・くにちょぎ小話
・8割ぐらい書いてそのまま放置していたものを推敲します。
・季節感は無い
 クリスマスなんてくそ食らえだ。
 すっかりと死屍累々の様を呈した宴会の間。数多の刀剣男士たちの屍を跨ぎ、山姥切長義は苛々と髪を掻き揚げた。時刻はもう零時を越えている。宵の口にクリスマスパーティーという名目にて開始された宴会は、はじめこそ可愛らしい色のクラッカーに彩られ、電飾のきらめくツリーの効果ともあいまって雰囲気こそ悪くはなかった。だが、皆の皿から苺のショートケーキが消えてしまえば、あとはクリスマスらしい要素なんてどこにもなく一升瓶があちらこちらに転がるだけのただのむさくるしい酒宴に成り下がった。
 文字どおり酒に吞まれて転がっている同僚たちのすがたを横目に眺め、長義は荒々しい溜息を吐いた。
 審神者は新婚だということで早々に宴席を抜けている。そりゃあそうだろう。誰がこんな酒臭い男所帯に長居したいものか。クリスマスだぞ、クリスマス。伴侶や恋人としっとりと静かに過ごす方がいいに決まっている。実際、幣本丸にも「恋仲」と呼ばれる関係の刀たちは何組か存在するが、彼等もまたいつの間にか宴席からすがたを消していた。まったくもって正しい判断である。
 長義の溜息に呼応するように、下卑た笑いが上がり、誰かがまたコップを割る音が響いた。
(ああ、本当にクリスマスなんてくそ食らえだ)
 山姥切長義は片手に持ったコップ酒を呷る。
 そうだ。自分だって一刻も早くこんな狂った宴席からは脱したい。それなのに。
 酒精で赤らんだ目を、奥の襖へと向ける。
 そこにはコップを片手に、涼しい表情のまま酒を呷る山姥切国広がいた。
 彼は所謂ざるであるらしく、こういった宴席では決まって酒飲みたちに捕まっている。案外賑やかな席は嫌いではないのか。あるいは誘われることがうれしいのか。彼はいつも遅くまで宴席に残る顔ぶれの中にいる。
(くそ)
 ついた悪態とは裏腹に、その表情は熱っぽい。酒精のせいだと言い訳の利くこんな席でもなければ、長義は国広に対する恋情を隠せもしない。彼の意識が完全に仲間うちに向いているのをいいことに、ぽうと潤んだ瞳で国広を見つめる。そうだ。自分は紛れもなく山姥切国広に恋をしている。
 きっかけがなんであったのかなんて忘れた。
 たぶん、彼が当たり前にやさしかったからだ。個体差というやつだろうか。存外よく笑う個体だった。それは長義の前でも変わらず、ほろほろと崩れるように笑う。その笑みに嫌味がなかったから、きっと自分はこんなことになっているのだ。
 片思い二年目。
 本科と写しという並々ならぬ関係性を持っていても、彼との距離は一向に縮まる気配をみせない。それは何故か。理由は簡単だ。長義は国広から視線を外し、ぐるりと宴席を見渡した。
 とにかく馬鹿みたいにひろい大広間なのだ。数えたことはないが、ゆうに五十畳はあるだろう。そうしてそれは、この大広間に限ったことではない。この本丸ではとにかく何もかもが規格外に広い――大所帯の本丸なのだ。二振り目、三振り目の男士が居るのはざらで、おそらくそうやって所帯が増えるたびに本丸をその都度増築していったのだろう。だだっ広い敷地に、それぞれの住居が何棟も点在している。厄介なのは、この住居同士がそれなりに離れていることだ。どれくらい離れているのかというと、本丸内を移動するのに馬を使うほどだ。馬鹿じゃないのか。
 空になったコップをタンと机上に打ち付ける。
 とにかく広い本丸なので、そもそも居住棟の異なる山姥切国広とはまったくと言っていいほどに接点がないのだ。物理的な距離って大事だなあと、山姥切長義は顕現してから何度も思ったことをしみじみと繰り返した。
 よって、彼と同じ空間にいられる貴重な宴席の場を、離れたくとも離れられずにずるずると居座ってしまう山姥切長義なのであった。
 酒にはそこそこ強いので、長居をすること自体は簡単だ。けれど、こんな肥溜めみたいなぐっちゃぐちゃの宴席なんて、本来ならさっさと辞してしまいたい。それが出来ずにずっと視界の隅で、彼の一挙一動を目で追っている。その矛盾。
「くそ……」
 呟いた声はけたたましい雑音に掻き消された。
 どうやら、すこし飲み過ぎたようだ。
 出陣の疲労も合わさってか、長義はいつの間にか机に突っ伏して眠っていた。緩慢な動きで顔をあげると、時計の針はさらにとんでもない位置にまできていた。意識を失うまえに見たときよりも大広間の人数は減り、けたたましい笑い声も鳴りを潜めていた。
