「つまり、この中に一人非童貞がいる。そういうことですね?」
 心底げんなりした顔で、エメクは三人の兄弟たちへそう総括した。
 兄弟と言っても、一般的な意味での血のつながりは無い。けれどよく似た顔の青年が四人、殺風景なホールで座組となっていた。
「そんな感じかねえ」
 うっすらにやけたヴァンが、一番背が高い。あぐらをかいて猫背に丸まっていても、なおさら手足の長さが映えた。
「……いや、その……呪いを受けた、とかの話かもよ」
「どうせ全員呪われた生まれですよ、顔見りゃわかります」
 部屋の隅で長杖を抱えたまま、ぼそりとこぼされたアベリオンの苦言をエメクが叩き落とす。
「……あの、」
 遠慮がちに、きちんと正座したキャシアスが手を挙げた。まだ少年の面影が残る風貌で、所在無げな表情も手伝っていっそう幼く見える。いつの間にやら場を仕切っているエメクの流し目を受けて、話しはじめた。
「なんというか、その……この文字……なのかな……が読めないのは、ぼ……私だけって感じですか?」
「……ああ、まあ、はい。市井の人はあんまり読めちゃいけないやつですよ、お気になさらず」
 四人は玄室を思い起こさせるドーム状の白い部屋に閉じ込められている。――といっても、出口らしきものは左右両端にあって、一見したところ延々と話し込む必要などなさそうだ。
 一方は豪勢な神殿を思わせる白い両開きの扉で、聖杯のレリーフが描かれている。
 もう一方は黒く、ぐるりととぐろを巻いた蛇の浮彫。目の位置には赤い宝玉が輝いていた。
 そして部屋の中央には、金色のプレートに古代の象形文字が刻まれている。
「直訳すると、『白い奴らは白い門から、黒い奴は黒い門から出ていけ』って書いてあんの。でまあ、俺と坊さんのカンによると、こういうのって間違えると危ないのよね」
「……それは僕も賛成」
「あ、これも三対一だ。悪いね坊っちゃん」
 壁際から魔術師が口を挟む。キャシアスには、その直感もなじみが無いものだ。いかにも知恵者といった格好でないヴァンが親しみやすく話してくれるのが、頼れるやら情けないやらである(先ほど、なんだかパリスを思い出すと口に出したところ、彼はきょう一番深い角度で笑った)。
「……まあ、デネロス師のお弟子さんは置いておくとして。ヴァンさんはなんで読めるんですか」
「本とか読むほうなんだよ俺。神殿にもいろいろ置いてあるだろ?」
「アルケア時代の文字がわかるようなものは、民間人には禁書のはず……」
 エメクは、これまでも何度かそうしたように、長大な櫂のように見える杖のひらに頭を押し付けて、嘆息した。
 それでもとにかく、この場は自分が仕切らなければ、という使命感で動いている。
「ええっと、キャシアスさん。現代でもそうですが、色には色々な意味が……ああ、駄洒落みたいになっちゃった。とにかく、こういう謎かけや詩文では、文字通りではありません。この場合、考えられるのは……」
「白の門はアークフィア、黒の門はミルドラを連想させる。『昼』と『夜』が、いちばんまっすぐな解釈だ」
「俺たちの中に、夜から飛ばされてきた奴がいれば話が早かったんだけどねぇ」
 いつの間にかキャシアスの背後に回ったヴァンが、頭に肘をついて言った。
「……補足をありがとうございます。しかし、キャシアスさんも朝方礼拝堂で祈った折に頭痛を感じて、気が付いたらここにいた。……でしたよね?」
 体重をかけられているわけでもないが、ヴァンの腕に押されるようにして、頷いた。
「俺は真昼間。ホルムの北の方に塚があるだろ、そこの洞窟にあった邪神像に祈ってた」
「なんで邪神とわかってるようなものに祈るんですか?」
「それよか意味不明な奴がいるだろがい」
 指さされた壁際の魔術師が、重たげに顔を上げた。人を指さすのにつられて見つめてしまったのは、不作法だったかもしれない。
