「不審な事故による怪我人の調査を、学園長が直々に指示、ねぇ」
目元にダイヤのスートを描いた青年が、ほんのりと不穏に目を細めて言う。
チェス盤の上に赤い絵の具と玩具箱をひっくり返したような、でたらめな内装をした部屋だった。ハートの女王の厳格の精神を掲げるハーツラビュル寮、その談話室に、数人の生徒が集まっている。花瓶に飾られた真っ赤な薔薇と同じ色の髪を揺らして、彼らの中でも一際小柄な少年が重々しく頷く。
「リドルくん、やっぱりこれって、」
「……そうだね。間違いないだろう」
「寮長、やっぱりって、どういう事ですか?」
二人の意味深な言葉に、リドルと呼ばれた彼へ向かって今度は目元にスペードを描いた真面目そうな少年、デュースが不思議そうに首を傾げた。
「……今回、トレイが怪我をしたように、最近学園内で不審な事故が多発しているのは知っているね?」
リドルの確認に、デュースはそうなのか? と隣に座る友人らへ視線を送る。ハートを目元に描いた少年、エースは「お前まだ知らないのかよ」と呆れた声を上げ、青い炎を纏った猫のような獣、グリムはつまらなそうに三又の尾を揺らした。慌てるデュースに追い打ちで、グリムとペアを組むオンボロ寮の監督生が困ったように頷く。その反応を一通り眺め、リドルは彼らと順に目を合わせながら語った。
「変だとは思わないか。確かにこの時期は問題を起こす生徒が増えるというけれど、昨年と比べて怪我人の数があまりにも多すぎる」
ダイヤ型の奇妙なキャラクターでデコレーションされたマジカメを揺らして、初めに声を上げた飴色の髪の青年、ダイヤのスートを目元に描いたケイトが淡々と繋ぐ。
「で、リドルくんの頼みで調べてみたらまぁビンゴ。被害者は皆、リドルくんやトレイくんみたいな、マジフト大会の有力な選手候補ばっかりだったってワケ」
「それって……まさか選手狙って事故らせてる奴がいるってことすか?」
ぎょっと目を見開くエースに、「恐らくね」とリドルは同意を返す。これだけ規模の大きい大会であれば、手段を択ばない者が出て来てもおかしくは無いだろう、と続ける彼に、監督生が不安そうにグリムを抱く腕の力を強めた。
「でも、一体どうやって……? わざと手ェ出したりしてたら、流石にわかるんじゃ……」
「いやーそこなんだよねぇ」
考え込むように顎に手を当てるデュースに、ケイトがかくりと首を倒す。
「今の所さぁ、全部事故(・・)で済んじゃってるっぽいんだよね。……うっかり。ぼーっとしてて。気が抜けてて不注意でーって。そんなことある? いっくらNRCに人多しって言っても、怪我人の全員が全員、みーんな同じ自滅っていうのは無理があるでしょ」
ケイトは困りきった風に眉を寄せ、はぁー、と大きくため息を吐いた。ひっそりと隣を流し見るが、責めるような顔付きで俯くリドルはその視線に気付かない。ケイトは二、三瞬きをすると、すぅ、と唇を尖らせ、「でもまっ、事故なんだよねぇー」と大仰にソファへ身を投げ出した。
どんどん力を強める監督生の腕からうっとおしそうに逃げ出して、グリムはぴょんとテーブルに飛び乗った。
「オレ様たちが聞き込みしてた時も、ケイトが言うみたいに、どいつもコイツもおっちょこちょいとしか思えないマヌケばっかりだったんだゾ」
「つったってグリム、お前リドル先輩やトレイ先輩がおっちょこちょいで階段落ちると思う?」
グリムの首に巻かれたリボンを掴み、テーブルからソファへと彼を引き戻してエースが言う。ふなぁ、と不思議な鳴き声を上げるグリムを眺めながら、ケイトはごく軽い調子でリドルに問い掛けた。
「リドルくんはー? 階段から落ちかけた時どうだったの? 風の魔法で押されたワケじゃないんでしょ?」
問われたリドルがハッと顔を上げ、思い出すように視線を巡らせる。
「あ、あぁ……衝撃で押されたというより、なんというか……」
