「お、疲れ様です! 遅くなりました」
 ドタバタと生徒会室に飛び込むと、中にいた小糸先輩は私を見てにっこりと微笑んだ。
「お疲れ様。全然遅くないから大丈夫だよ。先輩たちもまだだし」
「え、あれ、ほんとだ。よかった……」
 冷静に見渡すと、確かに他の先輩の姿は見当たらない。一人だけ遅れたんじゃないと分かってちょっとホッとする。
「なにか飲む? 紅茶かコーヒーか」
「あ、私が淹れますので、先輩は座っててください!」
 席を立とうとする先輩を制して、わたわたと戸棚からカップやティーセットを出していると、後ろからふっと苦笑が聞こえた。
「まだ役員になるって決めてないんでしょ? そんなに気張らなくたっていいのに」
「それは……そうですが……」
 先輩の気配りに、もごもごと口籠る。
 ……昨日、担任の青山先生に唆されて生徒会の手伝いをすることになった。
 大雑把な地図に「この辺!」とだけ書かれたのでは当て所があるはずもない。校内を彷徨っていたところ、声をかけてくれたのがこの小糸先輩だった。
 ただ、その。
 ……最初に会った時、同い年と思ってタメ口をきいてしまったわけで。
 恥ずべき失態である。生徒会室に入って他の先輩と絡んでるのを見る内に状況を理解し、平謝りをして許してはもらえたものの、申し訳なさは未だに尾を引いている。
 せめてこれから挽回しよう、と思っていたのだけれど、早速HRが長引いてしまった。まだ他の先輩たちが来てないと言っても、なにかしなくちゃっていう焦燥感みたいなものはあった。
 だけどまぁそんなことを素直に口にできるはずもなく。
「お疲れ様」
「お疲れ様ー。あれ、今日は二人だけ?」
 と、そんなちょうどいいタイミングで佐伯先輩と七海先輩が入ってきた。
 生徒会の会長と副会長。まだ入学して一ヶ月も経ってないというのに、その存在は一年生の間にも広まっている。
「お、お疲れ様です! なにか飲みますか?」
「ありがと。じゃあ紅茶をお願い」
「私はコーヒーで」
「小糸先輩は」
「じゃあわたしも紅茶で」
 無事に話を逸らせたようでホッとしつつ、注文を聞いた私はケトルの電源を入れる。
 お茶請けもあってゆっくりできるここは割と居心地がよさそうだった。最初に連れてこられた時、こんな辺鄙なところだったものだから結構怖かったけれど、そのイメージは払拭できそうだ。
「一緒だったんですね」
 後ろから小糸先輩の声。七海先輩と佐伯先輩はクラスが別って言ってたっけ。
「うん。来る時にたまたま会って」
「佐伯先輩はなんの用事だったんです?」
「今度の選挙で必要な書類を確認してもらってたの。そろそろ候補者を出さないとだから」
 そういうのも生徒会の方がやるんだ。中学じゃ先生が主体だったと思うけど、割と本格的にするのかな。こうなると手伝いって言っても結構大変なのかもしれない。
「ごめんね沙弥香、代わり頼んじゃって」
「いつものことじゃない。全く」
「代わり、って……七海先輩はなにか用事だったんです?」
 後ろを振り返りつつ訊ねて見ると、七海先輩は一瞬言葉に詰まって目を逸らす。
「あー、うん、そうって言うかなんて言うか」
「また告白されてたんでしょ。今度は一年の子だっけ?」
 そこに取り澄ました顔の佐伯先輩の指摘。七海先輩は苦い顔になった。
「……なんで知ってるの、沙弥香」
「風の噂で」
「あー、わたしも聞きました」
「ねぇ、ちょっと、なんで一年生以外にも広まってるのその情報? 今日のさっきの話なんだけど?」
 そういや号泣しながら教室に戻ってきてた男子がいたような。あれって七海先輩にだったのか。そりゃあ泣きじゃくりながら廊下を走る生徒は話題にもなるだろう。
 詳しいことは知らないけれど、話を聞いていた他の男子が戦慄の表情に変わっていってたのが印象に残ってる。
「また、って……そんなに告白されてるんですか?」
「一年の時からね」
「今年はペースが速いですよね。学期始まってもう四人でしたっけ?」
「そんなに?!」
 いくら私に縁のない話だからって、それはおかしいと思うのだけど。
 すると小糸先輩と佐伯先輩は深刻そうに考え込んだ。
「……よくよく考えたらとんでもないですよね」
「そうね。燈子を見てたら感覚が麻痺しちゃうけど」
「なんかまるで私が悪いみたいな言い方」
「全部断ってるんだから、悪いと言えば悪いんじゃない?」
「む……」
「それに最近断り文句も変えてるみたいだし。噂になってるわよ」
「ねぇ。私とかその子のプライベートはどうなってるの?」
 佐伯先輩と七海先輩は軽い調子で会話している。流石高嶺の花同士だ。それだけ仲がいいということなんだろう。
「そういえば、一年生の間でも有名ですよ。会長夫婦」
 実際、二人の阿吽の呼吸は昨日一緒にいただけでもすごく感じられた。本当にそうなのかはともかく、夫婦に例えられるほど二人の関係性は親密に見えた。
 しかしそう言った途端、何故か先輩たちは揃って黙り込んだ。
 疑問に思って振り返れば、三人とも苦笑いのようなものを浮かべている。
「もうかぁ」
「その、ひょっとして……?」
「違うわよ。まぁ、女の子にも告白されてるけどね、この子」
「そうなんですか?!」
「……まぁ、ねぇ……」
 歯切れの悪い七海先輩を、佐伯先輩と小糸先輩はじぃと見つめていた。
 なんか変だなーと思いながら、注いだお茶を先輩たちの前に置いていく。
「いやでもよかったです。中学の時入ってた部活は人間関係で結構ピリピリしてしまってて」
「そうなんだー」
「はい。ここは平和でよかったなーって思います」
 にっこりと笑う私を見て、先輩たちも一緒に笑顔を浮かべた。
「そうね。仲はいいと思うわ」
「ですね」
「あはは……うん」
 うん、ここなら楽しくやっていけそう。
 そうして始まったささやかな女子会は、すぐに槙先輩と堂島先輩の登場によって打ち崩されるのだった。
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向き
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やが君ワンライ65
初公開日: 2022年08月20日
最終更新日: 2022年08月20日
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お題 冷たい飲み物or平和