「……はい、遺跡の三角錐に込められた転移のまじないを応用しようとして失敗しました。時間帯は二人の間ごろ」
 アベリオンはむすくれた早口で言った。
「何度もすみませんね。で、僕は……礼拝ではないんですが、多分……そのぐらいの時間です。色々あって大河に落っこちまして……ああ、なんて言えばいいんだ……とにかく、主観時間が夜から来た人はいません。全員」
「坊主のくせに礼拝も抜きであんたが一番怪しいんだけど、何? 船遊びに裾の長い服はやめた方がいいぜ」
「僕、あなたのこと嫌いです…………」
 エメクは今度こそ櫂に突っ伏してしまった。見ようによっては、それこそ祈りの姿勢のようだ。
 キャシアスが慌ててヴァンをたしなめるより先に、硬質な足音がした。
「それでも僕らは一人とその他に分かれなきゃいけない。……『黒』が丸ごとミスリードかもしれないけどね」
「俺ら全員白いからな」
「……でも、お話では無駄な文章なんてないものだ。黒は単数。強調されてる辺りが特に」
 部屋の中央へ歩いてきたアベリオンは、杖の石突で文字の刻まれたプレートを叩いた。おそらく、そこが問題の単語なのだろう。
「……私、は、服が黒っぽいと思う……けど。いつもより」
 キャシアスが言いながら周りを見渡して、語気が小さくなっていくのを、頭上からヴァンが継いだ。
「そ。白が一人ってんなら坊さん一人蹴りだして終わりなんだけどね。御覧のとおり俺も魔法使いさんも黒服なのよ」
「だから性行為だっつってんですよ。ミルドラの領域って要はそれでしょ」
「君、ほんとに明け透けに物を言うね……」
 しばらく黙っていたエメクが、深々と嘆息してから、立ち上がった。
「時間帯と同じです、順繰りに証言していこうじゃないですか。言っておきますがこのエメク、殺しも盗みも丁半博打もやりましたが、淫行は断じて行っておりません! 聖杯で産湯を浸かって以来の清い体ですよ!」
 角度の問題である。勢いのまま振り上げた櫂が、勢い余ってちょうどそこにいたアベリオンの額を打った。魔術師は奇襲に頭を抱えてうずくまる。
「わあ、すげえ剣幕。キャシアスは?」
「えっと、あの……」
「好きな子いる? って話」
「いません……あと、そろそろ、離れてほしいというか……なんかこう、それこそあなた『っぽい』というか……」
 ヴァンは、先ほどと同じように、にんまり笑って言う通りにした。後ろ向きに全身で一回転して、今度は手足を投げ出して床に座り込むと、エメクに向かって言った。
「エメクー、俺もおんなじ。お揃いだなあ」
「嘘を吐け……っ!」
「これがマジなんだって。俺で初めて性に目覚める兄貴とか考えるとさ、いいと思わない? それで取っといてるんだよね」
「あなたチュナさんを相手に同じことを言ってごらんなさい、自分の罪深さに気付きますよ!」
「……二人ともパリスのことそういう感じだと思ってるの?」
 よろよろと起き上がったアベリオンが、勇気を出して口を挟んだ。
 エメクがもう一度櫂を向けたのは、けして叩こうとしたわけではないだろうが、思わず杖を前に出して身構える。
「無関係の人の話はよしましょう。あなたは?」
「……まず、確認したいことがあるのだけど。君たち、いくつ?」
「? ……ああ、そういうことですか、相手の年なんて気にしやしませんよ? 僕は280年ごろの生まれです」
「そうじゃなくて……」
 アベリオンが、言葉を探して宙を見た。その間に、はたと思い当たった顔になったのがヴァンだ。
「――エメク、年齢で言おうぜ。俺は17か18で、多分兄貴よりは下」
「……だから同じぐらいです。神殿に拾われて17年ですよ。僕たち、同位体みたいなものでしょ」
 アベリオンは自分の言葉を飲み込んで、説明は済んだとばかり、視線を残る一人に向けた。
「――今は、王国歴296年。来月15の誕生日です」