『リドルッ危ない!!』
リドルはまだ耳に残る声に、くっ、唇を引き結んだ。
トレイ──トレイ・クローバーは、ハーツラビュル寮の副寮長であり、数少ないリドルの友人だ。彼が怪我をしたのは、リドルのせいに他ならない。
あの時、リドルは用向きがあって一学年上のトレイの教室を訪ねた。そしてまた別の用があったからと彼と別れ、階段を降りようとしたその時に。
──リドルは自ら、何もない場所(・・・・・・)へと足を踏み出した。
そのまま落下しようとするリドルを庇い、身代わりになるようにトレイは落ちていった。階下で呻き、蹲る姿を思い出してリドルは強く歯噛みする。不注意だとか、そんなものではない。間違いなく己の身体であるのに、自分の意思ではない。そんな感覚だった。
「……押されたんじゃなくて、身体が勝手に動いた感じだった」
リドルは頭を振ると、キッ、と眼を吊り上げる。このまま黙っていられるものか。
トレイは以前、ある事件を起こしたリドルの為に命をかけてくれた。今回もリドルはトレイに助けられている。ならば今度はリドルがトレイを守る番だ。
「監督生。学園長から指示されたというその犯人捜し、ボクたちも協力する」
「ほぁっ? オマエらが協力なんて、何考えてるんだゾ!?」
信じられないような顔付きで声を上げるグリムに、「人聞き悪いなぁ」とケイトが苦く言う。
「ウチの寮生……トレイくんがやられたっていうのに、このまま知らんぷりなんてしたら、それこそハーツラビュルの名折れでしょ」
怠慢や不正(・・)を許さない、厳格の精神こそがハーツラビュルの魂なんだから、とケイトは笑った。荒っぽい声を弾ませて、デュースがパシン! と拳を手のひらに叩きつける。
「つまり、クローバー先輩の御礼参りッすね!?」
「そーゆーことなら、オレ達も協力しますよ」
燃えるぜ、と低く呟くデュースの後に、きゅ、と目を細めたエースが続く。頼りになる先輩と、友人たちの協力の申し出に監督生がぱっと表情を明るくした。しかしリドルは不審そうに眉を寄せる。常ならば、面倒がって真っ先に逃げそうな後輩までもが名乗りを上げるとは。
「……お前たち、やけにやる気だね」
「んふふ、エースちゃんたち、さてはトレイくんの空いた選手枠狙ってるな~?」
にんまりと口角を上げるケイトに、エースが悪戯っぽく舌を出す。
「あれ、バレました?」
「えっ!? いやっ、俺は別に、そんなつもりじゃっ……」
リドルはそんなことだろうとため息を吐き、ケイトは大喜びで手を叩いた。名門という名の皮を被った悪童の集団。それでこそNRCの生徒とまで言えるだろう。純粋に協力するなんて、そっちの方がよっぽど疑わしかった。
「いーよいーよ! やっぱりそうこなくっちゃ!」
「まぁ……うん……そうだね……働きによっては、考えておくよ」
「まじすか!」
「やりぃ!」
頭が痛そうに眉間を揉みほぐし、ため息混じりに告げるリドルに、エースとデュースが拳を上げる。
「協力するっていったって、オマエら一体なにするつもりなんだゾ?」
「次に狙われそうな生徒に当たりをつけて、ボクらで密かに警護をするんだ。被害の前兆があり次第、速やかに生徒の保護、および犯人の捜索と追跡を行う」
張り込みですね、と緊張した面持ちで監督生が呟くのに、ケイトは「正解!」と指を鳴らした。
「実はもう、それっぽい生徒に目は付けてあるんだ。みんなが問題ないなら、このまま様子を見にいっちゃおうか」
「え、いきなり?」
「時は金なり、だよ。やるべきことがあるのなら、後回しにせず先に行動してしまった方がいい」
うへぇ、と顔を歪ませるエースの足を蹴っ飛ばして、グリムが外へ繋がるドアの前に立つ。
「いった! おい!」
「へへーんだ。そうと決まったら早く行こう! いざ出発、なんだゾ!」
*
