた。
「俺と母さんのこと、どう思ってるのか聞きたいかな」
「ほんとは?」
「……嫌な聞き方するなよ。ほんとは、そうだな……」
 真っ暗な空を仰いだ。昼間は街を照らしていた太陽も、今は深い眠りを楽しんでいる。
「ただ撫でて欲しい、のかな」
 粋那はそう呟くと、一羽の瞳を優しく見つめた。髪を撫で、頬を摘む。かつて、父親がしてくれたように。
研究所が潰れて正解検証はできない
「また高校行くの?」
「今回の旅楽しかったし、日本一周でもしようかな」
 右手で一羽の髪をわしゃわしゃ掻き混ぜる。一羽は、粋那の手に被せるように掴んだ。もっと撫でて、と言いたげだ。
「良い相棒もできたことだし」
 粋那は応えるように、両手で髪を乱してやった。
⑧ 一羽と旅道中の粋那、街で父親をたまたま目にする、新子家族と観光客でもんじゃ食べる親父
 妻らしき女性と、幼い子供の三人でテーブルを囲んでいる。整形手術でも施したのだろう、顔は全くの別人だ。
 子供の頭を撫でると、手を下にずらして頰を柔らかく摘む。別人のようでいても、その仕草は父親のものだった。
「親父……」
 粋那は小さくぽつりと零した。何かに気づいた一羽が、下から顔を覗き込む。
 それ以上は何も言わず、歩みを進めた。
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