ドン、と何か鈍い音が聞こえたのは、厨を出て大倶利伽羅の部屋へ行こうと角を曲がった時だった。何か嫌な予感がするのは気のせいであってほしいと願うが、音の他にも刀剣男士たちの話し声が聞こえる。走るのは体に負担がかかると分かっていても、急ぐ足は止まらなかった。
「……あんたはそうやって、いつまで主にっ……そんな素振り見せるんだよ……‼」
「……っ」
 どうやら加州が大倶利伽羅を殴ったらしい。声を荒げる加州とは対照的に、大倶利伽羅は無言だった。先程の様子から今後の進退が問題の種だろう。間に入らないと、そう思い一歩を踏み出したその時だった。
 手の力が抜け、急須や湯呑が床に落ち割れる音が響く。
「……主っ‼」
「……っ……きよみ、つ……」
 視界が定まらず、胸が苦しい。刀剣男士たちが声を出しているのは分かるが、何を言っているかまでは分からず、遠くに聞こえる。体の末端から温もりが消えていく感覚だ。今日は普段より調子が良いと思っていたが、これほどまでに急変するとは想像もしていなかった。意識は保っている事がやっとであり、抱きかかえてくれたのは爪紅の色からして加州ということまでは分かった。
「っ……何してんだよ大倶利伽羅!」
 加州がこれ程声を荒げて叫んだのを見たのは初めてだった。何故そこで大倶利伽羅の名前が出てくるのだろう。
「もう今しかないんだよ! ここであんたが連れて行かなかったら、もう……主はっ……」
 もう瞼を開けている事が出来ない。意識が途切れかけたその瞬間、誰かが自分をぐいっと引き寄せる感覚が走り、それと同時に意識を手放した。
 一瞬の光に包まれたあと、そこに審神者と大倶利伽羅の姿は無かった。
「もう、やっとだよ。ここまで言わないと動けないんだから本当に手のかかる奴。二人で絶対に幸せになってよね」
 つう、と涙が加州の頬を伝う。審神者が大倶利伽羅の神域へ行ったのはこの本丸の刀剣男士全員に伝わったのであろう。悲しくも柔らかな雰囲気がそこには流れていた。
 目を覚ますとそこは知らない部屋であった。ゆっくりと体を起こすと、怠さは残っているものの痛みは感じず、先ほどまで冷えていた体は暖かさに包まれている。一体ここはどこだろうと布団から出ようとすると、「入るぞ」といい襖が開けられた。
「大倶利伽羅さん……!」
「……体は、大丈夫なのか」
「はい……心なしか体も軽くなったようで……あっ……そういえば大倶利伽羅さん清光に殴られてましたよね⁉ 大丈夫でしたか……⁉」
「もうあれから三日も経った。心配ない」
 三日という言葉を聞いて驚きを隠せない。自分は三日も眠っていたのか、と考えていると開いた襖から風が吹きこんでくる。それと同時に感じる、大倶利伽羅の凛とした霊力。
「あの、大倶利伽羅さん、ここはもしかして……」
「……俺の神域だ」
 どうやら自分は死後の選択肢の後者である、刀剣男士の神域へと魂を運ばれたようだった。
 本丸に似た大きな日本家屋は、どうやら大倶利伽羅と審神者の二人きりだけらしい。普段はあれだけ多くの刀剣男士で賑わって手狭にすら感じていた本丸も、二人きりになると途端に広さを実感してしまう。
 神域に連れて来られた魂は病の症状から解放され、一週間も経てば元の元気な体へと戻っていった。今では軽く走っても何も負担を感じない。大倶利伽羅の霊力で満たされているため食事も摂らなくて平気らしいが、どこか味気ないと食事は三食きっちりと作って食べている。神域とは不思議なもので、欲しいと思った食材が自然と厨に用意されるのだ。これも全て大倶利伽羅のお陰だと思うと感謝しかない。
 書庫には多くの分野の本が置かれており、審神者の心を躍らせた。元々本を読むことが好きだったが忙しさに加え、ここ半年は体調不良で本を読む余裕など無かったからだ。食事の片付けを終えると読みたい本を選び、日の当たる縁側で読書をする事が自然と習慣になった。
 大倶利伽羅とは部屋が隣同士であり朝と夜、食事の際以外はこの広さのせいか中々顔を合わす事が少ない。この本丸の様な場所はどのようになっているのだろうと探索をし、案の定迷ってしまった際は息を切らしながら助けに来てくれたのを考えると、自分よりもあまり遠くない場所に居るんだろう。