ぞろぞろと連れだって歩く先頭で、ケイトはマジカメをいじりながら話す。
「一応、寮ごとにそれらしい子をピックアップしたんだ」
メッセで送っておくね、という言葉と共に、各々のマジカメへメッセージ着信の通知が届く。顔写真と名前、クラス、所属寮だけでなく、マジカルシフトの得意ポジションから、一週間の大まかな行動範囲までびっちりと書き連ねられたそれにデュースが「すげ……」と声を漏らした。
「今の所、被害が大きいのはハーツラビュル(うち)とポムフィオーレ寮だね。サバナクローも怪我人は居るらしいけど、みんな軽傷。それに事故じゃなくて全部喧嘩みたい」
エースはすれ違ったサバナクロー寮の生徒を見て、彼らがこちらを向く気配にするりと視線を外す。サバナクローは事故ではなく喧嘩、と言う通り、確かに自分も、彼らに近付く時は絡まれないよう意図して接触を避けていた。
「逆に被害ゼロっていうのはオクタヴィネルとスカラビアで、イグニハイドに関しては目立った話は出てないかな」
「ディアソムニア寮はどうだい? 最近は特に見かけないけれど」
「っあーごめん! あそこ排他的過ぎてさ、ぜんっぜん情報集まんないの」
リドルの問いかけに、困っちゃうよ、とケイトが眉を寄せる。
ディアソムニア寮とは、茨の魔女の高尚な精神を掲げ、学園に入学する殆どの妖精族が所属する寮だ。そして記録上最も強力な魔女であり、唯一現存するグレート・セブン、茨の魔女の実の孫──マレウス・ドラコニアが寮長を務めている。元々の妖精族の特性もあるだろうが、次期国王が所属してるためか。ディアソムニア寮の多くは秘匿され、他寮との交流も極端に少なかった。
「でもディアソムニアがこんな小細工する必要は無いんじゃない? マレウスくん一人居ればいいわけだし」
「ってことは、今んとこ被害ゼロのオクタヴィネルとスカラビアが怪しいってカンジすか?」
「どうだろうね。まだ狙われていないだけという可能性もあるが……」
「どちらにせよ、今は張り込みしか出来ないってことですね……」
考え込むハーツラビュルの四人を横目に、監督生の持つマジカメを覗いていたグリムが面倒そうに声を上げる。
「オマエらさっきからごちゃごちゃうるせーんだゾ。結局オレ様たちはこの中のどいつにくっついとくんだ?」
「あっはは……グリちゃんキビしー……」
苦く笑ったケイトがグリムと同じように監督生のマジカメを覗く。触っていい? と声をかけて、監督生が頷いた事を確認してからスルスルと画面をスクロールした。
「考えてたのはポムフィオーレのルーク・ハントくんと、念の為スカラビアのジャミル・バイパーくん。それからオクタヴィネルのジェイド&フロイド……」
「──呼んだァ?」
決して低くはないはずの身長を持つケイトの頭上から、甘やかな声色の応答が降ってくる。うッ、と濁った声を上げて、リドルが身構えるように固まった。
「こら、フロイド。驚かせてはいけませんよ」
「あーァははァ……はァイ、ハナダイくんに金魚ちゃん。こそこそ集まってなぁにしてんの?」
クスリと笑って注意した青年は、リドルたちに声を掛けた青年とまるで同じ顔をしていた。光を反射する緑青の髪に、左右で彩度の違う金の瞳。背の低いリドルが並ぶと幼子に見えるほど長身の二人は、片方は物腰穏やかに、片方は鼠を甚振る猫のような顔をしてハーツラビュルの面々を見下ろしていた。
「は、はぁいフロイドくんにジェイドくん。げ、元気?」
「えぇ、おかげさまで。ふふ……ずいぶん沢山と名前を上げていた様ですが、大会前の敵情視察ですか?」
「えーっと、これにはちょっとしたワケが……」
きゅ、ぅ、と弓なりに唇を持ち上げる姿に、エースが「コイツ、目が全然笑ってない……!」と監督生の袖を引く。緊張気味に顔を引き攣らせるデュースがぐっと拳を握った。
「スパイ行為だとしたら、色々とお話を聞かなくてはいけませんねぇ」
