ようやく入った森の中は斜陽を受けてか、温かく優しい木漏れ日に満ちていた。その中をミズキが先頭になって歩いていた。彼女の後を、マルー率いるサイクロンズが、更に後ろをシャイニングシャークズが続く。
シャークズのリーダー・リッキーは、侵入防止の雷撃を受けた為にしばらく介抱されていたものの、穏やかな景色を見ているうちにすっかり元通り――勇んでチームの前を歩いている。
そうしてしばらく道なりに進んでいると、切り株や焚き火跡が残る広間に到着した。誰かが手を加えて造られたと思われるこの場所だが、切り株に蓄積された砂埃や、今にも朽ち果てそうな薪を見るからして、ずいぶん前からこの状態のようだ。
これらを見て、先頭を歩いていたミズキは独りでに頷き、後に続いている皆へ正面を向いた。
「この辺りを拠点にしよう。 マルー、リュウ、アスカ、ブラス。早速だが、私と一緒に森の探索と枝集めに来るんだ。とてもじゃないが、あの焚き火跡で暖は取れない」
指示をして早々、ミズキは広間に背を向け歩き出す。
「ミズキさん俺達は――!」
「他の四人は待機だ。頼んだぞ」
「だそうよリーダー。じゃあ二人共! ミズキさん達をよろしくね!」
「はいっす! アスカちゃん、早速行きますか!」
ブラスが、静かに頷いたアスカを連れてミズキについていく。
「私達も行くね!」
「行ってきまーす」
「気を付けてねーっ!」
「あんま迷惑かけんなよー」
こうして一行は四人一組で行動をとることに。マルー、リュウ、アスカ、ブラスは、ミズキと共に森を見回りながらの枝集めである。
「妖精さーん!」
「いますかー?」
しかし、マルーとリュウは妖精探しに夢中だ。
「二人共、どうしても妖精が見たいんっすね」
「もちろんです! 確かに、今回の相手を倒せば妖精さんを助けることにはなるんですけど、私、やっぱり妖精さんに会うのを諦めきれないんです」
「僕もやっぱり会ってみたくてー」
うんうん、と頷くブラスがふと視線をやると、三人の様子を厳しい目で見やっているアスカがいた。
「あー、ごめんなさいっすアスカちゃん。二人共、ちゃんと枝集めやるっすよ」
「はい……」
「ほーい」
渋々枝を探すマルーとリュウ。その近くでブラスも落ちている枝を探しては、見つけたそれを拾うべく腰を曲げる。そんな作業を静かに繰り返していれば、手持ち無沙汰の口がお喋りを始めない筈が無かった。
「アスカさんって、いつもあんな感じなのかな?」
「はっきりきっぱりな感じ、するよねー」
「リーダーがあんなだし、別のチームと行動するのが初めてっすから、きっと余計に引き締めてるんっすよ」
「すごいなぁ、アスカさん。私もあんな風にしっかりした人にならなきゃな……」
「あー!」
ひとりごちるマルーの隣で口と瞼を開いたリュウ。彼は表情そのままにマルーの肩をとんとん叩いては、自身が視線を送っている場所を指差す。
「どうしたのリュ――わあっ! お城で見た湖だ!」
「きっとそうだねー。湖の上がぽっかり空いてて、夕焼けが見えるやー」
いつの間にたどり着いた湖は森の木々に囲まれ、空の色のみを光源に、水面をきらきら輝かせていた。
「これはキレイっすねー! 地元の海と引けを取らないくらいっす」
「しかしこの輝きは、妖精の居る湖のものとは思えない」
「わっ!? 急に現れないでくださいっすミズキさん!」
「これは書物での話だが――」
湖を見つめる一行の横から姿を現したミズキは、ブラスの驚きぶりを余所に湖の話を続ける。
「妖精が居る湖は、この世のものではないような美しさを魅せるらしい。それこそ、ブラス君が言う海辺の夕焼けよりも輝くのだそうだ」
「じゃあこの湖はもっときらきら輝けるんだ……!」
「そのようですね。やはり、妖精の減少が影響しているのでしょうか」