 自分が置いて行かれていたのは、こういうことだったのか。キャシアスは言いながら自覚した。古代の知識の問題ですらない。道理で、よく似た顔の彼らが、何か心当たりのないことで語り合っていたわけだ。
 アベリオンは杖を抱えなおして、プレートの上で姿勢を正した。
「ヴァンとエメクの2,3年前……服装からして2年前かな。
 僕たちに昼夜の差はなかったけど、年単位で時間に隔たりがある。……僕は君たち全員より年上で、『黒』だ」
「……なるほど」エメクが静かに瞑目して、櫂に額を当てた。「これは恥ずかしい。みな同じような状況だと早合点していましたよ」
「君が、特に焦ってると思って。帰る理由があるのでしょう」
「……」
「ひい、ふ、み……ってことか。くっ、キャシアス……ッ!」
「な、なんですかヴァンさん抱き着かないで! これで解決したんじゃないんですか!?」
「くそ……っ! 門くぐったら一人ぽっちで三年前かよ……兄ちゃんがついてってやりてえ、ああ、大丈夫だからな。大変だけど、なんとかなるから……怪しい奴が来たら『タイタス』! って叫ぶんだぞ」
「タイ、タ……?」
「ちょっと、ヴァン! そういうのが上手いこと耳に入らなかったって流れじゃないんですか!」
「うるっせえな! きょうだいもいねえ奴がゴチャゴチャゴチャゴチャと!」
「あなたこそ年下面と年上面が取っ散らかってんですよ!」
「ええっと……」
 キャシアスは助けを求めるように賢者の弟子の姿を探したが、彼は早々に黒の扉に向かっていて、蛇のレリーフを眺めているところだった。
「じゃ、僕がここで爆発四散したらみんなで考え直して」
 その腕には、何かが巻き付いている。よく見ると、黒の扉に光っていた蛇眼を模した赤い石が、アベリオンの銀の腕輪の中に収まっていた。あれほど目立っていた長杖が、今はどこにも見当たらず、まるで小さく縮んで宝石を呑んでしまったようだ。
「……あんたとイイ人、それこそいくつだよ」
 ふと、拘束がゆるんだかと思うと。ヴァンが顔を上げて同じようにアベリオンを見ていた。
 アベリオンは腕輪の赤い石を指して見せる。ほほ笑んだように見えた。
「……長年かけて作ったのを、『どこか』に落としちゃったんだって。気にしてないふりしてたけど。僕も気に入ってたから、探してたんだ」
 ――キャシアスには、やはり、彼の言葉がいちばん謎めいて聞こえる。それでも、他の二人にはそれで伝わるようだった。
「……エンダによろしく」
 エメクが、聞きなれない、けれどどこか懐かしい名前を口にした。こくりとうなずいて、アベリオンは黒の扉の向こうに消えていく。
 爆発はしなかった。
「……うわ、マジでヴァンさん純潔ですか」
「まだそれ言う~? ガキの前だぜ」
「子供ではないです……」
 呆然としていたキャシアスは二人の声に反応して、ようやく自分が行くべき道に振り向いた。
 白い扉には、聖杯のレリーフが刻まれている。キャシアスにとっては、近ごろ葬儀に関する一連の行事で例年よりよく目にしている紋章である。母がいなくなっても、女神は変わらずおまえを見守っている。そのように言われたこともある。どちらの実感も、まだ今一つ沸かない。
(……大人にならなきゃな)
 空回っている、というやつなのかもしれない。えらく大人びて見えるエメクたちを見ると、なおさらそう思う。それでも意気消沈した父を、女主人を亡くした町の人々のために、帰らないといけない、と強く思った。
 白い扉も、やはり彼らを無事に帰してくれた。
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「――って、事はあんた『あの』キャシアスか! いやあ~大人になったなぁ~……俺たちのこと覚えてる?」