「え~? そんなん見逃せないじゃん。丁度ヒマしてたんだぁ。追いかけっこしよーよ」
「いッ!? いや、それはちょっと、困るって言うかぁ、」
「……ここで捕まる馬鹿はいないよッ。総員退却!!」
リドルの合図とともに、エースたちがわっと駆け出す。作戦も何もない、ただ彼らと反対に走るだけだった。ぱちりと瞬きをしたフロイドとジェイドが顔を見合わせ、お互い愉快そうに笑みを深めて追い始める。
「おッ、追いかけて来てます!!」
「振り返るヒマあるなら走れって!!」
「あいつら一体なんなんだゾ!?」
「ボクに訊くな!」
うわー! と大声を上げる中、殿を走るケイトが「そこ! そこ右曲がって!」と声を張る。言われた通り角を曲がると、前方に白黒のファーコートを羽織った教師の姿が見えた。「やっぱりクルーウェル先生いた!」という声に振り返った教師が騒がしい様子に顔を顰める。
「Bad boy! 廊下を走るな!」
「ごめんなさあーい!!」
「追われてるんス!!」
「先生助けてくれると嬉しいかも!!」
ばたばたと自分を追い越して行った生徒たちの物言いに、クルーウェルがもう一度振り返ると、学園内でも一二を争う問題児がハーツラビュル寮生を追いかけていた。
「フロイドリーチ! ジェイドリーチ! 他寮生を追い回すな!!」
「こんにちはクルーウェル先生。ただの鬼ごっこですよ」
「ねーねー! 待ってまってぇ!」
あははは! と笑ったフロイドが、ジェイドと共にマジカルペンを振りかざすと、二人の踏み出した足がふわりと宙を掻く。
「えっ?」
「ぅわっ……あ? んだこれ」
「……他者に向かって、」
ふわふわと浮かぶリーチ兄弟を睨みながら、ぱしりと手のひらに指示棒を叩きつけてクルーウェルは言う。
「魔法を行使するのは原則禁止されている」
「……おやおや」
ふん、と鼻を鳴らしたクルーウェルに、怒られてしまいましたか、とジェイドが苦笑する。そんなものは関係ないとばかりに「すげぇ~浮いてる~」とけたけた笑うフロイドを見て、クルーウェルは大きくため息を吐いた。
「ねぇー、逃げられちゃったよイシダイせんせぇー」
「人に向けて魔法を使おうとしただろう」
「えぇー? だってみんな使ってんじゃん!」
「学園内では在って無いような物でも、見つけたら止めるのが教師の務めだ」
「はぁ、教職というのは大変ですねぇ」
臆面もなくのたまうジェイド。反射的に「クソガキが」と言いかけて、クルーウェルは苦虫を噛み潰したような渋面を作る。何か言いたそうな彼をくすくす笑っていると、ジェイドはふっ、と浮力が無くなったのを感じた。
「おっと」
「あぶねッ」
「……駄犬共め、もう行け。次なにかやったら罰則だ」
「あはは、はァい、せんせ」
煩わしそうに手を振って追い払うクルーウェルに返事をして、二人はハーツラビュルの彼らが逃げていった方とは逆に向かう。
「あー、楽しかった。ねージェイド、もう戻っていいかなぁ」
「そうですね。時間も潰れましたし、そろそろお二人の話も終わった頃でしょう」
フロイドは機嫌よさげに顎を上げると頭の後ろで腕を組む。
「アズールさぁ、上手くいったらトド先輩のユニーク魔法が手に入るかもって言ってたじゃん」
「あぁ……かわいそうなアズール。そのせいでキングスカラー先輩にいじめられてしまったんでしょう?」
「そぉそ、『冗ッ談でもッ、言うんじゃなかったッ!』ってさ、ちょービビってやがんの。知ってる? ほんと面白かったァ」
「ッふ……いけませんよフロイド。代わりにラウンジの家具が一新されていたじゃありませんか」
「えー? でもトド先輩の前では涼しい顔してんのにぃ、帰った途端アレ(・・)でしょ? おもしれーじゃん。オレ好きだよ、あれ」
「ふふ……それにしても、僕らを追い出してまで話したい事なんて、あの人は一体何を企んでいるんでしょうね?」