 こんな時間まで宴席に居たことがなかったので、長義は思わず慌てたが、すぐにどうでもよくなり再び机に突っ伏した。
(物理的な距離って大事だな……)
 これから寒空の中、己の居住棟にまで戻らねばならぬことを考えると、もういっそこのままここで寝てしまいたくなる。
 悲しいことに、それは本科山姥切長義としての矜持が許さないのだが。荒々しく溜息を吐き、のっそりと顔をあげる。観念して退席しよう――そう思ったときだった。
「大丈夫か?」
 ふいに、頭上から声が掛かる。
 ぞんがい低い張りのある声。よく知った声だ。いや、言うほど知っているわけではない。長義はびくりと肩を揺らし、顔を上げた。
 そこには、顔色ひとつ変えず山姥切国広が立っていた。
 心臓が跳ね上がる。見開いた目の奥で、国広はふっと薄い笑みを浮かべた。
「珍しいな。山姥切がこんな時間まで参加しているの」
 うわごとのように相槌を打った。それを酔いのためか、眠気のためと取ったのか、国広はさらにその目を細めた。
 そうして、
「よかったら俺の部屋に泊まっていくか?」
 
 通された部屋は簡素なものだった。
 長義の部屋と変わらない簡易的な書院造の六畳ほどの部屋である。備え付けの文机と、衣桁が置かれているぐらいで他にはなにもない。
「すまん。部屋着は浴衣しかないんだ」
 言いつつ、国広は押し入れからピンと折り畳まれた浴衣を長義に差し出した。各部屋に支給されている浴衣である。きっと彼は普段これを着ることはないんだろうなと思わせる綺麗さだった。それでいて、袖を通せばふんわりと洗剤の香りが漂い、案外綺麗好きなようだと知ることでまた心臓がやわらかく音を立てる。
「お前は?」
 なにを着て寝るのだと言外に問えば、国広はなんてことないように着ているジャージを指差す。
「俺はこれが寝巻きだ」
「お前……寝巻きで宴会に参加していたのかよ」
 思わず呆れたように呟けば国広は首をかしげた。
「合理的だぞ?」
「それは否定しないが……」
「部屋に戻ってきて着替えるなんて億劫だ」
 言いつつ、国広は押し入れから取り出した布団を二組せっせと床に並べている。なんとなく手持無沙汰で、シーツの端を片方持った。
「ありがとう」
 何気ない調子で礼を言われ、微笑まれる。
 そういうところがやはり好きだなあと感じた。
「布団、二組あるのか?」
「ああ。泊まりにくる連中が多いからな。寝袋もいくつかあるぞ」
「ふうん」
 我ながら拗ねたような相槌となった。音になってから焦ったが、国広はさして気にした様子はなかった。
「誰が泊まりにくるんだ?」
「いちばん多いのは兄弟だ。あとは歌仙、御手杵、同田貫とときどきゲーム大会をしていたり……」
「男子校か」
 思わずつっこんだ。
「どこもこんなものでは?」
 枕を並べ、国広は不思議そうに首をかしげた。確かにそんなものである。基本的に顕現順に部屋があてがわれているため、いわゆる同期と呼べる連中が固まって同じ居住棟に住んでいる。あんがい気安い関係なのだ。
 長義の棟でも、よく共有スペースで持ち寄った茶菓子を広げてだらだらと喋ったりしている。
「羨ましいな」
 なにげなく落とされた声にどきりとする。
 それはどこに掛かる羨ましいだったのだろう。
 すっかりと布団に包まり、部屋には行灯のあかりだけが光源だ。この二年、ろくな会話をしてこなかったのがうそのようにぽつりぽつりと言葉が続いた。酒のせいで饒舌になっているのだろうか。あるいは、すこしだけゆるんだ理性がそうさせるのか。長義は布団の下で毛布を撫でた。
 国広の輪郭が行灯のあかりに照らされている。尖った鼻。薄い唇。てらりとひかる金色の髪。翠のひとみの中に、橙の灯りがちらちら瞬きながら揺れるのを綺麗だなあと思った。
 あんがい厚みのある肩が、ジャージ越しにもよくわかる。
 そこではたと気付く。
 国広は布団を浅く掛けていた。長義はといえば寒さのために首元まですっぽりと布団に埋まっている。寒くないのだろうか。思ったままのことを国広に問いかけた。
「ああ……、俺はどうも基礎体温が高い個体らしい」
 ほら、と言って、何気ない調子で手を差し出される。
 好奇心が先立ち、長義は布団の下から出した手を国広のそれに重ねる。
「本当だ」
 あまり他の男士とこのように触れ合うことがなかったので、長義は素直に驚いた。国広の肉は熱く、じんわりとその体温が長義に伝播する。