 大倶利伽羅は極になって言葉を掛けてくれる回数が増えたが、それでもあまり多くはない。だが決して無言であっても雰囲気は柔らかく、こちらの問いかけには答えてくれる。審神者が朝寝坊をした時は、「……朝食は作っておいた」と準備をしていたのには審神者も驚いた。
 朝におはようと言い、食事を共にし、夜におやすみと言い互いの部屋に戻っていく。そんな神域での生活はあっという間に一カ月が経っていた。
 その日も縁側で本を読み、冷たい風が吹くと思い顔を上げると日が沈みかけていた。もうそんな時間になるのかと慌てて本を片付け、厨に向かう。大倶利伽羅に好き嫌いはなく、何でも綺麗に食べてくれるのが嬉しかった。今日の献立は何にしようかと備え付けられていた冷蔵庫を見ると、とある食材が目に入る。
 夕餉の時間になると大倶利伽羅が顔を出した。
「おかえりなさい、大倶利伽羅さん」
「ああ」
「今日の夜ご飯はカツ丼にしました! まだ本丸立ち上げ当初で人数も少なかった時、みんなで作って食べたの思い出して、それで食べたくなったんです」
「……っ……そう、か」
 一瞬大倶利伽羅の顔が引きつったのは気のせいだろうか。その後は何も言わず淡々と食事を口に運び、後片付けは自分がすると言われて厨を出されてしまった。何か気にする事でも言ってしまっただろうか。心残りがあるもののあまり言及しては悪いと思い、風呂へ行ったあと大倶利伽羅とは顔を合わす事無く自室へと戻った。
「……ん……」
 その日の夜中、違和感を感じて目を覚ますと、部屋がひんやりとした空気に包まれていた。ここ一カ月は春の気候であったが、今はまるで真冬並みだ。
 襖を開けると外には雪が降り始めていた。これほどまでに天候が急変するなど、神域の主である大倶利伽羅に何かあったのだろうか。隣の大倶利伽羅の部屋の前で声を掛けるが、反応は無い。
「大倶利伽羅さんっ……あの、入りますねっ……」
 襖を勢いよく開けると、壁に背をもたれて俯いている大倶利伽羅の姿があった。
「大丈夫ですかっ……」
 顔を覗き込むが、室内に明かりは灯っていなく表情が分からない。どこか体調でも悪いのだろうか。だとしたら冷えた室内では体を悪くしてしまうと立ち上がろうとした時、大倶利伽羅が口を開いた。
「……あんたは、本当に良かったのか」
「え……?」
「自分の進退を決められず、初期刀に殴られあんたが死にかける寸前まで俺は答えを出せなかった……そんな奴のもとに居て」
 大倶利伽羅が言葉を紡ごうとした時、頬を柔らかく温かい手が包む。そこで初めて、自分が涙を流していた事に気が付いた。
「大俱利伽羅さん、私、ここに来た時嬉しかった自分が居たんです。体が急変した時、大倶利伽羅さんが神域に連れて行ってくれるなんて想像していなかったから」
 しばしの沈黙のあと、大倶利伽羅がゆっくりと口を開いた。
「……俺は、ずっと……あんたの事が好きだ」
 
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ななし@92cc1a
ちょっと前から見てます♡
13:48
みなづき@8/21紅一点6号館Bら21b
ありがとうございます~
17:41
若紫
こんばんは~!
18:21
みなづき@8/21紅一点6号館Bら21b
若紫さんこんばんは~!!
113:04
若紫
切なくて泣いてしまいそう……
114:27
みなづき@8/21紅一点6号館Bら21b
今が一番つらいシーンですね……
115:26
若紫
いや~~~~~~幸せになってください……(お邪魔してしまい申し訳ないです💦)
115:47
みなづき@8/21紅一点6号館Bら21b
いえいえ!最後はハピエンなので!
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くりさに原稿
初公開日: 2022年07月31日
最終更新日: 2022年08月01日
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