「あっはァ……んね、なにやっちゃうんだろうね?」
楽しみだね。楽しみですね。笑う二人の白い肌から、淡く鱗が浮き上がる。
────人魚たちは嗤っていた。
*
「ま、巻けた感じ、っすかね……」
膝に手を付き、ぜぇぜえと喘ぎながらエースが言う。いつの間にか、彼らはグレートセブンの石像が飾られたメインストリートまで走ってきていた。こわかったんだゾ……! と半泣きのグリムを監督生が抱きしめる。
「クルーウェル先生マジありがと~! 駄目元であっち行ってよかった!」
「あ、アイツら、一体なんなんですか?」
ぎゅっと祈りながら叫ぶケイトに、首の汗を拭ってデュースが問い掛ける。ハンカチで口元を押さえながら代わりのようにリドルが言った。
「ボクと同じ二年生、オクタヴィネルの有名な双子だよ」
「通称、ヤバい方のリーチってね」
「ヤバい方?」
エース達はさっきまで自分を追って来ていた、ほとんど同じ顔の二人を思い浮かべる。
「って、どっちの事すか?」
「ヤバい方だよ」
「ん?」
「ヤバい方だよ」
「……ん?」
ニッコリと微笑むケイトは「まぁあの二人が狙われるとしたら最後だよね」とサラリという。え……ッ? と戦慄するエースを無視して、ケイトとリドルはマジカメの生徒リストを見比べた。
「そもそも、どうしてあの双子なんか出したんだ」
「いや、プレイング重視ならこの子達だけど~って続けようとしたんだって!」
「それにしたって、ルーク先輩もリーチ兄弟もボクらが護衛する必要性は低いだろうに」
「そうなんですか?」
きょとりと目を丸くするデュースをチラリと見て、ケイトは悩まし気に眉を寄せる。
「まー……リーチ兄弟は言わずもがなだけど、さっき名前をあげた子たちは基本的に必要ないんじゃないかな」
「ん? なんでなんだゾ?」
「そりゃ、必ず報復があるってわかってる相手に手を出すのはみんな面倒でしょ。バイパーくん……っていうかスカラビアに関しては、バックにアジームまで付いてるんだよ? もっと強い、それこそ王族みたいな後ろ盾があるか、後先考えないよッッぽどのバカじゃなければ襲えないって」
「……そ、」
そういうもんすか……と、握った拳を見つめ、衝撃を受けたように目を見開いているデュース。その姿を眺めながら、ケイトは徐々に真剣な表情になる。
「……いや、心配になってきたな。事件を起こしてるのがデュースちゃんみたいな子だったらどうしよ」
「ンだっ……! っど、ッおいう意味っすか!!」
「あっはは、ジョークジョーク! 怒んないで~!」
バチン、とスイッチを入れたように顔付きを変えたデュースがドスの利いた声で怒鳴りかけ、何かにつっかかったかのように一瞬止まる。意味もなく口を動かしてから、耐えかねたように吼えるデュースをけらけら笑う声がメインストリートに広がった。
「あ~おっかし、」
「わッ、笑うなよ!」
くすくすと口元を押さえる監督生と、笑い過ぎて滲み出た涙を払うエースたちにデュースが顔を真っ赤に染める。気恥ずかしそうにごしごしと頬を擦る彼へ「およしよ」とリドルが宥めた。
「つーか、マジでアレなんすね。手掛かりゼロって感じ。誰がやってるか~とか」
「無いね、全くの正体不明さ」
正体不明ねぇ、とエースは傍にあったグレート・セブン、百獣の王の石像を見上げる。
「あ、なぁ、正体不明で思い出したんだけどさ、お前らサイドストリートの幽霊って知ってる?」
「ふなッ!? ゆ、ユーレイ!?」
「いや、知らないな。何の話だ?」
「けーくん知ってるよ、それ。最近ウワサされ始めた話でしょ」
流石ケイト先輩、と褒める声にケイトは「まぁね」と得意げな顔をする。
「結局なんの事なんだい? ゴーストたちのイタズラとは違うの?」
「いや、それがマジで正体不明らしくって。あ~……んの、コロシアムに繋がるストリートあるじゃないスか」