「羨ましいぐらいだな」
 長義はあまり冬が得意ではない。付喪神だったときには、気温などというものは感じることはなかった。人の肉体を得て感じる冬とは、こんなにも凍てつきこたえるものなのかと驚いたほどだ。
 国広ほど体温が高ければ確かに冬もいくらか過ごしやすかろう。
 納得して手を離そうとしたのだが、それよりも早く、国広の手が長義の手をきつく握り返した。心臓に甘い痺れが走るより先に、国広が口を開く。
「すまん」
 彼にしてはいささか早口である。
 何を謝られているのだろうか。手のひらが微かに痛い。それほどまでに硬く繋がれている。
「浮かれているんだ」
「?」
「お前と……こんな風に話してみたいとずっと思っていたから」
 ぽつりと落とされた声は素直なよろこびとなって長義の胸を打った。
 それが親愛の情であれ、国広にそう思ってもらえるのはうれしい。「俺も」と、喉まで出かかった声はわずかな理性が邪魔をしてつっかえた。空になった言葉の代わりに、はくりと息を吞む。その数瞬の遅れをどう捉えたのか、国広の手がするりとゆるむ。
「すまない」
 抜けそうになる手を長義は慌てて握り返した。
「山姥切?」
 不思議そうな声。
「お、俺も」「俺もまあ……なんだ。お前の本科としてだな。すこしは話してみてもいいっていうか」
 なんともかわいげのない返答である。
 長義は内心で頭を掻きむしったが、国広は気にした風もなく安堵の息を吐いた。
「そうか」
 それだけ言って、「そろそろ寝よう」と、もう片方の手を行灯に伸ばした。長義が答える間もなく、灯りは立ち消え、部屋はたちまち暗闇に包まれた。握られた手の感覚だけがまざまざと暗がりの中に浮彫になる。
 長義の手は、いまだに国広の手の中にあった。
 長義は戸惑う。
「山姥切」
 暗闇から国広の声がする。
「お前のこと、偶には長義って呼んでもいいか」
 長義が答えるよりも先に、健やかな寝息が隣から聞こえてきた。
「助け、必要か?」
 翌朝、国広の部屋のふすまを開けた南泉一文字があくび交じりにそう問いかけた。
 部屋には敷かれた二組の布団。
 だが、どういうわけか片方は空で、部屋の主である山姥切国広は己が本科である山姥切長義を抱き枕よろしく背中から抱きしめて眠っていた。
 南泉が声を掛けたのは、顔を両手で覆っている腐れ縁である。
 顔こそ見えなかったが、起きていることは一目見てわかった。
「なんでお前がここにいるんだよ」
 長義は答えず、指の隙間から低い声をあげた。
 南泉はやはり気にした風もなく、あくびをもうひとつ漏らす。
「俺の部屋、ここのはす向かいな」
「はあ~~~~??」
「こいつの寝起きが悪いから、毎朝起こす係」
「くそ羨ましい」
 ドスの利いたその声に、南泉はこらえきれずに「ぶはっ」と笑いを漏らした。「おうおう、随分と素直なことで」と、肩を揺らし、体を折り曲げる。笑ったことにより眠気が散らされたのか、先程よりも幾分か開いた両目に楽しげな色を滲ませ、南泉はにやにやと笑みを深めた。
「そういうのは、隣の奴が起きているときに言ったらどうだ?」
「うるさい」
「ふうん」
 南泉は面白そうに喉を鳴らして目を細めた。
「で、助けはいるのか? いらないのか?」
 その問いに、たっぷりと間を置いて長義の声が返る。
「……助けろ」
「んじゃ、赤福一箱な」
「このくそ猫」
「なになに、ついでに玉露も付けてほしいって~~?」
 瞬間、南泉の顔面めがけて枕が剛速球で飛んでくる。
「ぶにゃ!」
 見事に顔面でキャッチして、くぐもった声が漏れる。とはいえ、半分はわざわざ避けなかった節もあるのだ。顔面にめりこんだそれをむしり取ると、真っ赤な顔でこちらを睨んでいる腐れ縁の顔が飛び込んでくる。
「それ」
 と言って南泉はいまだに寝息をたてている山姥切国広を言い指した。
「ちょっとやそっとじゃ起きないから。普通に腕から抜け出せばいいだけだぞ」
 背後から、腐れ縁の声にならない声が響いてくる。
 今すぐにでも追いかけてきそうな腐れ縁の気配を察して、南泉一文字は軽やかに廊下の角を曲がった。
 長義には見えていなかったようだが、国広の耳がほんのりと赤らんでいたのが、南泉一文字には見えていたのだ。
 背後から聞こえてくる腐れ縁の叫び声に、よい朝だなあと小さく鼻歌を口ずさんだ。
 
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