「はぁ?!」
「え、我妻くんのおじいさん? だっけ?」
「馬鹿者! 今は事態をを窮しているのだぞ!」
壁が天空に蹴り上げられたことにあっけにとられたが、とっさに我に帰るルキア
いつになく強い口ぶりは、一護と織姫に事態の困難さを伝えているようだった。
そんなルキアは、まるで失態だったと言わんばかりに自分の髪を掴みながら、
「おそらく我妻丈……鬼人の目的は連れ去られた孫への報復と考えられる!
ったく……名前を聞いたときに思い出して居ればよかった!」
「え? 丈さんってそんなに有名な人なの?」
「有名も何も、我妻丈。
その名前は今では真央霊術院……死神を教育する学校の教科書に載っている人物だ」
「え、それってすごいことじゃ……」
「ただし、大罪人として、だがな」
大罪人……?
一護と織姫はその事実を知らないため、一体何のことか皆目検討もついていない。
「とりあえず、そこでだ!
現在護廷十三隊隊長、副隊長。
そして貴様ら旅禍の出席が求められている!」
「えぇ?! 私達が?!」
「なんで俺らなんだよ! 殺されちまうぞ!」
「それはなんとしても阻止する! だがお主らがいないと会話が成り立たない可能性もあるから! 出席を求められているのだ!」
織姫は、なんでそんなものに自分が呼ばれるのだろうか、という疑問から。
一護は自分が行ったところであの爺さんの前では無力だという絶望から。
二人は同じようなリアクションを取っている。
「えぇい!」つべこべ言わずに早く来い!
何を言おうとも総隊長の命なのだ! 連れて行くぞ!」
そうして、ルキアはしびれを切らした。
☆☆☆☆☆
場所は移り変わり、尸魂界、東、青流門。
「一応近隣に存在する人たちは全員退避させといたよ」
「念のため、武装をできない人たちのために最近開発されたシェルターへの追加避難も現在行っています」
そこには、護廷十三隊の戦力の八割が、揃っていた。
護廷十三隊の、現存するすべての隊長、副隊長。
そのすべてが、揃っていた。
彼ら全員は、中央に元柳斎がたち、他隊長は横並びに青流門の方を向く。
副隊長は、それぞれの隊長に付き従うように、もしくは隊長が不在のところは、隊長に変わり前に立っている。
現在会話しているのは、浮竹、京楽の二名。
それも、総隊長、山本元柳斎への報告のみだ。
「よかろう」
そんな数々の報告を、一言で終わらせた元柳斎は、ただ一点を見つめる。
そこには、誰もいない。
ただ、一点を見つめ続ける。
「山じい、ほんとに来るのか?」
「黙ってみておれ」
ただ続く静寂に待てなくなったのか、声を出したのは更木剣八。
そわそわとした様子で、まるでプレゼントを待っている子供のように体を揺らす。
「もし」
元柳斎が、口を開いた。
「もし、殺し合いになるとすれば、直様退避命令を出す。
それが出たら、有無を言わずここから離れ、護廷十三隊を含めた隊士全員を尸魂界の外に脱出させるのじゃ」
「それほどまでに、強大な相手なのですか?」
そこで口を開いたのは、伊勢七緒。
彼女も近年副隊長となった人材。
我妻丈。
その名を教科書でしか知らない一人だ。
「そうじゃの」
そんな質問に、元柳斎は白く長い髭を一撫でしてから、
「勢い余って、儂が瀞霊廷をすべて燃やし尽くしてしまうかもしれないから、のう」
その言葉は、どう聞こえるのか。
元柳斎という人物の戦いぶりを見たことない人間からすれば、なんで自分で壊してしまうのか。
その戦いぶりを知っているものからすれば、それほどまでに強大な相手であることが。
「申し訳ありません! 連れて参りました!」
そのタイミングで、複数人の影。
それは、ルキアの連れてきた旅禍。
しかし岩鷲を除いたメンツだ。
「ご苦労」
その言葉に、元柳斎は依然として視線の方向を変えることなく、一点を見つめている。
それはまるで、恋する乙女と言っても差し支えはない。
それほどまでの存在なのである。