「そこで最近、真夜中になるとぼんやりした光がふらふら浮かんでるんだって」
「こつーん……こつーん……って音と共に動き回って、見掛けたと思った奴はいつの間にか気を失ってるって話」
「つ、つまり、そのユーレーに襲われてるってことなんだゾ!?」
上擦った声でグリムが叫ぶ。ビビってんのか? とからかう言葉に「こ、こ、ここわくなんて……!」と狼狽える背中の毛がぶわりと逆立っていた。
「ま、そっちは誰も怪我してねぇし、マジで気絶してるだけらしいけどな」
「ほーんとに正体不明、なんにもわからない不思議現象ってね」
ふむ、と相槌を打って考え込むリドルに、ケイトがスッとマジカメを取り出す。
「リドルくん気になる? ……あぁ確かに、負傷者が出始めた時期と噂が流れ始めた時期って近いかも。けど関係あるかって聞かれたらどうだろうね。その光を見た子が事故ってる可能性とか?」
トトトト、とマジカメを操作しながら言うケイトは「でもリドルくんは見るはずないもんね」と独り言ちる。そもそもリドルは、よほどの緊急事態でもない限り深夜まで起きている事が無い。わざわざハートの女王の法律を破ってまで外に出て、用もないサイドストリートに行く必要も無いだろう。
「いや……確かにボクは見たことがないが、庇われたとはいえ怪我をしたのはトレイだ。もしかしたら、トレイは見たことがあるかもしれない」
「そう? 最近はトレイくんが出てるの見てなかったけど」
「……さいきん?」
トレイと同室のケイトは何気なく言うと、ぽつりと繰り返された言葉にスンと表情を無くす。NRCの生徒なら、一度くらいは夜中に部屋を抜け出す事もある。エースとデュースが「あっ、」と声を揃え、監督生があちゃー、と顔を歪めた。
ケイトはへらりと気まずく笑い、リドルが複雑そうにケイトを睨む。
「……じょ、おう、陛下の法律では……」
「オマエ、ちったあ丸くなったと思ってたのに、相変わらずなんだゾ」
歯切れ悪く告げる自分へ向かって飛ぶ呆れ声に、リドルはカッ、と衝撃を受けたように固まる。エースは思わず足元の猫モドキを見下ろして、「こいつ勇者か……?」と呟いた。
「こ、これでも、だいぶ……かなり、ルールを緩くしている、つもりで……」
「いやーうんうんそうだよね!! 前よりかなーり優しくなったよね!!」
よろよろと後退るリドルの肩を支え、「真面目なところもリドルくんのいい所だよー!」とケイトは大声を出す。
「えーとほら! リドルくんサイドストリートの話トレイくんに聞いてきてくれない? もしかしたら関係あるかもしれないし! それにもう五時だからさ! ハートの女王の法律・第、えー……」
「346条……」
(今のでわかんのかよ……)
そう! とリドルへ向かって指を鳴らすケイトに、早押しクイズかよ、とエースは思った。
「『午後五時以降は庭でクロッケーをしてはならない』をウッカリ忘れちゃってる子がいるかも。ねっ、切り替え大事大事! ゆるゆるなのもいいけど、締めるとこはしっかり締めてこ!」
「そう……そう、だね」
ぎゅう、と胸を押さえるリドルを見下ろすグレート・セブン、海の魔女。その石像に浮かんだ慈悲の微笑みがなんと痛々しい事。気を取り直すように咳払いをしたリドルが「お前たちは?」と問いかける。
「サバナクローのジャック・ハウルくん。一年生だし、万が一に使える魔法も少ないだろうから、最後にちょっと様子を見てくるよ。ついでに協力も取り付けられたらラッキーかなって思ってる」
「そう……寮まで行くつもりなら、本当に気を付けるんだよ」
「ありがと、リドルくんも頑張って」
「あぁ」
ひらひらと手を振ってリドルを見送ると、ケイトは残った後輩たちに笑いかける。
「さっ、みんな気合い入れて。サバナクロー寮までご挨拶ってね!」