「うーん、それが覚えているような、忘れてしまったような、いま思い出したような……」
「大体なんでこんなことが何度も起こるんですかぁ~……今度は普通のひばり亭だからよかったですけどぉ……」
「オハラさん、僕はミルクで……エメクにもそろそろ水を……」
「アベリオンさんそうやってまた他人事面していいとこ持ってくつもりでしょう! 無い知恵絞って探偵役やったのに取られたの根に持ってますからね! ギミック全部吐きなさい! 今!」
「えぇ……そもそも『また』の意味がわからない……僕は18歳のアベリオンです……」
「うわー! やっぱり僕を道化にする!!」
「ああ、こういう賑やかな方と、話したような、そうでもなかったような……?」
「思い出してきてくれた? ま、今度はみんな急ぎの用も無いんだろ、ゆっくりしてていいんじゃないの」
「強いて言えば、皆さんが降ってわいたのはちょっと急ぎの用ですかね! まあ白子族の芸人もいますし、ホルムではそこまで目立たないかもしれませんが」
「……そうか。もしやキャシアスさん、領主になったりされている?」
「ゆくゆくはそうなるかもしれませんが、まだ代理です。なんせ叙勲もしてないですし、ここのところ魔術のもめごとも多いですし!」
「…………魔術……?」
「そーだキャシアス、ちょっと町回ったんだけどこっちの兄貴は『ぱりすや』起こしてねーの? それとも潰れた?」
「むしろあれヴァンさんのところでは続いてるんですか?」
「そうですねえ……潰れたというか……食べ物系の土産物を作ろうとしたのが無謀だったというか……」
「あ、同じですね」
「ほーほー、ふうん、そうかあ、やっぱり兄貴には俺がいないとかあ。一周年フェアの準備してたんだぜ、こりゃ俺は急いで帰らないと家業の危機かも、へへ」
「……あの、キャシアス」
「はい! アベリオンさんのところのぱりすやは何か月で?」
「いや、それはどうでもいいのだけど……ひょっとしてこの町に、シーフォン、いる?」
「ええ、もちろん。裏山の……龍脈? を、何かしたいと言うんで、任せてますよ。……先日は私も協力させられまして……」
「あ、僕今回こそ原因わかりました」
「俺も俺も。キャシアス、一応土地の書面とか持っといた方がいいぜ。悪いことはしないだろうけど悪いことすっから、あいつ」
「え? 昨日は失敗したって言われたんですけど、ひょっとして僕と彼のせいですか!?」
「『前』のアベリオンと同じようなことかねえ。魔術師ってすぐ飛びたがるんだから」
「つ、連れて来ましょうか。僕、いや私はよくわかっていませんし、皆さんが帰るためには、」
「いい。やめて。会いたくない」
「……あれ、以前……ではないのか。……アベリオンさんとは仲がお悪いんです?」
「……違うけど……エメクの町にもいるの?」
「まあ、ちょくちょく来てくれてますね。エンダの役に立ちそうな話とか持ってきてくれることもありますよ」
「ふーん、俺んとこはもうすっかりスタッフだよ。兄貴の人徳かな」
「そうね……パリスとは、仲、良いよね…………」
「……アベリオンさん、一気飲みはよくないですよ!?」
「っ、僕の先生のことも知らないくせに……っ」
「あっやっぱり魔法使いだ! 今の言い方シーフォンそっくりでしたよ!」
「『俺なんかやっちゃいました?』」
「そうですね、僕もやっちゃいましたけどヴァンさんがトドメかもしれませんね」
「正直ちょっとわかるなあ。兄貴がみんなの兄貴面してるって聞いていい気しなかったもん」
「そういうもんですか。……ひょっとしてで聞くんですけど、」
「うん」
「メロダークさんって残られました?」
「あー、さっさと帰っちまったなあ。どしたの、エメクんとこじゃ料理屋開いた?」
「長くなるんでいいです」
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