「あの、ルキアさん、僕らはなんでここに」
「馬鹿者! 今から始まるから見ておれ!」
「質問しただけなのに……」
一方で、ろくな説明もされずに連れてこられた雨竜、チャドの両名は、現在何が起こっているのかすら理解できていない。
といっても、ルキアとて総隊長と会話できる機会も早々なく、そこからの直々の命令ということでテンパっているのは確かだ。
だからこそ、雨竜に対してもこんなぞんざいな扱いをしてしまっている。
「来るぞ」
元柳斎の一言で、周囲に緊張が張り詰める。
旅禍である四人と朽木ルキアは、その意味をよくわからずについていけてないが、周囲の緊張感は理解している。
ただ一人、黒崎一護を除いて。
「これはこれ、大層なお出迎え、ご苦労じゃの」
元柳斎が、何もない虚空に視線を落とした。
その瞬間、元柳斎の目の前には一人の老人が佇んでいた。
元柳斎に比べれば小さい背。
身長だけで言えば、日番谷冬獅郎より少し大きいくらいか。
そんな身長の老人は、この隊長、副隊長の中で殆どのものに気づかれることなく、山本元柳斎重國の目の前に現れた。
これに気づいたのは、四名。
一人は、山本元柳斎重國。
我妻丈という為人を知っていて、またそれで持ってこの状況ならば、と考えられる人物。
そして、それに連なって気づいたものが、浮竹十四郎、京楽春水。
この二人もまた、為人を知っていたからこそ、この出現を予測できた。
しかしこの二人もまた、知覚能力によって感知したわけではない。
最後が、黒崎一護。
あの人この現れ方好きだからなぁ、そんな感覚で出現を予感していた。
もちろん、知覚能力によって感知できた訳では無い。
「重國」
その最中、丈は話し始める。
「今回は、ただのお話だ」
「おらぁ!」
その直後、更木剣八が斬りかかる。
この反応には、誰もが納得のいった結果である。
逆に今まで一瞬でも耐えられたことが不思議であり、いつ飛び出すのかと思っていたくらいだ。
ここでどんな現象が起きるのか。
それを隊長、副隊長たちは観察したかった。
どんな対応でも、ここにいる者たちからしたら貴重な情報だ。
それを見届けるための試金石でもあった。
我妻丈の反応は、
「五月蝿い」
踵落とし。
いや、この中の誰もがその現象を観測できなかった。
なにか動いた。
それは理解できたが、その結果、いつの間にか更木剣八が地面に埋まっていた、というだけだ。
それが踵落としなのがわかったのは、地面にめり込んだ更木剣八の頭が、我妻丈のあり元にあったから。
そして更木剣八の頭を中心に地面がひび割れていることからの推測だ。
「今代の剣八はこんなに手が早いのかい?」
「歴代の中でも最強ではあるのじゃがの」
「まぁ、手加減している時点でお察しだがの」
会話だけ切り取れば、悠々とした爺の会話。
そんな光景に、この場にいる全員は戦慄する。
あの更木剣八を、一瞬で行動不能にした。
その事実と同時に、
一切霊圧を放たないこの我妻丈という人間に、恐怖を覚えた。
これだけの膂力を持っていながら、何も感じられない。
理解ができない存在に、どう反応したらいいのかわからない。
「ふむ、本当に話だけのようじゃの」
「そう言っておるではないか」
「では、どれ、十四朗、春水」
「はい」
「はぁ」
元柳斎は、どこかホッとした様子を見せながら、二人の名前を呼ぶ。
年代からしても、この二人が我妻丈という人間と接点があるのは確実。
そして、二人の様子から察するに、何かを知っている様子。
「ほう、変わらないの」
「丈さんこそ、お変わりの内容で何より」
「ほんと、お孫さんにもほとほと呆れちゃったよ」
ここで春水が、おそらく今回の本質であろう話をする。
もちろん、春水とてヒヤヒヤだ。
ここであり得ない反応が帰ってくる可能性もある。
だからこそ、慎重に、軽薄に話したのだが。
「おぉ、弟子を見たか」
丈は至って普通そうに、
「そうか」
満足そうだった。