「それは確実ではあるが――」
次いで話に入ってきたアスカにこう返事したミズキは、言葉端を濁したまま考える仕草をする。
「それにしてもどこ行ってたんっすか! どんどん先へ行くから、僕達はミズキさんを見失ったままここまで来たんっすよ!」
「それはすまない。辺りが妙に静かで怪しくてな。まるで生命を感じない」
「でも、妖精さんはいるんですよねー?」
「必ずだ。しかし気配がない」
「恐れているのでしょうか、私達を」
「どうして? 襲おうだなんて思ってないよ?」
「いるんですよ、襲う人が」
「きっと姫さまが言っていた“怪しい者達”の影響っす」
「カゲの一部の影響ってことですかー?」
「間違いないだろう。これは緊急を要する事象だ」
そう言って、ミズキはマルー達が歩いた道を戻ろうとする。
「拠点に戻るっすか、ミズキさん?」
「ああ。そしてすぐに作戦会議だ」
「はいっす! 皆行くっすよ。今度こそ見失わないようにするっす」
そう言ったブラスに、ほーいと返事をしたリュウと、片腕で大量の枝を抱えるアスカがミズキに続いた。
「この森って今、本当に大変な状態なんだね」
マルーはもう一度湖を見渡し、それから列の後を追う。
「(皆でこの森を何とかする。……ファトバルからここまでの道で、ただ夢中に剣を振るしか出来なかった私が、皆と一緒に戦えるのかな……)」
マルーの足取りが重くなり、やがて歩みが止まってしまった。
「(もし、この森をこんな状態にした敵が今、私の前に現れたら……)」
おもむろに広げた両手のひら。その左下で何かがきらめくのを見たマルーは、左手だけを甲へ返す。夕日の一矢が葉々を縫ってきらめかせた色は、銀と黄――チェーンブレスレットのプレートと、それにはめ込まれた宝石だった。
「(そうだった。私は五大戦士に選ばれてるんだから、こんな所でくよくよしてられない。もっと強くならなきゃ!)」
強く拳を作ったマルーは、その拳の力が足に移ったように駆け出した!
「アスカ!」
「 !? 」
マルーが追いかけていた列の後尾にたどり着くと、真っ先にアスカの前に立った。
「……何でしょうか?」
「私に! 戦いのやり方を教えて下さい!!」
そう言うとマルーは勢いよくアスカに頭を下げた。
「あ、の……」
「どうしたのー、マルー?」
「いきなりっすねー。どうしてアスカちゃんが良いっすか? 剣使いなら、ミズキさんの方がいいような」
「そうですよ。私が教えられることなんて、何もありませんよ」
「そんなことないよ! 私、アスカみたいな強い女の子になりたいって心から思ったもん! だから私、アスカからたくさん学びたい! お願いします!」
さらに頭を下げるマルー。
「この場合、私はどうしたらいいのでしょう」
「こんなにもアスカちゃんにお願いしているんっす。 叶えることが、一番なんじゃないっすか?」
「ですけど、私に教えられることは本当に何も」
「今まで自分がどうやって戦ってきたのかを見つめて、分析して、それを分かりやすくマルーちゃんに伝えることが一番だと思うっす。 アスカちゃんの経験を活かすときであって、また、アスカちゃんの今までを見直すときでもある――お互い成長できて、一石二鳥っす!」
「なるほど。そうですか……」
アスカがしばらく思考し、そして。
「じゃあ、引き受けましょう」
「ホント!?」
「ただし、あなたに言いたいことをまとめたいので、しばらく時間を頂けませんか?」
「うん! 待ってる! ありがとうアスカ!」
マルーはアスカの手を握ってしばらく上下に大きく動かすと、大喜びで列の前方へ歩いていった。
「まだ私、何もしていませんが……」
マルーの軽そうな足取りを見て、アスカの口元はほんの少し緩んだのであった。