「はぁ~疲れた……」
執務室のモニターをスリーブモードにし、ぐっと背中を伸ばす。時計に目をやると時刻はあと三十分で日付が変わろうとしていた。
「……終わったのか」
丁度良いタイミングで近侍の大倶利伽羅が声を掛ける。あとは私がやるよ、と言う前に無言で書類を取られてしまい、互いに終わった書類を手際よくまとめていく。
「ごめんねこんな時間まで。大倶利伽羅さんの方が先に終わっていたから、待っていなくても良かったのに」
「俺が好きでやっている」
ぽん、と優しくまとめた書類を渡された。言葉づかいはぶっきらぼうな部分はあるが、それも彼なりの優しさが含まれている。直接言葉にはされていないが、あんたは気にするな、と言われているようで心がぽっと温かくなる感覚だ。
「……風呂を沸かしてきた。明日は現世での仕事だろう」
書類を握りしめたままさりげない優しさに浸っていたが、いつの間にか時間が経っていたらしく、大倶利伽羅が浴槽に湯を張ってくれていたらしい。
「えっ……‼ ごめんね、いつもありがとう」
「……謝る必要はない」
そっと大倶利伽羅の褐色の手が審神者の髪を撫でると、前髪を分け額に口づけを落とした。
「布団の準備をしてくる。あんたは先に風呂に入って、ゆっくり休んでくれ」
そう言うと、隣にある私室に行き、そっと襖が閉められた。
この本丸の審神者と大倶利恋伽羅は恋仲であり、他の刀剣男士公認の関係である。審神者は現世の仕事と審神者の仕事を兼業しており、普段は現世の仕事に赴き、休みの日は審神者の仕事を進めていくという中々に忙しい日々を送っていた。
大倶利伽羅と付き合い始めて、気が付けばあっという間に三カ月が経っていた。手を繋ぐ事やキスは早い段階で終えているが、その先には進めていない。現世との仕事の掛け持ちは想像以上にきつく、その日の業務を終えた時点ですでに体が疲れており、次の日も何らかの仕事がある為に無理は出来ない。
執務の休憩の合間に、大倶利伽羅はそっと審神者の体を抱き寄せる事が多い。落ち着く香りと体温で自然と瞼が閉じ、気が付けば眠っている。
「大倶利伽羅さんは、どう思っているんだろうな……」
丁度良い温度の湯船に浸かり、天井を見つめながら大倶利伽羅の気持ちを考える。自分自身に触れている時点で嫌われていないとは思うが、その先の事を考えるとどうしても怖気づいてしまう。
今まで男性と交際した経験はあるが、初めての一目惚れでありしかも相手は神様だ。結ばれない事を覚悟していた恋が実ったのだ、大倶利伽羅には嫌われたくないという気持ちがどうしても先立ってしまうのだ。
体を重ねたい、それを口にしたら大倶利伽羅はどんな反応をするだろうか。
自分自身の体を見るが平均的な体系であり、どこに魅力があるのかと問われるとすぐに答えることができない。何も身にまとっていない姿を見たら幻滅されてしまうのではないか、と想像しただけで泣きそうになってしまう自分がいた。ゆっくり浸かってきたらいいと言われたが、中々に時間が経っている。はあ、と大きなため息を響かせながら浴室を後にした。
私室に戻るとすでに大倶利伽羅が入浴を済ませ、石鹸のほのかな香りを纏わせながら浴衣姿で待っていた。化粧台の前に促されると彼がヘアオイルを手に取り、審神者の髪になじませるとドライヤーのスイッチを入れ、優しい手つきで髪を乾かしていく。入浴後、大倶利伽羅が審神者の髪を乾かすというのが、いつもの流れだ。
「……あんたの髪を乾かしてもいいか」
初めてそう言われた時はとても驚いた事を今でも覚えている。あまりにも戸惑った反応を見せた為「……嫌か」と言われすぐに否定したのは記憶に新しい。緊張で固まったまま化粧台の前に座ったが、鏡越しに見えた大倶利伽羅の目がとても優しい事に気が付き、そこから大倶利伽羅にドライヤーをされることが好きになったのだ。
「……終わったぞ」
声が聞こえ、はっと意識が戻る。どうやら心地よさからか眠ってしまったようだった。大倶利伽羅のドライヤーは自分よりも丁寧なのか、仕上がりがとても綺麗だ。
もう時刻は一時を過ぎている。すぐに布団に入ると大倶利伽羅の腕枕が待っており、彼の温もりにあっという間に包まれた。
「……あと、一週間か」
大倶利伽羅がぽつりと呟いた。現世の仕事を退職するのは一週間後。そこから審神者を専業として励んでいく。
「そうですね